第8話 真犯人
アーティファクト。
例えば、僕の記憶を消すヘアピン。
そういう異能力を持った物を、そう呼ぶ。
アーティファクトを知っている者は少なく、政府も黙秘しているので特別な人しか、その存在は知り得ない。
そして僕はそのアーティファクトを補完、管理したり、アーティファクトによる事故や事件を解決する組織に所属している。
その組織名は『プロテクト』
とても簡潔に言うなれば、異能力を専門にした警察のような存在だ。
*
夏休み初日、僕はアリスを連れて街を歩いていた。
「暑いの」
「人形なのに?」
「アリスだって暑いのは嫌なの」
「......そうなんだ」
琴音には申し訳ないが、僕もアリスを堪能したいと思っていたのだ。家にいればとりあえずは安心だろうし、そもそも彼女は外に出る気力は無さそうだった。
「ねぇ、アリス」
「さんをつけるのデコ助」
「......アリスさんにずっと聞こうと思っていたことがあるんだけど」
「なんなのー?」
「アリスを作った人のことなんだけど」
「お母様の事?」
「その、アリスはそのお母さんとは連絡取れないの?」
「アリスは最初から売られる為に作られた人形なの。コトネに買われた時点でお母様とは縁がないの」
「会いたいとは思わないの?」
「アリスの生きる理由は、コトネのストーカーを捕まえる事なの。だから生まれた理由なんて興味ないのー」
「......そんなもんか」
「これが聞きたかった事なの?」
「まあ、そうだね」
僕は歩きを止めて、アリスを見つめる。
「なあ、アリス。僕は琴音の為に持てる全てを使って犯人を特定するつもりだ」
「し、知ってるの」
「そしてその為にはアリスの力が必要で、そしてそれは君の身を脅かすかも知れない。琴音が助かるまでは一緒にいれるかも知れないけれど、その後は保証できない」
「......それは、オマエがプロテクトの職員だからなの?」
「なんだ、分かってるのか」
「お母様に教えられたのはそれだけなの。オマエみたいな団体に見つかるのはリスクなのって」
「まぁね、今ならまだ断ってもらって良い。僕だってアリスには元気に琴音と笑ってて欲しいし」
アリスはスカートを強く握り、焦りを隠すようにクルッとスカートを回してみせる。
「......アリスは逃げないの」
「本当に良いのか?僕が言うのもなんだけど、もしかしたらもう琴音と会えないかもしれないんだよ?」
「アリスの使命はコトネの幸せなの。だから理由はこれで十分なの」
「そっか、じゃあ僕も頑張んなきゃだね。琴音のことも、アリスの処分についても。良くなるように」
「だから”さん“をつけるの!」
*
『プロテクト日本支部』
表向きは彗星を研究する研究施設だが、僕にとっては異能力を扱う特別な施設だ。その中に入っていき、僕は執務室に辿り着く。
「失礼します」
「おお、待っていたよ。春夏冬くん」
僕とアリスを迎えたのはスーツ姿の中年。何処か落ち着いていて、渋い雰囲気を漂わせるこの組織の支部長だ。
「これが例の人形です」
「おお、これはこれは初めまして。私の名前は
「アリスはアリスなの」
「よろしく頼むよ。立ち話もなんだ、どうぞ座ってくれ」
僕は支部長に促されるまま、ソファに腰掛ける。アリスも僕のももに座り込んだ。
「お茶を出そうか。春夏冬君は紅茶か緑茶、どっちが良いかな?それにアリスさんは......」
「アリスは紅茶がいいの!」
「じゃあ、僕も」
「ああ承った」
程なくして二人分の紅茶と、クッキーが長卓に置かれる。アリスはそれを見ると目を輝かせてクッキーに喰らいつく。
「じゃあ本題に入ろうか」
「そうですね。まず報告書なんですけど」
「ああ、私も拝見させてもらったよ」
「はい、そこで僕からは提案......いや、お願いがあるのですけど」
「うん、それは?」
「この事件、アーティファクトがかかわっているのは明白です。そしてこの人形、アリスはこの事件を解決したいと言っています」
「ふむ」
「そして僕はアリスとずっとこの事件を追ってきた、つまりーー」
「僕にこの事件を任せて欲しい、そうということかい?」
「は、はい」
「......珍しいね。てっきり夏秋冬はそういう面倒事が苦手だと思ったいたんだが」
「少し、事情がありまして。それに、僕はアリスがこの事件で無害で、このプロテクトにとって有益な存在であることも証明したいんです」
「確かに、アリスさんの存在を知ってしまったプロテクトとしても、もう見て見ぬふりはできないし、最悪の場合処分処置になる可能性もあるだろうね」
アリスは実際怪力で、間壁を一撃で気絶させるほどの威力があった。報告書のみの説明ではあまりに脅威的だ。
「まあ、私としては問題はないよ。ここは年中人手不足だ。君が解決してくれるなら願ったり叶ったりさ」
「ありがとうございます!」
「ああ、期待しているよ。アリス君の事も、君の事も」
「ええ、頑張ります」
「それに、君は良いのかい?」
「何ですか?」
「もし、君がこれを本当に完遂できてしまったらーー」
「良いんですよ、もう決めた事ですから」
僕は琴音に平穏な生活を送って、いつも通り笑ってくれたら、何だってする。
それはあの時彼女に誓った事なんだから。
*
大層な事を話したようだけれど、僕がやる事は探偵の真似事だ。間壁に話を聞いた限り、奴以外にも取引をしている奴は存在する。恐らく彼女を知る同学年のやつだろう。だから、僕は同級生と片っ端から当たり、情報を聞き出したら足が残らないように記憶を消す。地道な作業だ。
「......何見てるのー?」
「連絡網。まずは僕のクラスからだ」
仲の良い連絡が取れる荒川などは会う予定をして、その他は直接訪問だろう。
「面倒なの」
「言うなって。僕だって夏休み丸々使っても終わりそうにない作業で大変なんだから」
探す相手は同学年の男子中心だ。琴音は女子には居ないって言っていたし、盗む様な人がいるとは考えづらい。
「そういえば、琴音って陸上部だよね」
「そうなの」
「じゃあ部活の先輩後輩も候補だな」
荒川とか人脈広そうだし当たってみるか。あとは森川に聞いてみるか。
「よし、そんなもんかな」
「行くのー?」
「時間は足りないぐらいだからね、今回はプロテクトの後ろ盾もあるから強く出れる。多少脅しっぽくなるかもだけど、いざってときは頼むよ」
「分かったの」
*
「ふぅ」
「お疲れ様なのー!」
「これで同級生男子組は終わりだぁ」
公園のベンチに深々と腰をかける。
時は飛んで、夏休みも半分終わりぐらいに差し掛かる頃。僕は同級生の男子を軒並み潰した。間壁が言っていたように、実際に何個か琴音の物を回収できた。意外と競争率高いんだなぁと、思い知らされる。
「......あとは部活組だ」
「あと半分で終わるのー?」
「いや、男子陸上部組はそんなに数はないし、余裕あるよ」
「アリスもちょっとは休みたいの」
「いや、肝心の犯人はまだ見つかってない。同級生男子にはそれらしい人物は居なかったし」
部活の奴か、女子だろうと僕は今のところ考えている。女子組なのだとしたら、きっと彼女の身近にいる存在、なのだろうか。
そんな事を適当に考えていると、スマホが鳴り出した。
「ん、」
琴音からのメッセージの様だ。
『連絡くれないけど、元気なの?
なんかアリスとアリスとなんかしているらしいし、本当に大丈夫??』
「............。」
「返さないのー?」
「まぁ」
僕は夏休みになってから、琴音と合っていないどころかメッセージに既読すらつけていない。
「アリスは別にいいけど、家で琴音はいつも寂しそうなの」
「......やっぱり、そうだよね」
「既読ぐらいつけるといいの」
「怖い、って言ったら怒られるかな」
「もう怒ってるの」
「あはは、だよね......」
僕はもう彼女と関わる気はあまりない。嫌いになったとかでは勿論なくて、僕は今になって彼女を好きになるのが怖くなったのだ。
臆病者だ。
「まあそれも仕方ないの。夏休みが明けたら自分の事を忘れる人と話すのは辛いの」
「それはアリスもでしょ?」
「アリスは仲良くしてるの」
「僕達がやるべきことは犯人捜しだよ。だから僕は犯人を捜すよ。琴音と最初に約束したことだしね」
「......そうなの」
「じゃあ、そろそろ戻りますか」
男子組が白なのだとしたら次に怪しいのは彼女の身近にいて、彼女の動向を常に追える存在。そして元々僕は目星をつけている。
僕はスマホを操作して、森川にメッセージを送る。
『話がある』
*
学校の教室、閉鎖されている筈の場所に僕は森川を呼び出した。別に人気がない場所なら何処でも良かったのだけれど。アリスには教室の隅で待機してもらって、いざとなったら助けてもらう算段だ。
「やほー、アキアキ。どうしたのさー、こんな所に急に呼び出して」
「いやいや、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「それにどうしたの?眼鏡なんてして。伊達メガネ?イメチャンしたの?」
「君が、物を奪うアーティファクトを持ってるんでしょ?」
「え、なに急に。どうしたの?今日のアキアキおかしくなっちゃった?」
「誤魔化さなくて良いよ、僕の事“見えてるんだから”」
僕は徐ろにメガネを外して見せる。
「......ああ、そういう」
僕が掛けているこのメガネには能力を持っていない人には見えなくなる能力がある。つまり、メガネを掛けた僕が見えるという事は、黒である証拠だ。
「なんで、こんな事したの?」
「うん、やっぱりそうだよね。そう言われるよね」
「僕も疑念はあったけど、けど確信はなかった。だって森川さんはずっと優しかったから」
僕と琴音の仲を取り持ってくれたり、ストーカー事件にも間接的にだが協力していた様にしか見えない。だから、疑うにはあまりにも白だった。
「本当は疑いたくなかったし、今も信じられない。何か理由があったんじゃないかって」
「ねぇ、アキアキは能力を使わなければ家族全員を殺すって言われたらさ、その男に協力する?」
「......それって、どういう」
「私の能力ってさ、親しい人間からしか物を盗めないんだ」
彼女は歪んだ笑みを見せると、独り語り出す。
「最初はくだんない理由で能力を買ったんだー。コトコトに嫉妬して、ちょっと困らせてやろうと思ってさ」
しかし、それは失敗に終わった。
「一度能力を使ったらさ、これを打ってくれた人が家族を人質にとってさ。コトコトの物を盗み続けなきゃ殺すって言われたの。だから、盗み続けた」
「盗んだ物を売りに出してたのは?」
「お金も要求されたから、半分命令された様なものかな」
酷い話だ。
ただ彼女の話を聞きながら、そう思った。
「けど、バレたからもう終わりなんだー。もう私は親友を裏切り続けなくて良いし、家族全員死ぬのは嫌だけど、罪滅ぼしにはなるかなーって」
「......っ」
なんて言葉を掛けていいのか、僕には分からなかった。
彼女は、今どんな気持ちなんだろうか。
「アキアキには感謝してるんだ。君ならコトコトに寄り添って、きっと元気になるまで一緒にいてくれるでしょ?アフターケア、任せてもいいんだよね」
そんなの、あんまりじゃないか。
森川さんは被害者で、それなのに彼女がまるで悪者みたいな扱いをされるなんて、間違っている。
「森川さんはそれでいいの?」
「......言い訳なんて、できないでしょ?」
森川さんは僕の問いに怒りをあらわにする。まるで納得のいかない子供のように、拳を強く握りしめて、唇を噛む。
「私だって、こんな......こんな事望んでなかった!!でも私は、これは、私のせいだから!!」
髪をくしゃくしゃにかき乱し、啜り泣く。
「僕は琴音にも森川さんにも笑って欲しい」
「......でも」
「僕、いや僕たちプロテクトはさ、そういう人を守るために設立されたんだ。だから僕を頼ってよ。琴音とまた笑える明日を約束するからさ」
「......本当に?」
「信じてよ、僕だって森川さんには琴音の事を色々教えてもらった恩があるからさ。それを今返したいんだ」
この日、ストーカー事件の真相が明らかとなり、僕は彼女の手を取った。
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