第19話 愛は花、君はその種子(前編)

 彼女と出会ったのは何年前のことだろう。確か六歳くらいの頃だった気がする。


 ヴァローは父・スタヤに誘われ、ジキア音楽隊に入隊していた。メッツァ音楽の創始者であるジキア・タイドが作った街の音楽隊。路上演奏や王城ホールでの演奏も行う。極め付けは王立メッツァ劇団の劇伴も担当している所。王立音楽隊がいるにも関わらず、市民からの圧倒的支持によってジキア音楽隊が採用されたのだ。


 現在の隊長はジキアの子孫に当たるヴァリン・タイド。


 大きなホールの隅で三角座りをするヴァローの元へ、彼はゆっくりと歩いてきた。


「まだ慣れないかい?」

「……はい。まだ、音楽隊の人たちも、お、覚えられてないし……」


 ヴァローが音楽隊に入隊して二週間。今日はクリスマスフェスティバルの公演に向けたメッツァ劇団との交流会だった。どちらも年齢層が広く、子供も多く所属しているために企画された交流会だ。


 しかし大人たちは談笑し、子供たちはホールを走り回っていた。友達も少なく、人見知りなヴァローはその空気に馴染めず、端で蹲っているしかなかったのだ。


「……そうか、まあ楽しんでね」


 そう言ってヴァリンは大人たちの間に戻っていく。


「どうだった」

「まだ、慣れないそうですね」

「そうかあ。きっと優し過ぎるんだよな」

「そうねえ。気にしいって言うか」


 という大人たちの声がヴァローにまで届いてくる。ヴァローは耳を塞ぐように、顔を膝の間に埋めた。


 わかってる。僕だって好きでこうなっているわけじゃないんだ。


 国の様々な人が所属する劇団と音楽隊。年代も様々であるし、身分も様々。華族や平民が入り混じる中、王立劇団には貴族もいる。


 身分の差があれど、あまりお互い気にせず話しているように見える。しかしどうしても内心では気にしてしまっている。特にヴァローはそれが顕著だった。


 僕みたいな平民が、弱い奴が、他の人と仲良くなんてできない。みんな嫌がるに決まっている。


 そう思っていた。


「ヴァロー君!」


 明る過ぎる声がヴァローの名前を呼ぶ。ふと顔を上げると、真紅のワンピースを着た少女がそこにはいた。レースやリボンなど、華美な装飾を見て、すぐに貴族の人間だとわかった。ヴァローの苦手な人間であると本能が判断した。


 ヴァローが無視して、再び顔を埋めると、


「え、無視!」


 と言って、彼女は隣に座ってきた。向こうは気にしていないのだろうが、ヴァローにとっては厄介でしかなかった。


「何の用、ですか」

「ですかって。別に王族相手だからって、敬語使わなくていいよ」

「え、王族?」


 彼女の言葉に驚くあまり、繰り返してしまうヴァロー。せ貴族かと思っていたが、その上の王族だったとは。さすがに失礼だったと感じ、すぐに起き上がり謝罪する。


「ご無礼を」

「だからいいって、そんなの。柄じゃないし」


 と、彼女は微笑む。本当に気にしていないと言うような笑顔だった。


「話変わるけど、平民だよね? しかもご無礼を、なんて言葉知ってるのすごいね」


 そう話す彼女から嫌味は感じられない。純粋に関心しているようにヴァローも受け取った。それがヴァローは何だか嬉しかった。


「別にすごいことじゃないよ。僕は運動があまり得意じゃないし、非力だから。勉強を頑張ってみただけ」

「ううん。得意じゃないことがわかってて、得意なことを作ろうとするの、すごい」

「そうかな」

「そうだよ」

「初めて言われた。そんなこと」


 ヴァローは再び顔を埋める。今度は恥ずかしくなったからだ。


「そうなの? そうだ。みんなにも教えてきてあげるよ。ヴァロー君はすごい人だって」


 と、立ちあがろうとする彼女の腕を「やめて」と引っ張る。しかし、すぐに彼女が王族だったことを思い出し、手を離した。


「ごめん、なさい」

「いいよ。全然」


 彼女は座り直すと、ヴァローの瞳を見ながら真っ直ぐに言った。


「じゃあ、とりあえず私がヴァロー君独り占めだね」


 その純粋さは、ヴァローにとってとても眩しいものだった。閉じこもった部屋に差し込む日の光のように、ヴァローの心が照らされたように感じた。


 そのせいか、ふと笑みが溢れてしまう。


「そんなこと言って。恥ずかしくないの?」

「別に恥ずかしくないよ。それより、ヴァロー君も笑うんだね」

「笑うよ。僕だって人間だもん」

「そっか。そっか。そうだよね」


 彼女はヴァローの隣に座ったままだった。それを不思議に思ったヴァローは彼女に尋ねる。


「みんなの所へ戻らないの?」

「戻るって?」

「遊んでたじゃん」

「うーん。いいかな。なんかヴァロー君と喋る方が楽しいや」

「でも、みんなと仲良さそうにしてたじゃん。君、えっと」


 どうして、と訊きたかったが、そこで彼女の名前を聞いていないことに気付く。王族とは聞いたが、ヴァローもまだ六歳。王様の名前さえもちゃんとは知らない。


「君って。クッカ。私の名前はクッカ・キエロだよ」

「クッカか……。僕は、ヴァロー・ウッズ」

「ふふ。知ってるよ。さっき呼んだじゃん」

「ああ、そっか」


 と、自分の失態に恥ずかしくなってしまう。


「みんなとも仲良いけど、ヴァロー君とも喋ってみたかったんだ」


 これがヴァローとクッカの出会いだった。友達の少ないヴァローと仲良くしてくれるクッカの存在は、ヴァローにとってとても大きかった。


 真っ直ぐな目。可愛らしい笑顔。


 それらがヴァローの性格も変えていく。


 そして、いつからか彼女を意識してしまっていた。


 平民と王族。叶うはずもない恋心を抱いてしまっていたのだ。

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