夜空を見上げ、星に集う。

@otoha85

第1話【滅びゆく星、生きる星】




    ぽつりと、少女が1人立っている。


       少女の目には、炎。


      それは怒りの、悲しみの。

  そして眼前で繰り広げられる、戦火の炎。


     眩い炎の熱気にあてられて、

  呆けていた意識がだんだんと覚醒してくる。








…そうだ。私たちの星は、戦場になったんだ。

私の名前は、『セルフィア』。

ヒトと竜の混血であり、ヒトの体に翼が生えた竜人と呼ばれる人種である。

そしてここはエアルス。竜たちが平和に暮らす、小さな星…の、はずだった。

事の発端は、遠いある星から『神霊玉』とかいう大切なものを盗んだ犯人がエアルスにおり、持ち主が軍隊を引き連れ取り返しに来たことだ。その軍に容赦という言葉はなく、エアルスの住人は見つかり次第殺されていった。見渡す限りの大地に、たくさんの竜の死体が無惨にも散らばっていた。


ふともう一度、セルフィアは燃える街を眺める。そんなことをしても、現実を思い知るだけだと分かっていても。

(これが、私の生まれ育った、大切な故郷。)







  ――ソシテ、コレカラキエルホシダ――







「…! 誰!?」

頭の内側で何者かの声が響く。同時に地面から黒いツルのような物が伸びてきて、セルフィアは地面に引きずり込まれてしまう。落ちたのは真っ暗な部屋。光が届かず一寸先も見えないような、漆黒の空間だ。助けを求め声をあげる間もなく、意識が遠のいていく。死ぬのか、と思った途端、思い出が走馬灯のようにフラッシュバックする。


生まれた時のこと。

母がしてくれる頬ずりが好きだった。

幼少期のこと。

父が面白い豆知識をたくさん教えてくれた。

学生時代のこと。

得意だった教科で成績がトップだった。

片思いしていた男の子のこと。

2人で過ごした、甘い時間。

(懐かしいな…)

セルフィアはしばらくの間、走馬灯ということも忘れて過去の思い出に浸っていた。

しかし、戦争はそんなことを許してはくれないようだ。


「セルフィ!僕の手を取れっ!」

突然頭上から、光とともに誰かの手が伸びてきた。

その声がヒトの父ゼフィーのものであると理解するより先に、咄嗟に手を掴んでいた。

体が光の方へ引っぱり上げられていく。

「ようやく見つけたよ、セルフィ!」

父の声でハッと我に返る。父が引き上げてくれたのは、戦場から離れたところにある小さな林の中の小屋だった。遠くでは相も変わらず血みどろな戦いが繰り広げられている。

いい加減現実を見なければ。一思いに頬を叩き、そう自分を叱咤する。父は驚いたが、すぐに真面目な表情に戻って話し始めた。

「いいかいセルフィ、よく聞くんだ。エアルスはもうすぐ…滅ぶ。」

「…うん。」

わかってはいたことだ。攻めてきた軍の大虐殺により、おそらくエアルスの住竜の半分は…

「生き残っているのは多分、僕と母さん、それからセルフィだけだ。」

セルフィアは絶句した。自分たちの家族だけ、つまりは、エアルスは本格的に壊滅したということである。

驚き俯くセルフィアだったが、父の話は続く。

「わが家にある僕の部屋に、『あるところ』に繋がるポータルがある。それで逃げるんだ。そこならきっと、幸せに暮らしていけるはずさ。」

再び言葉を失うセルフィア。その言い方はまるで…

「…まるで、私だけが逃げるみたいじゃない…!お父さんは?お母さんはどうするの!?」

父は一瞬少し悲しそうな顔をして、

「僕たちは、君が逃げるまで敵の足止めをするよ。君が逃げきれたのを確認したら、僕たちもすぐに行くから。…ファーレ。」

まるでその時を待っていたかのように、上空から母が舞い降りてきた。

竜である母ファーレは、エアルスでも屈指の美貌と強さを持っていた。しかし今や、輝くような白銀だった翼は灰や煤で汚れ、強さの証であった爪も傷だらけになっている。

「だめね。やっぱり生存者はいなかったわ。」

セルフィアが闇に引きずり込まれるより少し前から姿を見せなかった母だが、生存者の捜索をしに飛び回っていたらしい。

「ファーレ、君はセルフィを家まで送り届けてくれ。」

「任せて。でもその前に…」

母はセルフィアに向き直ると、ゆっくりと話し始めた。最期の会話を、噛み締めるように。

母と目が合う。翼と同じ、美しい白銀の瞳だ。

「いい?セルフィ。今から言うことを、よく聞いて。私たちは、これから離れ離れになってしまうの。もしかしたら、もう会えないかもしれない。でも、寂しくないように、あなたにはある星に行ってもらうわ。ここよりも多くの種類の生き物が住む、とってもいい所なのよ。」

何を言っているのか、分からない。理解したくない。

俯いて、つい口から言葉がでてしまう。

「い、やだ。私1人なんて・・・

お、お父さんとお母さんは?一緒じゃなきゃやだよ、私はまだ、いままでみたいにみんなで・・・・・っ!」

「聞きなさいっ!!!」

母が私を育ててきて初めて、怒鳴った。

恐る恐る顔を上げると、母の目からは血の混ざった涙が流れている。今の今まで気付かなかったが、母の翼は片方が折れ、もう片方にも大きな切り傷ができている。激しい戦闘の痕が、痛々しく見えた。

「いい?もう時間みたいなの。お別れしないといけないの。

私たちだって、本当はあなたといつまでも生きたいわ。でもそんな悠長なことは言っていられなくなってしまったのよ。どれもこれも、私たちのせいだわ。最後まで不甲斐なくて、ごめんね?」

その時、扉を開けて父が言った。

「ファーレ、敵に見つかったようだ。

…親としての、最期の一仕事をするとしよう。」

「…ええ。」

そうして、セルフィアたち3人は小屋から出た。

上空には、白い髪の巨人が見える。身長は

4、5m程だろうか。

(あれが、襲ってきた…敵?)

巨人は持っていた鎌を一閃。目測でも5mに満たない鎌だったが、たった1振りでセルフィア達のいた小屋ごと林の木を切り飛ばした。しかも、わざと彼女たちに当たらないようにして、だ。牽制のつもりなのだろうか。

「もう来たか!ファーレっ!」

「分かってる!」

即座に臨戦態勢をとり叫ぶ父。

本来の大きさに戻った母はセルフィアを背中に乗せ、大きく翼を広げた。飛び立つ瞬間、父と巨人が交戦を開始したのが見えた。技量は…互角。しかし、人間である父に出せるパワーには限界がある上、ヒト対巨人という不利な条件も相まって、押されているように見える。

「もっとスピード出すわよ」

母が忠告する。セルフィアは振り落とされないように、母の背中にしっかりしがみついた。

あっという間に父の姿が見えなくなっていく。

「ねえお母さん。お父さん、勝てるよね?」

聞いたところでどうしようというのか。しかし彼女は聞かずにはいられなかった。

「多分、あのままだと負けるわ。でも大丈夫!あなたを送り届けたら、私も加勢するから。」

「そ、そっか。そうだよね。」

そうこうするうちに、家に着いた。

「お父さんの部屋は、分かるわよね?」

物心ついてからはや15年、家の構造など把握している。

「じゃあ、ね。」

そう言うと母は、まだ寂しそうな顔をしているセルフィアを抱き締めた。

「お父さんから、「後で行く」って言われたんでしょ?でもね、酷なことを言うけど、私たちは行けそうにないの。敵は私たちの想像を超えるほどに強い。私は今からゼフィーの援護に行くわ。これだけは約束して。


…絶対に逃げ切って、幸せになってね。」

いつからか流れ始めた涙はとめどなく溢れている。

「お母さん…大好きだよ。」

セルフィアは掠れる声で呟く。

母は微笑んで、

「強く生きなさい、セルフィ。あなたにはどんな時、どんな望みだって叶える力がある。

自分が正しいと思ったことに使うのよ。」

それだけ言い残すと、母はセルフィアを再び力強く抱き締め、遠く見える父と巨人の戦場へと羽ばたいていった。

父の部屋のバルコニーから、母が翼を広げ急停止するのが見えた。数十キロはあろうかというこの距離を、ものの数秒で飛んで行ったのだ。傷だらけの翼で…。

母が合流してからの戦いは壮絶だった。2人は、以心伝心という言葉を体現するかのような完璧なコンビネーションで巨人を翻弄している。

(もしかしたら、勝てる…!)

そう思ったセルフィアは、数秒後に信じられない光景を目にする。

巨人の体躯が二回りほど小さくなったように見えた。

巨人がバックステップ、2人と距離を取り鎌を構える。空を蹴るやいなや姿が掻き消え、両親の目前に現れた。流れるような動作で回転斬りを行う。

小さくなっても圧倒的な体躯から繰り出される死の鎌は、一回転目で母の胸をざっくりと抉り墜落させ二回転目で父の胴を横薙ぎに分断した。

セルフィアは驚愕に目を見開き、数歩後ずさった。巨人は翻弄されてなどいなかった。両親を倒した今も、かなり余力を残しているように見える。


       両親が、死んだ。


力無く後ずさる足をもつれさせ、セルフィアは尻もちをついた。遠く、巨人がこちらを見ている。

まさか…と嫌な予想をしてしまうセルフィアだが、その予想は最悪の形で的中する。

視界から巨人がいなくなったと思いきや、セルフィアの目の前に出現した。

セルフィアはあまりの驚きと恐怖に失禁しそうになりながらも、頭の一部では冷静に逃げることを考えていた。

低く厳かなオーラを漂わせながら、巨人が口を開く。

「〈叛逆の神〉ゼフィーよ、まさか自らの娘にこんな重大なものを背負わせるとはな…。

小娘、名をなんという。」

言葉の内容は分からなかったが、

「…セルフィア」とだけ答えた。

すると巨人は笑いながら、

「そうか、噂の〈竜人の姫〉の名はセルフィアというのだな。我が名はソーラという。

突然の訪問ですまないが、我はお主の体内にあるものを欲している。大人しくついてこい。」

と言い放った。

あまりに偉そうなその物言いに、セルフィアの恐怖は戦争の混乱や家族の死も相まって、憤怒へと形を変えた。

「あんたの名前なんか聞いてないわよ!

それより何?突然やってきて星の住民を皆殺しにした挙句、私から両親まで奪っておいてなにが「大人しくついてこい」よ。

応じる気なんかさらさらないわ!

私、お母さんと約束したもの――」

セルフィアは攻撃の意志を示すように構えた。

ソーラと名乗った巨人も少し構えつつ、興味深そうにセルフィアを眺めている。素手でも余裕で勝てるということだろう。

しかし…

「――絶対に生き延びるって…!!!」

憤怒で体から湧き出てくる感じたことの無い力を、セルフィアは攻撃ではなく、逃亡につかった。攻撃の意志はフェイクだったのだ。

大きく羽ばたき後方に飛ぶ。部屋の隅にあったポータルの起動レバーに手をかけ、叩きつけるように思い切り下げた。

セルフィアを中心として大きな円形の魔法陣があらわれる。

「…させん!」

ソーラも追随しセルフィアの首を握り潰さんと手を伸ばす。

(お願い、間に合って!)

セルフィアは全力で祈る。

地面の魔法陣が輝き、同時にセルフィアの視界も眩い白い光で満たされていく――――





果たしてセルフィアは転送に成功した。

気がつくと彼女は真っ白な空間でふわふわと漂っていた。

今度は走馬灯が来なかった。セルフィアの心を埋めているのは、故郷、友人、家族を失った喪失感と、深い絶望。

セルフィアの身体が光り始めた。転送魔法の使用者を安置へと一時的に隔離する『フェイズ1』に続き、実際に設定された地点へと使用者を転送する『フェイズ2』が始まったのだ。

(『いい所』ね。そこで私は、幸せになれるのかしら。お父さんとお母さんもいないのに…)

フェイズ2の最中も深く絶望していたセルフィアだったが、心の一部では、母との約束『幸せになる』を叶えるために、前向きになろうとしている自分もいた。

その事に気付くと彼女はフッと笑い、

「まあ、ぼちぼち頑張っていくしかないよね、お父さん、お母さん。」

と呟いた。

フェイズ2が完了し、セルフィアの身体が白い空間から消失した。


セルフィアが目を開けると、目の前にはとんでもなく巨大なカマキリがいた。周りの建物が破壊されて、一面火の海だ。人間が逃げ惑い、セルフィアの向いている方向とは反対に走っていく。肌で感じるのは、故郷と同じ、絶望の感情だ。

(エアルスといい ここといい、どうしてこうも世界は…)

セルフィアは翼を展開し、臨戦態勢をとる。

「残酷なんだ。」











    ぽつりと、少女が1人立っている。


   その目に写るのは、希望か。絶望か。


       それは誰にも分からない。


    心に混沌を抱えた少女の戦いが今、




         幕を開ける。




第1話 終

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