最終話 守護する者として

 浅井の叫びと共に突き出された白銀の機体の右腕が、凄まじい速度で世界の核である星へと突き刺さった

 その瞬間、周囲にガラスが割れた時の様な甲高い異音が響き渡り、続いて世界の核である星に罅が蜘蜘蛛の巣の様に広がった

 罅は星の表面だけではなく中心部まで進行しており、星の生存を望むことは出来なかった

 そして崩壊が始まる。ゆっくりと、だが確実に世界の核である星は、その輝きを失っていく

 

 「終わりましたか………………………」


 浅井は疲れた体を休ませるように深く息を吐く、それから形を保てず崩れ落ちていく星へと視線を送り、その最後を見届けようとした

 だがその時だった、星の中心から発生した眩い光が周囲一帯へ降り注ぐ

 視界を覆う眩い光、その凄まじい輝きに対し、目を細めた浅井は顔の前に持ってきた掌で目を覆い光を遮った


 「――――――ッ!」


 闘いを終え完全に油断していた浅井は、星から発生したその輝きに包まれる




     ――――――――――――――――――――――――――――




 数秒ほどの輝きが終わり、浅井は閉じていた瞼を開く


 「――――――、………………此処は?」


 目を開き周囲へと視線を送る浅井、その黒い眼に映ったのは、天井から床まで夜空で彩ろどられた美しい部屋であった

 まるでプラネタリウムの様な雰囲気の落ち着いた暗室、だが各所で輝く星の光で僅かな明るさを維持するその部屋の中心には、無数の本が天井近くに届くほどに積み上がっていた

 まるで時代や国など関係なく、世界中全ての本が集められたかのように形や装飾などの特徴がバラバラな本の山、その頂上に何者かが足を組んで座っていた

 彫刻の様に美しい、外見からは性別が分からないその長身の何者かは、手に持っていた本を閉じると視線を落とし浅井へと顔を向ける

 続けて数秒、長い睫毛を揺らし観察なのか浅井を舐めまわすように目線を動かしたその何者かは、ゆっくりと綺麗な唇を動かして喋り出した


 「先程ぶり、いえ、この姿で会うのは初めてですから――――――。最初はこの言葉から始めましょう。初めまして、浅井宗孝君、そしてしろがね君」


 謎の部屋と謎の人物からの挨拶に浅井は僅かに困惑を見せたが、すぐにいつも通りの冷静さが感じられる表情を取り戻し、思考を巡らせる

 

 (先程ぶり? それにあの人物の世界という名乗り、まさか………………)


 浅井は視界の先に座る謎の人物が先程話していた内容から推測を立てると、呟くように言葉を漏らす


 「創造神ヴォーデュガ、ですか――――――!」


 その答えを聞いた浅井の視界の先に座る何者かは、何度か頷きを見せた後に言葉を返した


 「理解が早くて助かります。その通り、が君たちが言う所の創造神ヴォーデュガという存在、つまりこの世界そのものです」


 浅井はその答えに反応するように体勢を落とし、手に大剣を出現させようとした

 

 「――――――!?」


 だが彼の想定と違い、その手に大剣が出現する事は無かった

 浅井はその事実に驚きつつも、表面上は動揺を見せないように表情を作ると、続いて内部のしろがねへ言葉を飛ばす


 (しろがねさん、一体何が?)


 その言葉に今まで静観を貫いていたしろがねが返答した


 (詳しい事は現在調査中ですが、恐らく魔法もしくはそれに類するもので造られた精神世界かと)


 「正解だ、しろがね君」


 「「!?」」


 外部に聞こえないように念話で会話をしていたのにも関わらず、二人の会話に介入する世界

 その事にしろがねは驚き、浅井も目を見開いた

 世界はそんな二人の様子を見て笑みを浮かべた後、口を開く


 「此処は世が造った精神世界です、それに一応この世界の民から創造神と呼ばれる存在ですよ、心を読むくらいそう驚く事柄ではないでしょう」


 更に世界は世界への警戒を緩めない二人に対して、続けて言葉を送った


 「後、そう警戒しないでください浅井君、しろがね君。もう戦いは君たちの勝利で幕を閉じたんですから。今更、君たちを如何こうしようとは世も思っていません」


 「では私たちをこの場に呼んだのは、どういった理由があっての事でしょうか?」


 「質問をしてみたかったのです。この世界に引きずり込まれ、死に物狂いで戦い、ようやく元々居た世界に帰還できたにも関わらず、今度はこの世界の民の為に命を懸けて戦った者に。

 かつてしろがね君が君たちに語った通り、世はこの世界を作り直そうとしていました。理由もしろがね君の推測通り異世界転移技術の発展を食い止めるためです」


 「一体何故、貴方は転移技術の発展を防ごうと?」


 「………………それは、この世界の者達たちが外に迷惑をかけないようにする為です。君たちの世界があるように、幾多の世界が次元を隔て存在しています。

 そしてその全ての世界が単一で完結している中で唯一、世の世界の住民だけが次元を乗り越えて他の世界に干渉しうる技術や魔法を手にしてしまうのです。

 分かりますか? 他の世界では未だその実体すら掴めていない次元の壁、それを超える力を持った者たちが外に出れば、どのような事が起きてしまうのか」


 浅井は世界からの言葉に、この世界の住人が地球で平穏に暮らす人々を蹂躙していく様を想像しながら返答する


 「それは――――――、悲惨な事になるでしょうね」

 

 「ええ、君の言う通り全ての秩序が崩れ落ちてしまう。ですので世はこの世界をやり直そうと決断し、行動を起こしましたが………。結果として君たちに止められてしまった」


 世界は一度そこで言葉を止め、視線を落とす

 そして一呼吸置いてから再度、話始めた


 「此処までの話を聞いた君へ再度問います。この世界の技術の発展が止まらなければ、次に起こるのは地球だけではなく並列に存在する全ての世界への侵略です。その侵略を止める最後の希望を絶った今、君は、君たちはこれからどう行動するのですか?」


 世界からの問いかけ

 逃げる事も誤魔化すことも許さないし認めない、そんな感情が見て取れる世界の瞳を、受け止めるように真っ直ぐ見返しながら浅井は返答した


 「それでしたら問われなくても、もう初めから私達の中で決まってましたよ。

 私達は貴方に変わって他の世界への侵略を防ぐ為に、この世界を永遠に見守り続けます」


 強い覚悟の灯った瞳、その熱を受け取った世界は、初めて感情らしい感情を見せた

 

 「それは――――――、何とも過酷な道を選びましたね」


 だが世界はすぐに驚いたような表情から、今まで通りの感情の無い表情に戻る


 「逃げる事も目を逸らす事も出来たでしょうに何故、君はその選択をしたのですか?」


 「………それは空っぽだった私が誰かの為ではなく、初めて自分自身の為にやりたいと思った事だからです」


 浅井はかつて自身の親に対して語った話を、思い浮かべながら世界にそう返答した

 その回答に対し、世界は過去の記録を思い出す

 何時か見たこの世界に迷い込んだ男と記憶喪失の機械の会話を

 そして世界はその時の男の言葉を引用し、問いを投げかけた


 「それが、この世界を旅して見つけた、――――――誰かの為ではない君の願いですか?」


 「――――――ええ、そうです」


 「………であれば、もう世が言える事はありませんね」


 浅井の回答に世界は納得したように頷くと、大きく手を広げた


 「この先、君たちに幾つもの困難が襲いかかるでしょう。ですがその困難を乗り越え、君たちに良き未来が訪れんことを世は願っています。――――――では、さらば勇敢なる者たちよ!」


 その言葉と共に、世界の背後から光が溢れ出す

 視界を眩ます凄まじい光、その輝きに目を瞑った浅井は、最初にこの部屋に訪れた時の様に光に包まれるのだった




     ――――――――――――――――――――――――――――



 「――――――っ!」

 

 眩しさから解放され瞼を開いた浅井の視界に広がったのは、先程まで居た精神世界ではなく宇宙の真っ只中だった

 そして元居た場所に戻れたことでホッと胸を下ろした浅井の目前で、世界の核である星はゆっくりと崩れ落ち塵となって消えて逝く

 その静かな最期を見届けた浅井の下に、傷だらけのデオス達が到着する

 デオス達は己らの勝利を喜び、盛り上がりを見せる


 「よくやった、ムネタカ!! しろがね!!」


 「ありがとうございます、デオスさん」


 「皆様の力添えあっての勝利です、こちらこそありがとうございます」


 緊張が解けたからか彼らは方々で話始める


 「「「ガハハハ!! 楽しい戦いだったな!!」」」


 「うむ、これほどの戦いはもう味わえぬだろうな」


 「やりましたね! ズイズちゃん、レイニールくん!!」


 「ええ、ヒナミもレイニールお疲れ様」


 「はい、お疲れ様でした。しかし吾の様な老体にはキツイ戦いでしたな」


 そして長く続いた盛り上がりが一段落したタイミングだった

 デオスに向けてジョエルが言葉を飛ばす


 「「「デオス!!」」」


 「何だ、ジョエル? 言っておくが、今から戦うのは無しだぞ」


 「「「ハッ!! それぐらいは分かっているわ。だが次会う時には、再戦させてもらうぞ!!」」」

 

 「ああ、その時はやり合おう」


 その返答を聞いたジョエルは、満足したような表情を浮かべると背後に控えていたタイタスに声をかける


 「「「行くぞ、タイタス」」」


 「はい、組長おやじ

 

 戦いの傷跡のそのままにジョエルとタイタスは宇宙の彼方に消えて行くのだった

 そしてその二人と入れ違えるように浅井達の下に近づく船団があった

 統一感の無いその船団の正体、それはサザミが船長を務めるジェルフィーゴ黄金船団であり、サザミはその船団の姿を認識すると「さて、麻呂もこの辺りで帰還するとしましょう」と呟く

 浅井はその言葉を聞くと、船団に向けて移動しようとしたサザミの背に向けて声をかけた


 「サザミさん、ありがとうございました」


 その声に振り向いたサザミは、片手を上げる


 「気にするな、アザイ殿。次会う時は戦場ではなく落ち着いた場所で会おう。良い店を知っているんだ、そこでどうかな?」


 「ええ、その時は予定を開けさせていただきます」


 「うむ、ではまたな」


 その言葉を最後に背を向けたサザミは、己の船団と共に戦場を後にした

 そして今回だけの臨時パーティーメンバーであった3人を見送った浅井達も、彼らと同じ様に帰還しようと移動を始める

 だが僅かに動いたところで浅井が気が付く、一人ついてこない人物が居る事に

 その人物とはアルバーニ・コープスであった


 「アルバーニさん?」


 振り返る浅井達、その視界に映ったのは俯きただ一点を見つめるアルバーニの姿だった

 アルバーニが他の事など意に返さず見つめていたのは己の手であり、肉も皮も無い骨のだけのその手は今、先端から解けるように光の粒子に変わっていく

 宙へと昇る粒子、透けていくアルバーニの身体、それが意味するのは――――――


 「消えるのか………………、アルバーニ」


 アルバーニの消滅であった

 デオスの言葉を聞いたアルバーニは、己の手から浅井達へと視線を移す

 そして数度頷いてから喋り出した

 

 「ああ、ここまでのようじゃ。まぁ、おぬし等と偽麗の神あの怪物との連戦に加え、即時復活にヒナミくんの蘇生で魂を消耗しすぎたからのお……………カカ、こうなるのも仕方がない」


 己の消滅を受け入れているか、恐怖が無いのかは分からないがアルバーニは動揺を見せず落ち着いていた

 そして浅井達も消滅が避けられない事を理解しているからこそ、仲間としてその最後を見届けようと瞳を向ける


 「お世話になりました」

 

 「アルバーニさん、ありがとうございました」


 「色々と言いたい事はあるが、お前には助けられた。だから…………、ちゃんと仲間としてお前の最期を見届ける。――――――じゃあな、アルバーニ」


 浅井、雛美、デオスと続く贈る言葉

 その言葉にアルバーニは僅かに笑みを浮かべる


 「カカ、カカカカ! 感謝など不要じゃ、過程はどうあれ儂は儂の楽しみの為におぬし等と冒険を共にしただけだ。その証拠に、しっかりとおぬし等の物語を特等席で見させてもらったわ。………………だが仲間か。意外にも悪くないものじゃったな」


 加速する消滅の中、そう答えたアルバーニの表情はとても悠久の時を生きる怪物には思えぬ程、穏やかであった


 「ああ、これが儂の最期か。何とも、静かで穏やかなものじゃな――――――」                                    


 その言葉と共にアルバーニ・コープスは、解けるようにこの世界から消滅する

 そしてこの日を最後に長きに渡って歴史に姿を現す骸の王の悪夢に、悩み苦しめられる者も世界から居なくなるのだった


 静寂に包まれた宙の中、アルバーニの最期を見届けた浅井は寂しさの様なものを覚え、ヘルメット内で僅かに息を吐いた

 かつて敵対し、その悪行の数且つを知っていたとしても、アルバーニは1年以上共に旅をして来た仲間であり戦友でもある

 だからこそそんなアルバーニへ敬意を示すように、浅井は目を瞑り黙祷を捧げるのだった


 アルバーニとの別れを終えた浅井達は、元々の予定通り戦場を後にする

 そして皆で揃って向かった先は、レイニールが軍団長を務めているゼノカ・マルケレス王国軍の宇宙戦艦内に併設されたラウンジだった

 ラウンジ内は落ち着いた内装に似合わない飾り付けがされており、更にその部屋の真ん中でテーブルを囲むよう立つ浅井達も、皆パーティーグッズで武装していた

 浅井達が先程まで死闘を繰り広げていたとは思えない恰好をする理由など一つ、それはこれから始まる祝勝会を楽しむためである

 そして皆飲み物が注がれたグラスを手に準備を終えるのを待っていたように、本日の主役と書かれたタスキをかけた浅井が一つ咳払する


 「んん! それでは、皆さん準備は出来ていますね?」


 その言葉に浅井以外全員が声を返す

 浅井はその返事を聞くと、優しい笑みを浮かべた口を開く


 「では、皆さん。今回の世界との決戦に勝った事を祝って、乾杯!」


 「「「「「乾杯!!」」」」」


 乾杯の合図と共にグラスを掲げる浅井に続き、デオス達もグラスを掲げるのだった

 

 そして始まった祝勝会

 盛り上がりを見せる浅井達は大量の料理と飲み物を味わい、幾つもの思い出話に花を咲かせ、この瞬間が一生の思い出なるくらいに楽しみ尽くす

 笑い声が響く彼らの祝勝会は、日の光が昇るまで続いたのだった


 そして終幕が近づく




     ―――――――――――――――――――――――――――― 




 ――――――世界大戦から時は流れ、1年後

 ロシュトロカ星にあるガーヴィルー蛇王国じゃおうこく、その軍事研究所にて

 白衣を着たやせぎすの男が、感動で涙を流しながら喜びに満ちた声で叫ぶ


 「はははぁ!! 遂に完成したぞ!!」


 男の前には無数のケーブルに繋がれた巨大な機械が置かれており、ぼんやりと発光する円環型のその機械の正体は、世界崩壊前の遺物の一つで異世界への扉を開くための装置であった

 250年前の遺跡採掘の際にこの異物を回収したガーヴィルー蛇王国は、その日から長きに渡ってその装置を起動実験を繰り返し、そして遂に今日、念願であった転移装置の起動に成功する

 そして喜びに満ちる研究所、その中でこの起動計画の責任者であり研究所の所長である白衣の男は、背後に控える研究員に指示を飛ばす

 

 「この事を、すぐに王へ伝えるのだ!」


 「はっ!」


 指示に従い研究室を後にする研究員

 その背を見送った所長は今一度、転移装置へ視線を移すと汚らしい笑い声を漏らす


 「ぬはははぁ!! これさえあれば我らガーヴィルー蛇王国は、安泰よ!!」


 所長は思い浮かべる、己が研究し起動した転移装置を使ったガーヴィルー蛇王国軍が、異世界を侵略していく様を

 

 「そして異世界全ての国を属国した我らはこの星を、否――――――、世界を獲るのだ!! はははぁ!!」


 そんな甘いを未来を目指して、所長が計画の二段階目に移ろうとした、その時だった

 突然、研究所内にサイレンが鳴り響く

 耳煩い、そのサイレンの正体は――――――


 「しょ、所長ぅ!! 敵襲です!!

 

 敵の襲撃を知らせる合図であった

 

 「ッ――――――! ど、何処の国だ!? ボルカディ連邦か、それともオスドロ光王国か?」


 その報告に驚き目を見開いた所長は、一刻も早い対処の為に険悪な関係の国家の名を上げるも、すぐに目前の研究員にどの国家でもないと否定される

 

「ち、違います! 敵は――――――!」


 そして警報が鳴り響く中、研究員が敵の正体を明かそうと言葉を続けたその時だった

 突然、研究所の扉が轟音と共に弾け飛ぶ

 更に続けて凄まじい閃光と熱波が、研究所内を駆け抜ける

 

 「熱ぅ!!」

 

 熱を浴び倒れ込んだ所長の瞳に映ったのは、燃える研究所内とその中をまるでステージを歩くモデルの様に悠々と進む炎を纏った悪魔デオス・フォッサマグマの姿だった


 「ハハハハハ!! さぁ、かかって来い!!」


 更にその怪物の出現に続いて、植物を扱う魔女ズイズ・メルテーシアと綺麗な黒髪を靡かせる少女朝倉雛美が、別の扉を吹き飛ばして侵入を果たす


 「ちょっとデオス!! 今回は前回みたいな国際問題に発展すると面倒だから、隠密作戦で行こうって話だったでしょ!! 何、正面突破してるのよ!!」


 「すまん、楽だからつい」


 「キィ――――――! 後で殺す、絶対に殺してやるわ!!」


 「ちょっ、ちょっとズイズちゃん、此処は抑えてください。……………ハァ、これじゃまたアルバーニくんに怒らてしまいます」


 その特徴的な3人の姿を見た所長は、すぐに相手の正体に気が付き、顔を絶望で染める。そして悲鳴のように叫び声を上げた


 「あ、あれはまさか―――――は、白炎と樹海の魔女か! という事は、はっ!? お前ら、すぐに転移装置を守るのだ!! 奴らは巷で話題の転移潰しだ!」


 転移潰し、それは白炎や樹海の魔女といった伝説の傭兵が所属し、世界大戦で活躍した白銀の男がリーダーを務める部隊が、世界各地で転移装置の悪用を目論む存在を潰しまくった事から付けられた俗称であった

 その噂を知る所長は、すぐに彼らの目的がガーヴィルー蛇王国が研究する転移装置であることに気が付き、部下や守衛達に指示を送るが――――――


 突如、大地震の様な振動が研究所全体を揺らす。そして聞いたことも無いような異音と共に天井に罅が奔った


 「此処は地下だぞ!?」

 

 驚愕する所長、その眼前で天井に奔った罅は拡大を続ける

 そして次の瞬間、決壊したように天井は崩れ落ち、噴き出した瓦礫や土砂が真下にあった転移装置に降り注いだ

 瞬間、轟音が響き渡り視界を埋め尽くすほどの土煙が舞い上がる

 それから数秒ほどの時が経った頃だろうか、晴れてきた土煙の隙間から所長が見たのは無残にも押し潰れ粉々になった転移装置の姿であった

 

 「――――――っ!? な、なんてことを」


 絶望の光景に膝を付く所長

 そんな彼の前に残る土煙を切り裂いて姿を現したのは、白銀の鎧を纏った男、浅井宗孝であった

 

 「完璧な計算です、しろがねさん。狙い通り転移装置の上に辿り着けました」


 「いえいえ、ムネタカ様の技術が凄かっただけです」


 浅井達は互いを褒め合いながら瓦礫の上を進み、そして眼下で項垂れる男に向けて言葉を放つ


 「貴方がこの研究所の所長であるヴェロッサ・マルカインさんですね」


 「き、貴様は!! 白銀はくぎん!!」


 「貴方達ガーヴィルー蛇王国は、侵攻を目的に転移装置を起動しました。勿論その証拠もあります」


 そう言って掲げた浅井の手には、羽の生えた気持ちの悪い生物の死体が握られていた


 「これは貴方達ガーヴィルー蛇王国の使用する斥候生物です。1時間前、此処から起動された転移装置で開かれた門を通って地球を飛行している所を捕獲しました。そしてもう一つ」


 地面に大剣を刺し、腰に括り付けていた紙束を取り出した浅井は、その紙束を所長に向けて放った

 落下と共に紐が解かれ、所長の眼前に舞い落ちたその紙に書かれていたのは、異世界侵略のための詳細な計画だった


 「こ、これは!?」


 ガーヴィルー蛇王国の中でごく少数の者にか知らされていない計画、その計画書がこの場にある事が信じられず所長は大口を開けて驚愕する

 そして「信じられない、そんな馬鹿な」と呟く所長に、浅井は大剣の剣先を向けて言い放った


 「言い分はありませんね、ヴェロッサ・マルカインさん?」


 始まりは記憶喪失の機械に白炎と呼ばれる悪魔、更に異世界から舞い降りた地球人という異色の三人の出会だった


 「―――――では全ての世界、その境界を守護する者として」


 彼らは多くの出会いと別れを繰り返しながら、浅井宗孝を元居た世界へ帰還させるという当初の目的を成し遂げる


 「貴方達を捕縛させて頂きます!!」


 更に浅井の帰還だけでは無く創造神と戦い、この世界を守り切る大偉業を打ち立てた彼らは今、全ての境界の間に立ち世界を守り続けるという選択を取った

 その選択の待つ先は永遠に続く果ての無い苦行であろう


 ―――――だがそれでも浅井達はもう自分達の様な者を作らないために、この道を笑顔を浮かべながら進み続けるのだった







                   5章  世界決戦編、そして機炎異界 完

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機炎異界 山吹晴朝 @yamabukiharutomo

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