18

「ちょっと、通してください!」


それは突然の事だった。


京都駅前、救急のサイレンと共に群がる群衆。帰ってこない彼女。


僕は血の気が引いた。


人をかき分け、たどり着いた先で真っ先に目に入ったのは、仰向けで倒れている彼女。今担架に乗せられ救急車に運ばれようとしているところだった。


「待ってください!」


急いで救急隊員の袖をつかむ。


「どうされました?」


「この子、俺の彼女なんです。一緒に乗せてください!」




目の前で緊急治療が行われているのを眺めるだけの僕。そんな無力な自分に嫌気がさす。


「悠くんごめん、私トイレ行きたいから、待っててくれる?」


それ以降彼女が戻ってくることはなかった。十分、二十分と時間が過ぎたときには流石に遅いと思いトイレに向かおうとした。その時だった……。




「波留奈さん聞こえますか? 聞こえたら目を開けてください!」


一向に目が開く気配のない彼女。


大きな声で波留奈に声をかける隊員の声が、だんだん頭の奥の方に遠ざかっていった。気が付けばそこには光がなくて、突然暗闇の中に放り込まれ、無力感の中さまようことしか出来ないこの屈辱。僕は手に力を入れ、気持ちの行く先をぎゅっと閉じ込めた。


波留奈はどうしてこうなったのか。どうして波留奈なのか。どうして波留奈じゃないといけないのか。神様、そこにいるんだろう。なんでこんな事させるんだよ。神様がいないのなら俺は何をしている。俺は、何をすればいいんだ……。


緊急治療室に運ばれて三時間が経とうとしていた。


僕はずっと椅子に座り、うつむくことしか出来なかった。そしてだんだん眠くなってくる自分に嫌気がさした。


そして三時間半が経った頃だった。赤く点灯していたランプが消え、ドアが開き一人の男性の医者が出てきた。


僕は立ち上がり、恐怖が交えながらも意を決して口を開く。


「先生、波留奈は、大丈夫なんですか?」


「現状、大丈夫とは言い切れません。ですが、脈拍も安定し、命に別状はないと言えます。後は彼女が目を覚ましてくるのを待つのみです」


「そう、ですか。ありがとうございます……」


一気に緊張がほどけた気がした。波留奈がこのままいなくなってしまうのではないかと思い怖かった。命に別状はない、の言葉は僕の気を楽にしてくれた。久々に芽生えた「死」という恐怖に、今でも心臓が押さえつけられているような感覚にあって、息苦しい。


その日の夜、ベッドで眠る彼女の手を握る。まだ温かい彼女の手を握るだけで、なぜこうまで安心できるのだろうか。明日先生から波留奈の状態について話してくれるそうだ。そこまで悪いものではないだろうと勝手に思い込み、気が付いたら意識は深い眠りの底に落ちていた。

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あなたへ告ぐ かわき @kkkk_kazuya

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