第24話 こうして歴史は繰り返す

 ヴィヒレア城内部。大テラス。


 クッカが与えられた部屋で休む中、キサ、クァンニ、ヴィヒレアが談笑をしていた。


 そこにケトゥが息を荒げながら帰ってくる。それに気づいたキサは彼に労いの言葉をかけた。


「あらケトゥ、お勤めご苦労様」

「確認だが、リントとコーラは帰ってきてないよな?」

「いや、まだよ。どうして?」


 ヴィヒレアの問いに「やはりな」とケトゥは頷いた。


「お前が実在していて、クッカを捕らえたってことをあの青年が王に告発した」

「それは本当なの?」


 物静かなクァンニも、あまりの事の重大さにそう口に出す。


「ああ本当だ。だがヴァローはこっちの味方だ。俺たち動物の使いがいることは知られていない」


 そう言い切るケトゥ。人間嫌いだった彼が人間を信用する姿にヴィヒレアたちは驚きを隠せなかった。しかし、そのようなケトゥが言う人だからこそ、本当に信頼できるのだろう。 


「あいつは俺と同じ匂いがする。信用に足る奴だと俺が判断したんだ。間違いない」


 そして、とケトゥは続ける。


「ラーハ王は森を焼く気だ」


 ケトゥのその言葉に、ヴィヒレアらは背筋が凍りつくのがわかった。百年前と同じ惨劇が繰り返されようとしているのだ。


「話を聞く限り、さすがに今すぐってわけじゃないが、メッツァの今後として検討しているようだぞ」

「そう……。森の女王になった時から、いつかこの日が来ると思っていたわ。迎え撃ちましょう」


 ヴィヒレアがいつもの顔から女王の顔へ変わる。覚悟を決めたようだった。


「コーラ、リントには森の動物たちを集めてくるよう言ってある。次期に戻ってくるはずだ」


 ケトゥが城に帰ってくるまでに、一度二匹に会っていた旨を話すと、ちょうどその二匹が城の中へと入ってきた。


「ヴィヒレア! 大変!」

「クッカの捜索隊がもう森に入ってるんだ!」

「しかも武装してたわよ!」


 リントはテラスの手すりに留まり、コーラは広場から庭園を見上げて叫んだ。


「わかったわ。伝えてくれてありがとう」

「捜索に武装がいるか?」

「つまり、そう言うことよ。すぐに準備しなきゃ。ケトゥ、コーラ、リントは私たちと共に。キサ、クァンニはクッカを」

「何かあったんですか……?」


 クッカが目を擦りながら現れると、ヴィヒレアはすぐに彼女に視線の高さを合わせるように屈んだ。


「城の兵隊があなたを探しに来た。でもきっと、目的はそれだけじゃない。これはメッツァの今後を揺るがす戦争になる」

「……え?」

「でも大丈夫よ。クッカ。あなたは必ず返してあげる。だけど今はクァンニたちと城の中に隠れていて」

「わかりました」


 クッカも飲み込みが早く、そう答えると、クァンニに促されてテラスを去る。キサも「頼んだわよ」とヴィヒレアを見つめると、二人の背中を追いかけた。


「さあ、私たちも行きましょう」


 ヴィヒレアに続き、三匹は城を出て広場へ向かう。そこにはリントやコーラが集めた森の動物たちが集まっていた。


「みんな。集まってくれてありがとう。これはメッツァを守るための戦いよ。でも、その分大きな危険が伴うわ。戦うことを強制はしない。お城の中にいたい子たちは入ってもらって構わないわ」


 モグラやイタチにリス、鹿に白鳥に鷲。集まった動物たちは互いに顔を見合わせたが、ヴィヒレアの方に向き直ると各々の鳴き声を発する。


 その鳴き声はヴィヒレアには理解できた。


「構わねえ」

「僕たちの大切な森だ!」

「私たちで守らなきゃ!」

「ヴィヒレアの手伝いをさせてくれ!」


 と、誰一匹として城の中へ行くものはいなかった。


「みんな……本当にありがとう」


 ヴィヒレアは動物たちに感謝を述べると、森の至る箇所に赤く光るポインセチアを開花させた。それらを通じて森の様子を見ることができる、ヴィヒレアの魔法の応用方法。百年ぶりの戦法だ。


「それじゃあ、みんな出陣!」


 ヴィヒレアの声と共に、動物たちは木の門をくぐり、結界を飛び出す。ヴィヒレアも門を潜り、開いた結界を閉じるとその場で待機した。


 そこで初めて手足が震えていることに気がついた。


「まさか。今さら緊張なんて」


 と、ヴィヒレアは自嘲気味に笑う。そして一度深呼吸をした。


「私は森の女王。私は森の女王」


 そう自分に言い聞かせる。


「この森に安寧をもたらすため。私はここに立っている」


 すると手足の震えが収まってきた。


 これは負けられない戦争だった。ヴィヒレアは百年森を守り抜いてきた力を、惜しみなく出し切るつもりだった。


 一つの花が捜索隊の先頭を捉える。最先端の白馬に乗っている男はマントを纏っている。間違いなく現在メッツァの頂点に立つ男・ラーハだ。


 木の上に潜んでいたリスやイタチは彼らに石礫を喰らわせる。鎧をしている捜索隊にとっては小さなダメージだが、視界を悪くし、馬にとってもストレスとなる。


「構うな! 私に続け!」


 と、ラーハは松明を高く掲げて馬を走らせる。


 木の更に上、上空で待機していた鷲たちはそれを見て急降下を始めた。暗い森、ただでさえ視界が悪い中、頭上からの奇襲は効果絶大だった。巨大な鳥に体当たりされた兵士たちは次々と落馬していく。


 しかしラーハの馬は走り続ける。そのようなラーハを狙った鷲がいた。鋭い嘴と爪がラーハに向く。


 その距離わずか1メートル。


 ラーハが剣を鞘から抜いたのを、ヴィヒレアは見逃さなかった。


「危ない!」


 ヴィヒレアの叫びと同時に、ラーハの馬の足元から太い蔓が生え、剣を弾き飛ばす。


「……くそっ」


 その反動でラーハは馬の上で反り返り、鷲の特攻から逃れてしまう。しかしその鷲は別の兵士へとぶつかり、見事に一人を落馬させて見せた。


「二手に別れよ!」


 ラーハの指揮の元に隊列が二つに割れる。


 それはヴィヒレア陣営にとってやや痛い状況となるものだった。ポインセチア越しに戦況を俯瞰的に監視するヴィヒレア。ラーハ陣営が複数に分かれることで、ヴィヒレア注意を割く場所も増えることになるのだ。それは避けたいことだった。


「させない!」


 ヴィヒレアは、ラーハらがいない隊列の周囲の木を捻じ曲げる。捜索隊は突如、体を捻って目の前に現れた大木に急停止をする他ない。


 次々と玉突きのようにぶつかっては落馬していく兵士たち。別れた軍は完全に行動不能になった。


 これにより運の風向きがヴィヒレア陣営へと向く。ラーハらが向かう先にはコーラやケトゥが待機している。ヴィヒレア陣営にとって強い場所だ。


 やがて彼らがいる場所にラーハらが接近している様子がポインセチア越しに見える。


「リント今だ!」

「よし来た! みんな行くよ!」


 ケトゥの掛け声に合わせて、リントの仲間のクロウタドリらが一斉に合唱を始める。


「おい止まれ!」


 何かに気がついた先頭のラーハはそう後列に呼びかけるが、鳥たちの合唱の方が大きく、その声は届かない。後ろの馬たちからぶつけられたラーハの馬は一歩踏み出してしまう。


 その刹那、地面が凹む。否、穴が空いたのだ。


 バランスを崩した馬はそのまま転び、ラーハも深い穴へと投げ出された。


「へへ! やったぜ!」

「こっちには犬、狐、モグラって穴掘り名人が揃ってるんだよ!」


 と、ケトゥとコーラは落ちたラーハを煽る。彼らが作った落とし穴のトラップだったのだ。


「この……動物の使いめっ! おい、すぐに私を引っ張り上げろ!」


 ラーハに言われ、慌てて手下が地面の下にいるラーハに手を伸ばした。ラーハはその手を掴み、地面の上に這い上ると、手を差し伸べてくれた手下を穴に突き落とした。


「全く、お前が私の指示を聞かずに止まらんからだ!」


 ラーハは素早く自身の馬に乗り直すと、後列の兵士たちに呼びかけた。


「守りが固くなっている! 女王は近くにいるぞ! 進め!」


 と、捜索隊は再び駆け始める。


 ヴィヒレアの危険を察知したケトゥらも、すぐに城へ戻ろうとするが、流石に馬の全速力には間に合わない。


「まずい! ヴィヒレア! 気をつけろ!」


 ケトゥの声がポインセチア越しに聞こえてくる。


 彼らには届かないが、「ありがとう」と彼女は口にした。そして両手を胸の前で握った。


「お願い」


 すると、捜索隊の足元から無数の蔓が生え、彼らを攻撃し始める。鍛えられた兵士や馬は軽々とそれらを避けるが、夜の暗さがヴィヒレアの味方をしていた。


 一人、また一人と落馬していく兵士たち。


 そして五人の隊列となった捜索隊が、ついにヴィヒレアの前に姿を現した。


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