第11話 変わらない日常

 夏休みが明けて、新学期が始まった。

 なんて事のない日常が僕を待っていた。朝礼の校長がつまらないギャグをかましたり、荒川といつも通り駄弁りながら、授業を受けたり。

 ただ、琴音と出会う前の日常に戻ったのだ。

「なぁ、お前なんか元気なくねぇー?」

「そうかな」

「浮かないっていうか、うわの空って感じだぞ」

「......そうかもね」

 昼休みの教室。

 僕は無意識のうちに彼女に視線が奪われる。琴音はいつもの仲良しグループといつも通り楽しそうに食事をしていた。森川さんも一緒だ。二人とも笑っていた。

「じゃあ昼メシ食おうぜ?」

「いや、今日もちょっとね?」

「またかよー、最近いっつも昼はどっか行くよなお前......まさか、女か?」

「そうかもね」

「お前ッ!!!」

「違うって」

「そうだよな。。じゃ、いってらっしゃい」

「ああ、いってくるよ」

 あの日、琴音に言われた言葉がずっと離れない。僕は彼女から逃げ出したのだ。向き合うことから逃げて、全部自分のせいにして、彼女から逃げ出した。

 最低な男だと、自分でも思う。



 この学校の屋上は立ち入り禁止だ。だから人気も少ない。屋上の扉前で弁当箱を開く。

「もう自由なのー!」

「静かにはしてね?」

 カバンから飛び出したのはアリスだ。彼女はストーカー事件の功績で、正式にプロテクトの一員となった。そして一応僕がお目付役として彼女を預かることが決まった。

「マシュマロなのー」

「全部食べないでね?僕の分も」

「ん〜〜!ほっぺ落ちそうなの!」

「......聞いてない」

 まあ、アリスにはお世話になってるし。

「チアキはいいのー?」

「食べます、うん食べたい」

「そうじゃないの。コトネの事なの」

「ああ、そっち?」

「これはあげないの」

「えぇ......」

 アリスはコホンと、姿勢を良くして僕に向き直る。

「チアキは良くやったの。モリカワもコトネも今日も笑顔に楽しそうなの。だから、チアキはちゃんとやったの」

「......そうなのかな」

 彼女はもう何も覚えていない。改竄された記憶は適当に本人に埋め合わせられる。だから彼女は僕が傷付けたことすら覚えてはいない。

「アリスは結果良ければ全てどうでも良いの。コトネに事情を伝えても何か変わったとは思えないの。だからいいの、アリスは。あとはチアキさえ元気になってくれればなの」

「そうだね」

 どうやらアリスにも気を使わせてしまったみたいだ。所詮は終わった事なのだ。僕も早く開き直るべきなのだ。

「.......無理だなぁ」

 後悔も未練もタラタラだ。あの時こうしてればよかった、そんな思考がずっとグルグルしている。もっと良い結末を選びとれなかったのか、そんな事は考えるだけ無駄だとわかっているのに。

「ちょっと、誰か来るの」

「え、誰ェ......」

 不良だろうか。だとしたら面倒な事になりそうだなぁ。知り合いでも最悪だ。人形の真似したアリスでも、見られたら人形好きだと思われてしまう。

 階段の足音は次第に近づき、その人物と僕は顔を合わせる。その人は思っていたどんな人よりも最悪の人だった。

「......琴音」

「えっ?」

「あっ!......ど、どうも樋口さん」

「......えっと春夏冬くん、だよね?」

「は、はい、そうです。春夏冬千秋です。初めまして」

「初めましてって、クラスメイトでしょ?」

「そ、そうだよね」

「なんでこんなところに居るの?屋上って立ち入り禁止でしょ?」

「えぇーっと......まあ、ちょっとね。そっちは?」

「私は屋上に用があるの。ちょっとした点検任されちゃって」

「そ、そっか。大変だね」

「うん、だからちょっとどいてくれる?」

「ごめん」

 凄く物腰が柔らかいなぁと、少しだけ喋って思った。随分と他人の前だと猫被ってたんだなぁと。

「あ、そうだ。春夏冬くん、放課後空いてたりしない?」

「ん、なんでそんな事聞くの?」

「ちょっとまだ先生に頼まれてることがあってさ」

「......なんで、僕なの?」

「さぁ、なんでだろう。ところで屋上立ち入り禁止がバレたらどうなるんだろうね。反省文何枚書くのかな」

「......あの」

「じゃあ、放課後ね」

 琴音は備品の数とかを記入すると、足早に階段を下っていく。

「......アリス」

「なの」

「お前の主人、やっぱり性格悪くない?」

「でも、オマエはそこが好きなの」

「......僕が付き合う事はないよ」

「知ってるの、ヘタレ」

「黙れ」





 放課後、廊下ひとり歩いていた。

 茜色の空と静かな廊下は、琴音と初めて会った日を思い出して、なんだかノスタルジーな気持ちになってくる。

「......はぁ」

「ため息をつくななの」

「あえ、居たの?」

「ずっと居るのが今のアリスの使命なの」

「......頼もしい、かなぁ?」

 教室前に着いて、中を覗き見る。琴音は退屈そうに自分の席でスマホを眺めていた。入りずらい。

「......なあアリス」

「なんなの」

「入らなきゃダメかな。今引き返したら明日怒られる程度で済むーー」

「早く入るのー!!」

 アリスに背中を蹴飛ばされ、扉ごとぶっ飛ばされる。二、三回転して僕は教室に転がり込んだ。

「......痛い」

 地面に突っ伏していると、僕を覗き込んでくる人影があった。

「えっと、何してるの?」

「いや、ちょっと。一回ダイナミックに教室に入ってみたいなぁーって思っててさ」

「......バカなの?」

「僕もそう思う。痛いし、もう二度としないよ」

 立ち上がって、制服の埃を払う。

 二度目の第一印象も最悪みたいだ。

「で、用事ってなんなの?出来れば僕も早く帰りたいんだけど」

「んー、そうね。ちょっと座ってよ」

「わ、分かった」

 琴音の差し出す椅子に座る。

 琴音も僕と机を挟んで対面に座り込んだ。

「クイズしよっか」

「え?」

「じゃあ質問。なんで君は呼び出されたのでしょーか」

「......?質問の意図がよく分かんないんけど。そもそもなんで急にクイズなの?」

「答え以外の返答は受け付けませーん」

 彼女は愉快そうに笑みを浮かべる。

 正直言って訳がわからない。そもそも出会う前までの記憶が無いとしたら僕なんかに話しかけてくるのは違和感がある。記憶というのは本人の都合の良い様に改竄される。そのせいかお陰か、無意識的に僕に好意が残ってたりするのだろうか?

「はい、あと10秒」

「えぇ!?」

「きゅう......はち......」

「先生の用事があるんじゃ無いの?」

「......3点」

「はぁ!?」

「じゃー次の問題ね」

「ちょっと待ってよ、答えは!?」

「んー?君と二人っきりになりたかったから」

「......ん?」

「じゃー2問目。なんで私は君と二人っきりになりたかったんでしょーか?」

「ちょっと?待って?ずっと置いていかれてるんだけど」

 無意識のうちに好意を抱いているとか、どうやらそんな次元では無いみたいだ。

「答え以外の質問は聞きませーん」

「ちょっと、考えさせて」

「あと5秒」

「えぇぇええ!?」

「よん......さん......」

「ぼ、僕のことが好きだから?」

「......正解」

「当たっちゃったよ」

「簡単すぎたかな」

「というか、なんで急に僕の事が好きになるの?僕と樋口さんって殆ど喋った事ないよね?」

「そうかもねー。じゃあ最後、3問目。これなーんだ」

 彼女はそう言うと、何処から取り出したのか“見覚えのある”伊達メガネを掛けた。

「......嘘でしょ」

 それは、森川さんにカマをかけた時に使ったアーティファクトだった。

「なんで」

「記憶、消えてないって言ったら驚く?」

「驚くも何も......え?」

「アリスーもう出てきていいよー」

「はいなのー!!!!」

 ドッキリ大成功の看板を抱えたアリスが教室に飛んできて、僕の頭を踏んづける。

「痛ッッ!!!」

「あの日からずっと計画しててさぁー、ちゃんと成功してよかったよ」

「成功なの〜」

 ウキウキでハイタッチを決める二人。

「......僕まだ状況飲めてないんだけど」

「コトネはあの日、シブチョーをなんとか説得してアーティファクトを譲って貰ったの」

「私が職員の一員になる事と交換条件にしてもらった」

「......マジかぁ」

 万年人手不足って言っていたし、全然ない話じゃない。支部長なら短期間でそれぐらいはやるだろう。

「ねぇ千秋くん。私、言って欲しいことがあるんだけど」

「......ごめんなさい。勝手にことを運んでしまって」

「うん、正直言ってちょー寂しかった。その、私だって夏休み一緒に過ごしたかったし、忘れたくもなかったし」

「本当にごめん。独りよがりで最低な事をしてたってやった後に気付いたよ」

「言い訳はいいの!もう終わった事なんだから。それに結局君の事忘れなかった訳だし」

「......ねぇ琴音」

「ん?」

「好きです、僕と付き合ってください」

「えッッ!!?」

 言おうと思った時には、もう口に出てたと思う。今言わないと一生後悔する気がして。

「......もう!言うのが遅い。ずっと待ってたんだから」

「付きましては、僕も夏休みを楽しんでないので。今度夏っぽいことでもしませんか?」

「何処行くの?」

「海......?」

「流石にもう泳げないでしょ」

「だよねー」

「でもいいよ。私、今年まだ一度も水着着てないし」



 人は完璧ではない。

 誰だって全てをそつなくこなせる訳じゃないし、失敗だってすることもあるだろう。だから将来それを許せる人間になれたら良いななんて、今は思っている。


 もちろん、彼女の隣でね。

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