第10話 君と僕

息抜き(8)



「凄い不完全燃焼なの」

「まあまあ。アリスには色々とお世話になったから」

 この事件は終わった。

 暴力沙汰もなく、あっさりと。

 森川さんはあの後、プロテクトで保護する形として身柄を預けてきた。家族に関しても護衛を付ける形になるだろう。解放されるには当分先だろうけれど、ひとまずは安心だ。

 事件はこれで解決したが、僕には仕事がまだ残っている。着いたのは琴音の家だ。

 インターホンを押して、彼女を待つ。

「緊張してるのー?」

「そりゃ、そうでしょ。これから全部説明しなきゃなんだから」

「そうなの」

「怒られるかな。きっと怒るだろうなぁ」

「当たり前なの」

 そんな事を話しているち、玄関から私服姿の琴音が顔を出す。

「千秋......君?」

「ひ、久しぶり」

「何処でなにをしてたのよ!ずっと連絡取れないし、アリスも教えてくれなかったし!」

 僕は一つの紙袋を渡す。

「これ、盗まれた物全部。もう要らないかもあれないけど」

「......嘘でしょ?」

「連絡できなかったことは謝るよ。それに話したいことがあるんだ。この事も全部説明するからさ」





 彼女の手を取り夕焼けの街に連れ出した。

 誰もいない帰り道を二人で歩く。お互いに何を話せばいいのか分からなくて、沈黙が続いていた。夕日に照らされる彼女は妙にしおらしくて、目を奪われる。

「ねぇ、何処に行くの?」

「ちょっとね、いいデートスポットがあるんだけどさ」

「......ほんと?」

 彼女の問いかけを、僕は適当に誤魔化す。彼女も、僕がいつもと変わった様子なのが引っかかるようで、何度も質問を繰り返したが、全部はぐらかした。

 そんな感じで、着いたのはとある施設だ。

『プロテクト日本支部』

 看板にそう書かれてある研究所だ。

「ここがデートスポット?」

「まぁね。プロテクトっていうの分かる?」

「なんか、隕石とか調べてるって話題だったやつでしょ?それがどうかしたの?」

 それはプロテクトの世間での表向きの顔だ。

「僕ね、ここの職員なんだ」

「え、働いてるってこと?」

「まぁ、バイトみたいなものなんだけど」

「中学生なのに?」

「まぁ、ね?話すと色々長くなるんだけど。まあ、入ってからで良いかな」

 彼女を連れて中に入る。向かう先は支部長と待ち合わせしている執務室。

「失礼します」

「お、来たね」

 支部長はネクタイを結び直すと、ソファに座るように促した。

「君が例の琴音さんだね」

「は、はい」

「さて、何処から話そうか」

 支部長はゆっくりと事情を話していく。時折りアリスの事や森川さんの事を聞きながら、順を追って話し合っていく様に。

 琴音はずっと支部長の話を真剣に聞いていた。彼女を僕が見ても目線が帰ってこない程には、集中して聞いているようだ。

「......そして、今回の事件を纏めると異能力によるアーティファクト犯罪という事になる。森川さんを追い詰めた真犯人の捜索は私たちが引き継ぐという形になる」

「はい......分かりました」

「そして、これは君の処分なんだけど」

 支部長は背筋を伸ばして改まり、言う。

「君はあくまで被害者であり一般人だ。だからこの奇怪な事件を知っているというのは国家的には都合が悪くてね」

「......えっ?」

「君の記憶を改竄させて欲しい」

「えっ」

「もちろんこの事件に関する記憶だけだ。契約書にサインしても良い」

「ちょっと待ってください、この事件の事って......」

 僕と出会ってから、いや、アリスと出会ってからのアーティファクトに関する全ての出来事を、彼女は忘れてしまうという事だ。

「辛いかも知れないが、分かってほしい」

「少し、考えさせてください」





「琴音、はい」

 俯いてベンチに腰掛ける琴音にジュースを差し出す。彼女は何も言わずに受け取ると、また俯いて何かを考えている。

「私、忘れたくない。アリスのことも、君のことも」

「ごめん、琴音。僕はもっと早く本腰を入れていれば......」

 僕は彼女と距離を縮めたくて、能力を使う事を躊躇っていた。もし、これがアーティファクト犯罪じゃなければ彼女と仲良くなれるのではないか。そんな穢らわしい邪な考えのせいで、あの日彼女は傷ついてしまった。

 だから、ケジメをつけるべきだと思った。

「本当にごめん、もっと早くやってれば良かった」

 そうすれば彼女は傷付かずに済んだのに。

「早くやって、私の記憶が消えれば良いと思ってるんだ」

「......そういう訳じゃ」

「そもそも、私聞いてない!!夏休み中何があったか何にも!」

「そ、それは」

「ストーカーを見つけなきゃ君の事も忘れなかったかもしれないのに!」

「それは、君が望んだ事で......」

「こんな結末、望んでない!!!森ちゃんの事は感謝してる。けど、私はただ、君と一緒にいれればそれで......」

 彼女は顔に涙を滲ませ、僕を睨んできた。

 その表情を見て、僕はもう一度大きな過ちに気付かされる。

「なんで......私に言ってくれなかったの?急に言われても心の準備ができてないよ」

 

 犯人を探すなんて、僕のエゴじゃないか。

 彼女が辛い時、本当に僕がやるべき事は彼女の隣にいる事じゃなかったのか?

 森川にもアフターケアを任されたというのに。こんなんじゃ顔も合わせられないじゃないか。


 ーーバチンッッ!!!


 彼女のビンタが僕の頬を赤く染める。

「バカ!!!」

 彼女は悲しそうに泣き叫ぶ。その声は怒りや寂しさが入り混じった虚しいものだった。

 僕は取り返しのつかない事をしまったと思った。

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