0016

 バウルとマルクスが死んだ。

 初めて仲間と呼べる人が死んだ。


 その事実に俺は震える。

 もしかしたら次は自分が死ぬんじゃないかと考えてしまう。


 まさか自分の心がこんなに繊細だったとは思っていなかった。

 俺は、死に対して鈍感じゃなかったのか?


『アカツキ! どうしたんだ!?』


 ノア皇子が俺に声をかけた。


「マルクスとバウルが死んだ……」


『しっかりしろ! 今は戦闘中だ! 彼らの死を悼むのは生き残ってからだ!』


 ノア皇子の言う事は正しい。

 生き残らなければ2人の死を悲しむ事も出来ない。


「分かってる。分かってるんだが……」


 頭では理解しているが心が納得していない。

 俺は思考の牢獄に囚われようとしていた。


『きゃああああ!』


 フィナの悲鳴が聞こえた。

 見ればソードオブファイアが右腕の無くなったラナンキュラスを斬ろうとしていた。

 俺が敵から目を離した一瞬の出来事だった。


「あ……」


 このままではフィナまで死んでしまう。


 それは……嫌だ。


 今、フィナを救えるのは俺だけ。


 俺だけなんだ……!


「うおおおおおおおおお!!!」


 俺は舞姫七式を最大スピードで飛ばした。

 しかし、それでは間に合わない。


 思考が加速され、現実がスローモーションで進む。

 ソードオブファイアの実体剣がゆっくりとラナンキュラスに振り下ろされる。


 俺はそれを見ている事しか出来ないのか?

 いや、そんな事認められない!


 もっとだ!

 もっと速く、空間さえ超越して、飛べ!


 俺の強い思いが舞姫七式に流れ込む。

 それは1つの奇跡を引き起こした。


 一瞬の間に俺はソードオブファイアを蹴り飛ばしていた。

 俺と舞姫七式は空間を飛び越えてソードオブファイアに肉薄したのだ。


「今のは……ワームホールか?」


 一瞬で空間を跳躍する手段はそれしか考えられない。


 舞姫七式にワームホールを生み出す装備は無いはずだった。

 だが、液晶パネルには確かにワームホール発生装置の名前があった。


 ワームホール発生装置は俺の妄想だったはずだ。

 しかし、縮退砲と同じように何故か設定だけの物が具現化したというわけか。


『アカツキ……今のは何なの?』


「フィナ。今は説明してる暇は無い。早く下がってくれ」


 俺はフィナを逃がしてソードオブファイアと対峙する。

 横目でチラリと見るとフィナの護衛にゼフィスが付き添っていくのが見えた。


 ソードオブファイアは舞姫七式に向けてビームライフルを撃つ。


 撃ち出されたビームを俺はワームホールで返してやった。


 自らのビームが当たり、ソードオブファイアはよろける。

 初めて四大将軍にダメージを与えた瞬間であった。


『今のはなんだ?』


『アカツキの機体に当たったと思ったぞ。どうやってビームを撃ち返したんだ?』


 アーレンとノア皇子が驚いている。


「何をしたのかは後で教える。今は戦闘に集中してくれ」


『……もう大丈夫らしいな。あまり心配させてくれるな』


「すまない」


 ノアに謝ると俺はソードオブファイアへの攻撃を再開した。




◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 巨大戦艦ラグナロクの艦内では破壊兵器の最終調整が行われていた。


 破壊兵器はラグナロクの縮退炉の全エネルギーを集約して放たれる。

 その威力は惑星を破壊するほどの威力を秘めている。

 それは類を見ない大量殺戮兵器であった。


「新兵器の調整作業はあと数分で完了します」


 部下の報告にラグナロク艦長は鷹揚に頷いた。


「うむ。調整が終わり次第、惑星ジェラードに向けて試射を行う」


「はっ!」


 部下が去るとラグナロク艦長は艦長席に深く座り直した。


「新兵器か……名前は縮退砲と言ったか。どの程度の物か楽しみだ」


 ラグナロク艦長は独り言を呟き、ニヤリと笑うのだった。




◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 帝国の悪魔であるカール・ヴァンガードと戦っていると通信が入った。

 通信の相手はセレン王女だった。


『大変です! ラグナロクから強力なエネルギーを感知しました! これはラグナロクが破壊兵器の発射段階に入ったとみて間違いありません!』


「なんだと!?」


 アーレンの予想に反して帝国軍は破壊兵器を使うらしい。

 このまま戦場に残っていては破壊兵器に巻き込まれる可能性がある。


『アカツキ! アーレン! 一旦後退するぞ!』


『帝国の悪魔に背を見せて逃げるわけにはいかん!』


『アーレン! ここで意地を張るのは止めるんだ! 死ぬぞ!』


『くっ……仕方ないか』


『撤退する! なんとか帝国の悪魔を怯ませてその隙に離脱するぞ!』


 アーレンは渋々といった感じでノア皇子の言葉に従った。


 俺達は3機でソードオブファイアに立ち向かう。


 舞姫七式がソードオブファイアに正面から斬り合い、レゾスアキュラとアークシュダルツが側面から援護射撃するという形で戦っている。


 ソードオブファイアの動きは先程に比べると鈍い。

 恐らく、俺がワームホールで返したビームのダメージが予想以上に大きいのだろう。


 少しずつではあるがソードオブファイアにダメージを与えていく。


「これは……もしかするのか?」


 もしかしたら勝てるかもしれないという欲が出てくる。

 敵の破壊兵器がいつ発射されるかも分からない状況でそれは危険な賭けだ。

 だが、四大将軍を倒すチャンスが簡単に巡ってくるとも思えない。


『アカツキ!? 迂闊だぞ!?』


 ノア皇子の言葉を無視して俺はソードオブファイアに攻撃を仕掛ける。


「武装転送。TYPE-M」


 異空間から大量のミサイルが撃ち出される。


 ソードオブファイアはそのミサイルを引きつけるように後退。

 ミサイルが直線上にきたところで両肩のビーム砲を放った。


 大量のミサイルが爆発した事で視界が一瞬だけ遮られる。

 それが俺の狙いだった。

 爆発の光に隠れてTYPE-BRαのフルチャージ攻撃を行った。


 ソードオブファイアは咄嗟に俺の攻撃を回避した。


 だが、避けられる事は想定済みだ。

 俺は舞姫七式をワームホールで瞬間移動させてソードオブファイアの後ろをとる。


 ワームホールでの瞬間移動は連続で3回までしか使えないみたいだ。

 これでワームホールは24時間使用出来ない。


「もらったぞ!」


 俺は勝利を確信してTYPE-BSで斬った。

 しかし、ソードオブファイアは超人的な反応で直撃を防いだ。

 本当なら倒していたはずなのに片腕を切り落とすだけに終わってしまった。


『まさか俺のソードオブファイアの腕を切り落とすパイロットがいるとはな!』


 カール・ヴァンガードが嬉しそうに叫んだ。


「しぶとい!」


 俺は悪態をつきながらTYPE-BRαを撃つ。

 それに合わせるようにノア皇子とアーレンが追撃する。

 だが、それは相手のビームシールドで防がれてしまう。


『帝国の悪魔が隙を作った! 今の内に撤退するぞ!』


 ノア皇子がそう言うが、俺はここで退く事を決断出来ずにいた。


 この世界でも四大将軍の強さは凄まじかった。

 Sランク冒険者であるジェイド・ジョーカーの言った通りの強さだった。


 今回はたまたま上手くいっただけだ。

 次の戦っても勝てる未来は見えない。

 このチャンスは二度と訪れないだろう。


「いや、ここで奴を倒す!」


『アカツキ!? 止めろ無茶だ!』


 俺はノア皇子の制止を振り切って舞姫七式を加速させる。


 片腕の無いソードオブファイアも逃げずに迎え撃つ構えだ。


「いくぞ!」


『最後の勝負だ!』


 俺はTYPE-BRαで牽制しながらTYPE-BSで斬るタイミングを計る。

 対するソードオブファイアはビームシールドで守りながらミサイルを放つ。


 お互いに決定打の出ないまま、3分間戦い続けた。


 勝負は最後まで決まらなかった。

 それは俺にとって敗北したに等しい事であった。


『ちっ、時間だ。この勝負は預ける』


 カール・ヴァンガードはそう言うとミサイルと肩のビーム砲を同時に撃った。

 俺達から逃げる隙を作る為だ。


「くそ! 倒しきれなかった!」


『アカツキ! 早く逃げるんだ!』


 悔しがる俺にノア皇子が叫ぶ。


 俺は苦い顔をしながら舞姫七式を最大スピードで退避させた。


 その俺とすれ違う機体があった。

 それはアーレンのアークシュダルツだった。


「アーレン!」


『すまない。俺はやはり奴を許せない』


 アークシュダルツは離脱しようとしていたソードオブファイアに突っ込んだ。

 2機が激しく衝突するのと同時にラグナロクから光の玉が発射された。


『セレン様を頼む』


 アーレンはそう言い残してカール・ヴァンガードと共に閃光に消えた。


 それから5時間後。

 惑星ジェラードの消滅したジェラード皇国はヴェルザーク帝国に降伏した。


 戦争は、ヴェルザーク帝国の勝利で終わった。

 だが、ヴェルザーク帝国は四大将軍の1人を失う結果となった。


 決して、ヴェルザーク帝国の圧倒的な勝利ではなかったのだ。




◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 巨大戦艦ラグナロクの破壊兵器が発射された事で惑星ジェラードは消滅した。


 それを知った反乱軍は戦闘宙域から撤退。

 どうにか帝国軍の追撃を振り切ったところだ。


 俺はエリュシオンの艦橋でリオンと通信をしていた。

 マルクスとバウルの死を報告する為だ。


「そうかい。マルクスとバウルは死んじまったのか……」


「2人を助けられなかった。すまない」


「やめなよ。あたし達は命掛けて戦ってるんだ。こうなるのは覚悟の上さ」


「リオン……」


「あたしより王女様の事を心配してあげなよ。きっと辛い思いをしてるはずさ」


「辛いのはリオンだって同じだろ」


「あたしは……」


 リオンの頬を涙が伝った。


「……いけないね。年を取ると涙脆くなっちまう。通信はもう切るよ。じゃあね」


 リオンはそう言うと通信を終了した。


 俺はリオンの忠告通り、セレン王女の元へ向かった。

 セレン王女は自室で落ち込んでいた。


「セレン」


「アカツキ……アーレンが死にました」


「ああ、セレンの事を頼まれたよ」


「これからは苦しい戦いになるでしょう。アカツキは私を支えてくれますか?」


 セレン王女の瞳は俺に縋っているように見えた。


「ああ、これからはアーレンの分まで俺が支える」


「……ありがとう」


 セレン王女は顔を伏せて一筋の涙を流す。


「セレン……大丈夫か?」


「……はい。私は大丈夫です」


 そう言って顔を上げたセレン王女の顔には決意が漲っていた。


「彼らの思いに報いる為にも、悲しんでばかりはいられません。前に進みましょう」


「ああ、俺達は前に進むしかないんだ」


 戦死した者達の悲しみを心に刻み、俺達はまた前に進む決意をしたのだった。

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美女ロボットに乗って戦う俺の戦闘記録 まっくろえんぴつ @gengrou

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