第20話 愛は花、君はその種子(後編)

 それから、距離が詰まることもなく友人関係が続いた。いやむしろ、平民と王族という大きな身分の差が「友人」と呼べるほど縮んでいること自体が奇跡とも言える。それも比較的階級差別がないメッツァの国柄のおかげだ。


 メッツァの階級は三つある。平民、華族、貴族だ。名誉華族、王族もあるが、それぞれ華族と貴族に含まれる。平民は公的な記録が残される前からメッツァの土地で生活していた人々。華族はメッツァ開拓時代に活躍した人々。名誉華族は戦争で活躍した平民に与えられた称号だ。しかし開拓時代も戦争も大昔の話。今では階級だけが名残として残っている。華族と平民は仲が良く、収入にやや差があるくらいだ。あとは、華族は王城での仕事ができるといったくらいか。


 しかし貴族たちとの関係は良好ではない。特に近年の王政はかなり独裁的であった。


 その政治体制に華族も平民もかなり不満を抱いていた。


「やあ、ウッズさん。お久しぶりですな」


 城下町にある商店街。ヴァローと父・スタヤは今日、そこで店を開いていた。


 そこに隣の店の男が声をかけてきた。屈強な体に髭面の顔。しかし優しい目をしている。華族の人間で、服屋を営んでいる男だ。


「これはこれは。お久しぶりです。いやあ、ようやく出店資金が貯まりましてな」


 と、スタヤは額の汗をタオルで拭きながら答えた。ヴァローは父親の隣で木箱から、商品を取り出し続ける。


「ラーハ王になってから税が上がりましたからなあ。いやあ、我々商店街の人間も、平民の皆さんがより楽に商売をできるよう努力しているのですがね」

「いやあ、本当に助かってますよ。良い資金の足しになりました」


 商店街で平民が屋台を出すには、中央議会に高額の税金を払う必要がある。郊外で暮らす多くの平民にとって、旅費と出店資金はかなりの負担であった。


 それを憂いた商店街の人間たちは売上の一部を集め、商店街で出店する平民たちに寄付をしているのだ。


「まあ、それにしても出店できるのは今年で最後かもしれないんですよ」

「なんと。それはまたどうして」

「倅が一向に狩りを上手くならんのです。もう16になるってのに。安心して引退もできない」


 父親から突然頭を鷲掴まれたヴァローは驚いたせいで、変な声が出てしまった。


「やめてよ父さん。僕だって頑張ってるんだから」

「頑張ってるのはわかってるんだがなあ」


 しわがれた声で苦笑いを浮かべるスタヤ。確かに、彼ももう50を過ぎている。二人暮らしのウッズ家にとって、そろそろヴァローが家計を担っていく必要があった。


「まあまあ。狩りの才能は知らんが、街のみんなはヴァロー君の世話になってますぜ」

「借りをせず何をしているかと思えば。まあ、遊んでばっかりいないだけマシか」


 と、スタヤはヴァローの髪をくしゃくしゃと掻き乱す。


「だからやめてってば」


 スタヤの腕を跳ね除けるヴァローの様子を見て、おじさん二人はゲラゲラと高く笑った。しばらくして笑いが収まると、服屋の男が口を開いた。


「この前もウチの店の梁掃除を手伝ってくれましてね。俺ももう歳だから、梯子で高いところに上るのは怖くて。いやあ、助かりましたよ」

「人助けができるように育てた覚えはないんですがね」


 スタヤがそう言うと、二人はまたゲラゲラ笑うが、ヴァローは何が面白いのかわからなかった。


「まあ、どう生きようがこいつの自由です。生活で苦労させてますからな」

「父さん……」


 彼がそう思っていることをヴァローは初めて知った。狩りを教えられてばかりいたので、狩人になって欲しいのかと思っていた。


「いい父親じゃないですか」

「もちろん狩人になってくれれば一番嬉しいですけどね」

「……父さん」


 三度、ゲラゲラ笑うおじさん達にヴァローが幻滅していると、


「冗談だ。冗談だが、俺が元気なうちは俺の仕事も手伝ってくれ。な?」


 と、スタヤはヴァローの背中を叩いた。


「それは、うん。もちろん」


 ヴァローが頷くと、服屋の男は自分の店の中に戻り、ヴァローらも屋台の準備を再開した。


 今朝の狩りの獲物たちを木箱から出し、棚に並べていく。ヴァローもスタヤの狩りに同行したが、ほとんど父親が仕留めたものだ。


 準備が整い、父親と共に呼び込みを始める。


「いらっしゃーい! 猪に鹿、鴨! 採れたての新鮮なお肉だよー!」

「いらっしゃーい。いらっしゃーい」

「全く。お前は相変わらずだな。もっと声張りなさい」


 スタヤはそう言うが、これでも改善された方であった。元々、引っ込み思案で大きな声を出すのは苦手だったが、クッカと出会ってから随分と明るくはなれた。人並みに大声は出せるようになっているが、さすがにベテランの商売人の声量は到底敵わない。


「あ! ヴァロー!」


 と、店の前に三人の女性が通りかかる。ヴァローの名前を呼んだのはクッカ。いつもの赤いスカート姿。そして肩までのボブヘアー。その後ろには瓜二つのメイドたち。カマリとミエスだった。


「これはこれは。王女様」


 スタヤは恭しくクッカにお辞儀をし、クッカも丁寧に「こんにちは」と挨拶をした。お転婆なところもあるクッカだが、このように時折王族らしい気品を見せる。


「すごいわ。どれも今朝のもの?」


 目を輝かせながら並べられた肉を見るクッカ。ヴァローも彼女と会えた喜びでウキウキしながら「そうだよ」、と答えて続けた。


「まあ、僕が捕ったのはほとんどないんだけど」

「ヴァローは相変わらずね」


 と、口を大きく開けてクッカは笑う。ヴァローは時折上品という感想を前言撤回しようと思った。


「そうだ。この鴨肉を頂こうかしら」

「え、それが唯一僕が捕ったやつだよ!」

「本当に? いやあ、そうだと思ったのよ」


 と、クッカはなぜか誇らしげに胸を張る。偶然だとしても、ヴァローも嬉しくなった。


「買いましょう? いいでしょう?」


 クッカは一歩後ろにいたメイド達に尋ねたが、妹メイドのミエスがクッカの手を取った。


「駄目よ。今晩の献立は牛のステーキだったじゃん。ここには売っていない−−」


 ミエスが話している途中で、姉のカマリがわざとらしく大きな咳払いをした。そしてクッカの手からミエスの腕を離した。


「ミエスは何を言っているの? 今晩は鴨料理って聞いたでしょう?」

「え、でもシェフが」

「鴨料理。よね?」

「あ……はい」


 カマリがミエスを睨むと、彼女は「何も返せない」と言いたげに返事をした。


「いいわよ買っても」

「やった! 財布を頂戴!」


 飛び跳ねて喜ぶクッカに、カマリは革の財布を手渡す。


「おいくらかしら」

「銀貨10枚いただきます」

「まあ、お安いわね」


 クッカは財布から10枚の銀貨を取り出し、スタヤに手渡すと、代わりに鴨を丸ごと一羽受け取った。


「ヴァローもありがとう! シェフに最高に美味しく調理するよう伝えておくわ!」

「こちらこそ、お買い上げありがとう!」

「うん! じゃあ、またね」


 クッカはそう言い残すと、手を振りながら店を去っていく。メイドたちも丁寧にお辞儀をすると、クッカの後ろに続いた。しかしカマリは去り際に、ヴァローへウィンクをした。ヴァローは「粋な計らい感謝しろよ」と言っているように見えた。カマリらしい対応だ。


「ヴァロー」


 三人の後ろ姿を見送っていると、スタヤが息子の名前を呼んだ。


「お前が望まないなら別に狩人になれとは言わない。さっきも言ったように、お前には自由に生きてほしいからな。だけど王女はやめておけ。叶わない恋を追い続けてもお前が悲しくなるだけだ」


 真剣な顔つきでヴァローを心配するスタヤ。ヴァローは彼と目を合わせることができなかったが、


「わかってるよ」


 とだけ答えた。


 確かにわかっているつもりだった。しかしいざ、父親から面と向かって言われると思っている以上に悲しみが押し寄せてきた。


 王族と平民。たとえ距離を縮めることができたとしても、壁を越えることはできない。


 なぜなら彼女は権力者の一族・王族で、自分は階級的弱者・平民だからだ。

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