第7話 ストーカー!?
校門の前で待ち合わせ。
琴音を見つけると、彼女は緊張した様に張り詰めた表情をしていた。
「ごめん、待った?」
「ううん、大丈夫」
「盗んだ人、分かったの?」
「それが......」
彼女が言うには、どうやらそのキーホルダーのGPSが指す場所は体育倉庫と言うことらしい。
「......もしかしてだけど、まさか落としたとかじゃない?」
「そんな訳ないじゃない!一度も体育倉庫なんてクソ暑い場所になんて入らないわよ!」
それもそうか。
「それに鞄はロッカーに入れて鍵も掛けてた」
「ロッカーの鍵って簡単に開けられない?」
「そう。だから普段はそれとは別に南京錠を掛けてるのよ」
「じゃあ......壊されてないって事は」
やはり何者かの能力者の介入があると見るのは確定と見るべきだろう。南京錠の鍵を盗んでキーホルダーを盗んだ後、また元に戻したと言うのも一応出来ない訳ではないだろうけれど、警戒している彼女にそんな事が出来るとは思えない。
「じゃあ僕は見に行ってくるけど、琴音は?」
言ってすぐに、気付く。彼女の顔には行きたくないとハッキリと書いてあった。
見つけたら殺すと言っていた時があったけれど、それは強がりだったのか。
「アリスは行くの!」
「えっ」
「アリスは犯人を捕まえてコトネに喜んで貰いたいの」
「......じゃあ、2人で行ってくるけど」
「ちょ、ちょっと!待って」
踵を返して、覚悟を決め掛けた僕の背中を思いっきり引っ張る。
「待って、独りにしないで......」
「森川さんは?」
「い、いや。怖い......」
流石に鈍感な中学生でも、今彼女が求めているのは、男手の様な自分を守ってくれる力なのだとわかった。ストーカーに遭ったとして、僕が太刀打ちできるかは全くもって分からないし自信もないが、頼ってくれるというのはちょっとした優越感がある。
*
体育倉庫を慎重に開ける。
中からは熱気とちょっとした汗臭さ感じるだけで人の気配はない。
「誰も居なそう......だけど」
「そ、そうね」
外をアリスに監視させながら、琴音と一緒にキーホルダーを探す。もし手垢や指紋などがついていた場合はすぐに犯人を特定できる。僕の勘
「......なかなか無い」
隠されているのか、何なのか。キーホルダーはなかなか見つからない。真夏のエアコンのない空間が思考力を奪っていく。
汗が頬を伝う。
琴音も流石に暑いのか動きが鈍っている。
「ねぇ、後日にしない?......流石に暑い」
「今日から夏休みだから学校閉鎖するでしょ。だから今日見つけなきゃ」
「......そりゃ、そうだけど」
それにしても、そもそもの犯人の目的は何なのだろうか。盗むならこんな所に隠さないだろうし、目的が不明瞭だ。嫌がらせなのだろうか?それとも能力的な都合があったりするのだろうか。僕の知る範囲でも、そういう不便な能力があったりする場合もある。
僕も他者の記憶を奪った後は眠気と疲労感に襲われるし。
そんな、まとまらない思考を巡らせていると、アリスが掛け寄ってくる。
「一人こっちに向かってくるニンゲンがいるの!」
「ヤベッ」
「千秋くん、隠れよ!!」
「隠れるって、何処に!?」
ただでさえ狭い体育準備室だ。息を潜めるにしても限度がある。隠れる程の場所はないだろう。そう思い、周りを見渡す。
「......まさかな」
清掃用のロッカー。
「千秋、その、ここしかないよ」
「いや、無理無理!!」
二人で入るには無理があるだろう。
詰め込めば入れそうでも、その、体が。
「何ぐだぐだしてるのー!もう来てるの!」
「あーもう!分かったって!!!」
体育準備室に人が入ってくる。ロッカーの隙間から、その姿を見る。その男はクラスメイトの“間壁“という奴だった。別に僕はそいつと仲がいい訳じゃない訳ではない。面識も少ないが、前に琴音との噂が出た時に「クラスのアイドルの樋口さんに手を出すとは良い度胸でヤンス!」とか言ってきた記憶がある。
間壁はスマホを片手に体育倉庫を漁る。確か体育委員でもない筈だ。そんな男がここに居るのは不自然い極まりないだろう。
間違いなくコイツが黒だ。
「......(ねぇ)」
「......(なに?)」
凄い小声で話しかけられる。
ロッカーの中はサウナ状態の上に密接状態だ。正直に言って男としてヤバい。
「(狭いんだけど。もうちょっと詰めてよ)」
「ーーッ!(無理に決まってるだろ!?あんまり押すなって!)」
「(ベタベタしてるし、匂い絶対に嗅がないでね!?)」
そんな無茶な。
というか、琴音に意識を向けるとヤバい。めっちゃいい匂いするし、肌も柔らかい。
「(なんか硬いのが当たってるんだけど)」
「(ごめん......僕も男だから)」
「......(どういう事)?」
頭に一瞬疑問符を浮かべたようだが、直ぐに感づいた様だった。
「ーーッ!!!?」
琴音がロッカーの扉を蹴飛ばし、飛び出る。
「バカーーーーーッ!!!」
「ごめんなさぁぁぁああああい!!!!!」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
間壁の視線が僕たちに向く。
一瞬その場が凍りつき、1秒ほど全員の思考が停止する。
「こんな所で接吻でヤンスか!アハハ!!!やっぱり噂は本当でやったヤンスな!では拙者はこれで」
間壁はその場から全力疾走で逃げ出した。
「ま、待てッ!!」
逃げられる。
そう思い、僕も追いかけようとした瞬間だった。後ろから跳び箱の一段目が、大砲のように打ち出され、間壁の後頭部に激突する。
間壁は床に倒れ、一切動かなくなる。
「......え?」
「なの」
「......あの」
「じ、事故なの。だからこれは違うの」
「なんでやった本人が一番焦ってるんだよ」
「て、手加減したから大丈夫なの!」
*
「殺してないよね??」
「脈はある......けど」
死んでないよね?倒れているだけだったから大丈夫だよね?本当に。
危うく殺人現場の出来上がりだった。
「真壁くん、どうするつもり?」
「捕まえたからには話を聞くしかない。手違いだったら最悪僕が記憶を消せばいいし」
手荒いかも知れないが、腕を跳び縄で縛り、壁に固く結びつける。後は起きるのを待つだけだ。
「それに、間違いなく彼は黒だよ」
僕の手元にはサメのキーホルダーがある。これは間壁が持っていたので間違いなくストーカーだ。
「ん......」
「おはよう、真壁くん」
「......なんでヤンスか、って手が!離すでヤンス!!」
「まぁまぁ。話を聞いてくれればいいよ」
「......何も話すことはないでヤンス」
「このキーホルダー、樋口さんのだよね」
「......同じキーホルダーぐらい持ってても普通じゃないでヤンスか?」
「これ、オーダーメイド品で世界に一つしか無いんだよね」
「............。」
「だんまり、か。別に僕はいいんだよ?真夏の中、人気のない体育倉庫に長時間放置されたら、どうなるかな」
「脅してるでヤンスか」
「ま、間壁くん。出来れば私も説明して欲しいんだけど」
「ひ、樋口さん!?」
「ちょ!隠れててって言ったのに」
「だって、そんな脅しみたいなの、酷いじゃない」
この後に及んで猫被ってるなぁ。
僕には脅迫ばっかりするのに。
「......裏サイト」
「え?」
「星野宮中学の裏サイトで買ったんでヤンスよ」
「どういうこと......?」
間壁が言うには、他人のものを盗んで売ってくれる人がいるらしい。注文して、数日後に場所を指名したメールが届く。その先に盗んだものが置かれていというもののようだ。
「で、お前はキーホルダーを買ったって訳」
「出来心でヤンス。初犯で悪気は」
「ねぇ、間壁くん。ほ、他にも買ってる人、居るの?」
「誰かまでは分からないでヤンスが、ログを見る限りいるでヤンス」
「やっぱり、居るんだ......私の盗まれたカーディガンとか内ばきは何されてるか分からなくて......うぇ」
琴音は口を抑え、嗚咽を繰り返す。
「大丈夫?」
彼女の手には吐瀉物が広がっており、顔色も随分と悪い。そのまま、力なくその場に倒れ込む。
「琴音!?大丈夫」
「ほ、保健室なの!」
彼女を抱き抱えて保健室へと走る。
「間壁ェ!後で話は聞かせてもらうからな」
「......。」
間壁は何も言わなかった。
*
「熱中症かなー」
「だ、大丈夫なんでしょうか」
「まぁ、様子見だね。後は任せて、君は早く帰りなさい」
「わ、分かりました」
保健室で寝込む彼女を見る。
僕は、ひとつ大きな勘違いをしていた事に気付いた。彼女は本当はずっともっと不安で、怖かった筈なのだ。でなければ大金を使ってアリスをオーダーメイドしてまでも頼ったりなんてしないだろう。
今まで、何か自分の中でこの出来事はゲームのような感覚だった。認識が甘かったのだ。彼女とお近づきになれるチャンス程度に考えて、下心だけで協力し始めて、そんな日々を僕は楽しんでいたのだ。
彼女の気持ちを考えることもせずに。
もし体育館倉庫の時に彼女が傷付かないようにひとりで行けたら。いや、もっと彼女の事を考えるならば僕が独りで動いていたら、真実を知らなきゃ、彼女は傷付かなくて済んだかも知れない。
最低な気持ちで廊下を歩く。
「アリス」
「どうしたのー?」
「夏休み、協力してくれるか?」
「犯人探しなの?」
「ああ、俺は犯人を見つけ出す」
僕は認識を改めるべきだ。
これはストーカー事件であり、そして不可能な盗難という不可解な出来事であること。
一人の少年として捜索するのではなく、異能による犯罪を取り締まる者として。
僕はこの事件を解決しよう。
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