第25話 火薬の匂い

 彼女を目にしたラーハはニヤリと微笑むと、馬を降りた。兵士四人も彼に続く。そしてわざとらしい咳払いと共にゆっくりとこちらへ向かってきた。


「そこの貴婦人。このような夜の森で何をしていらっしゃる。名を申せ」


 自身の野望、名誉、地位に飢える表情。かつての父の顔がヴィヒレアの脳裏に浮かんだ。その瞬間、森の女王として容赦をしないことを誓う。


「私はこのメッツアの森を守っております。森の女王・ヴィヒレアです」


 ヴィヒレアは両手を前に突き出し、力一杯広げる。それと同時に赤い光が強く放たれる。


 轟音と共に木々が揺れ、積もっていた雪も吹き飛ぶ。


「魔法だ! 逃げろ!」


 ヴィヒレアの本気に恐れた兵士たちが尾を巻いて逃げていく。逃げるな、というラーハの制止も聞かない。


 一人取り残された彼に、ヴィヒレアは手を掲げたまま問いかけた。


「次はあなたかしら」


 余裕と侮りのあった表情が、森の魔女への憎悪と変わる。彼は震える目でヴィヒレアを睨みつけた。


「この魔女め……。抵抗せずに娘を返せば見逃してやろうと思っていたが、お前はその気ならば話は別だぞ」


 向かい合う王と女王。しかしヴィヒレアも恐れていなかった。


「そっくりそのままお返しするわ。今すぐ引き返せばこれ以上危害は加えない」


 ラーハはマントの下のコートの中に手を入れる。そこから取り出したのは黒いL字型の鉄の塊。角の部分にはトリガーのようなものがついていた。


「この機械を知っているか。お前が生きていた時代にはなかったろう。引き金を引けば、火薬の力で飛び出した弾がお前の心臓を射抜く。お前の魔法よりも早いぞ」

「銃くらい知っているわ」


 ハッタリではない。ラーハの挑発であることはヴィヒレアにも理解できた。


 しかし、それでもラーハは自分の優位性に慢心を見せた。夜空に響く高く笑い声を上げると。心の籠っていない謝罪をした。


「それは失礼した。しかしお嬢様育ちのあなたは使うところを見たことないはずだ」


 銃口がヴィヒレアを向く。更に彼の指が引き金にかけられた。本当に銃という機械を知っているので、ヴィヒレアは生唾を飲んだ。


 いくら不老不死の力を手に入れたヴィヒレアでも銃に撃たれたことはない。どうなるのかは未知数だった。


 いつ撃たれても良いように、ヴィヒレアも掲げている手に力を込める。


 一触即発の空気が流れた瞬間だった。彼の声がその空気を両断する。


「待てラーハ!」


 城の馬に乗って現れた例の青年。ヴァローは馬から飛び降りると、勢いに乗せて弓矢を構えた。その矢の先はラーハに向いている。


 方や魔法。方や弓矢。ラーハは挟み撃ちにされている状況だった。


 しかしヴィヒレアはヴァローに向かって叫んだ。 


「やめなさい。人を殺すことは、間違いなくあなたを後悔さる」


 自身が後悔しているからこその言葉だった。ヴァローも伝説を知っているからこそ、ヴィヒレアの言葉の意図を汲み取る。


「心配しないでください。僕は大丈夫です」


 彼の目には憎しみも恐怖もない。ヴィヒレアはそう感じ、それ以上ヴァローを止めるのをやめる。


 一方ラーハは銃口をヴィヒレアに向けたまま、首だけをヴァローの方へ回した。


「これはどういう茶番か、説明してもらおうか」

「それを下ろしてください、国王。さもないとこの手を離しますハッタリじゃない。僕は本気です」

「そうか。私が引き金を引くところを見たいのか。いいだろう見せてやる」


 銃口がヴィヒレアからヴァローへと向き直される。


「ハッタリじゃないぞ」


 「やめて」というヴィヒレアの制止は届かない。


 響く銃声。


 煙を上げる銃口。地面に落ちる弓。そして、左腕を抑えながら倒れ込むヴァロー。


「ふん。運が良かったな」


 と、ラーハは自身のミスを誤魔化しながら、すぐに銃のリロードを済ませた。


 銃声を聞きつけたキサたちが城から現れ、同時に鹿に乗ってきたケトゥらも広場に合流する。


「ヴィヒレア! 大丈夫か!」


 そして動物たちとクッカは、撃たれたのがヴィヒレアではなくヴァローであると状況を見て気がついた。


 クッカはキサとクァンニを押し退け、倒れ込んでいるヴァローの元へすぐさま駆け寄っていく。


「ヴァロー! ヴァローしっかり、大丈夫?」

「大丈夫。腕を掠めただけだ」


 クッカは白いハンカチを取り出すと、ヴァローの患部へと手早く巻き止血をする。しかしすぐに血が滲み出ていた。


 そのような様子のヴァローを心配することもなく、ラーハは両腕を広げながら娘へと近づいていった。


「クッカ。無事で何よりだ。さあ、今すぐその汚らわしい男から離れて帰ろう。動物の使いはいないなど、私に嘘をつくような男だ」


 ラーハはクッカの腕を掴むと、その娘は強く振り払う。


「やめて。私に触らないで」

嫌悪の眼差しが父親に向けられていた。それがまたラーハの神経を逆撫でする。

「父親に向かって何を言う!」


 と、ラーハは拳を高く掲げる。ヴァローは怪我をしていない右腕を目一杯に広げ、クッカの目の前に出る。しかし、反射で動いたのは彼だけではなかった。


 キサの隣で高く飛び跳ねる影。クァンニがラーハの顔に飛び付いたのだった。


「この兎ごときが! 何様だ!」


 視界を塞がれて殴れなかったラーハは、クァンニを顔から引き剥がす。そして、そのまま地面に投げつけた。


「クァンニ!」


 すぐにヴィヒレアと動物たちが彼女に駆け寄る。幸いにも森の土は柔らかく、怪我はないようだった。


「やはり、先にお前を始末だ。動物使いの忌々しい魔女め」


 と、再び銃口がヴィヒレアへと向けられる。


「……あなた絶対に許さないわ」


 その銃口から目を離さないヴィヒレア。殺意に満ちたその目にキサは恐れを抱いた。


「ちょっとヴィヒレア、あんたも待ちなさい」


 キサの制止は届かない。


 引き金に掛けられる指。


 赤く光始める手。


 弾丸と魔法が放たれたのは同時だった。


「うっ」


 魔法で吹き飛ばされたラーハは木の幹に強く叩きつけられ、ヴィヒレアもお腹を抑えていた。そこからは赤い血が滲んでいた。経験したことのないような痛みがヴィヒレアを襲う。


 そして地面に転がる銃。ラーハが反動で落としたのだ。それをケトゥは見逃さない。


 彼はすぐにそれを拾い、銃口を項垂れているラーハに向けた。

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