第22話 弱者の戦い方
「お前が、ヴァロー・ウッズか」
地面が振動するような低い声に背筋が凍りそうになる。しかし、ヴァローは震える声で答えた。
「はい。クッカ王女と仲良くさせて頂いております。平民のヴァロー・ウッズです」
その自己紹介に、彼は声にも出さずに嘲笑する。
「平民風情が。森の女王など、私を馬鹿にしに来ただけなのか? その挙げ句、娘を森に置いてきたのか!」
「本当に申し訳ありません! 僕のせいなんです。僕がクッカさんを森に連れて行ったから……」
王の怒号にヴァローはもう彼と目を合わせることができなかった。彼の足元だけを見て、口を動かすのに必死だった。
しかし王はヴァローに逃げ道を与えなかった。
「面を見せろ」
一瞬、彼の言っていることができなかった。そしてその意味を咀嚼するよりも前に、
「面を見せろ!」
と、更に強い怒号がヴァローの耳を殴った。
ヴァローは彼の言う通り、ゆっくりと顔を上げる。視線の先が足から腰、腰から胸、顔へと移っていく。最後に目があった時だった。
拳がヴァローの横顔に飛んできた。
「……うっ」
経験したことのない熱さと痛みがヴァローの右頬を襲う。しかし、倒れるわけにはいかない。ヴァローの背後には狐がいる。
「一発じゃ殴り足りないが……。事実、昼からクッカの姿が見えない。捜索隊を出す。私も参加する。貴様もついて来い。もし見つからなければ次は左だ」
ヴァローを睨みながら、ラーハはようやく立ち去ろうとするが、扉に手をかけた所でもう一度振り返った。彼が去ることで抜けそうになった体の力を瞬時に戻す。
「そうだ。女王に手下の動物はいたか」
「……いなかったと思います。少なくとも僕は見てない」
「わかった」
豪華な生地のマントを翻し、今度こそ去っていく。門が閉められたことを確認して、ヴァローは地面に膝を付けた。
「おい、何の真似だよ」
と、狐も赤黒く腫れたヴァローの頬に触れる。
「君に、信じてもらうためさ」
「そんなことして、俺が信じる保証なんてないだろうよ」
「僕にできることは少ないけど、君に信じてもらうためにできることはしたい」
「たとえ自己犠牲でもか……」
ヴァローは痛みを我慢しながら、先ほどの狐のようにニヒルな微笑みを作ってみせる。
「何なら僕が今すぐ女王のところに行って捜索隊のことを伝えてもいい」
ヴァローの行動は狐には理解できないようだった。たとえ賢い狐でもだ。
「クッカも、僕や女王と同じように、森が大好きだ。だけど国王の味方をしていたら、平民の僕じゃきっと彼女を助けられない。……それでも僕は大切な人を守りたいんだ。君と同じだ!」
その魂の叫びで狐が納得したかはわからなかった。しかし何かを受け入れられたかのような表情で、ヴァローを見つめた。
「……青年、名前は?」
「ヴァローだ」
「俺はケトゥだ」
ケトゥは暗くなった空の先。女王とクッカがいる森を見つめた。
「女王は……ヴィヒレアは唯一、狐の俺を信じてくれる奴だった。俺にとって大切な存在だ。でもそんな奴を、俺のせいで森の女王にさせてしまった」
伝説では王を殺したヴィヒレアが、森の神々から魔法を授かることで女王になる、というお話だ。物語とは違うということなのだろうか。
「ケトゥのせいで? どういうことだよ」
「ヴィヒレアは俺を守ろうとしてくれた。それで当時の国王を殺しちまって……。昔っから優しい奴なんだけどな。だから……今の森の守り方が自分にあってないって、苦しんでるんだ。そんなヴィヒレアを、今度は俺が守ってやりたい」
やはりヴァローの勘は当たっていた。
この狐は悪い奴じゃない。
「君は優しい奴だね」
その言葉が嬉しかったのか、ケトゥははにかみながらも強がった。
「まあ、もっと強ければ簡単にヴィヒレアを助けられたかもしれないんだけどな。それができない弱者には弱者の戦い方があるはずだ」
「弱者には弱者の戦い方……」
それは今まで自分の身分や性格を気にし続けたヴァローの心に強く響いた。
平民だから諦めてきた。
勇気がないから行動できなかった。
それでも、まだできる戦い方。
「僕にもできることがある?」
「ああ、あるさ」
ケトゥが優しく頷いた時だった。再び城の門が開かれ、ケトゥはすぐにヴァローの背後に隠れる。しかし、それは杞憂だった。現れたのはカマリとミエスの姉妹だった。
「ああ、やっぱり!」
救急箱を持つカマリがすぐにヴァローに駆け寄る。
「ラーハ王のことだから、絶対に手を出してると思った。すぐに手当をするわ」
カマリは救急箱からガーゼなどを出し、器用に手当を進める。ミエスもヴァローの背後を覗き込み、
「狐さんも隠れてないで出ておいで」
と、ケトゥを呼んだ。
「お前たち、何者だ?」
「私たちは王女の側近。私がカマリで、そっちのへらへらしてるのが妹のミエス」
「大丈夫。信頼できる人達だよ」
ヴァローはそう付け加えるが、ミエスはカマリの説明が不服そうだった。
「いくらヴァローでも信じられん。顔が同じだぞ」
「双子なの。賢い狐さんでも双子は知らないかしら」
と、いつの間にか手当を終えていたカマリがケトゥに微笑みかける。
「双子。なるほどな。聞いたことはある」
カマリはケトゥからヴァローに視線を戻すと、真剣な表情で語りかけた。
「ヴァロー君聞いて。100年前、キヴィパ元国王が成し遂げられなかったことを、ラーハ国王がご自身でなさろうとしてる」
「待ってください。それってつまり」
「森を焼こうとしてる。でも事の重大さは100年前より酷いわ。セウラーバの人間とクッカのお見合いは失敗。セウラーバの力は借りれない。だからメッツァの資金のみで実行しようとしてる」
「だが、俺たちの時代よりもこの国は衰退してるだろ。今のメッツァのどこにそんな金がある?」
さすがは街の調査をしているというケトゥだ。時事にも詳しかった。
「テホア、ラーハと二代に渡った高い税金徴収で、議会は金を持ってる。でも、その金のほとんどを使って森を焼くの。セウラーバより技術力の低いメッツァ製の機械で」
ヴァローも彼女が言いたいことがわかってきた。
「つまり、失敗すれば終わり……。そして、失敗する確率も高い」
「メッツァは荒地になるだけでなく、復興する金もなくなるってことか。嫌な予感が当たっちまったな」
と、ケトゥも深刻な状況を理解したようだった。
「私たち城の人間も、議会の貴族たちも知らなかった。さっきの定例会で急にラーハ王が発表したらしいの」
「クソっ。なんて暴君なんだ」
「ええ本当に。でも、そこの妹の夜遊びが役立つかもしれないの」
カマリは側にいたミエスを指差す。ヴァローとケトゥがミエスに視線を向けると、彼女は口を開いた。
「察してたと思うけど、彼、議会の人間なの。頼めば協力してくれるかもしれない」
しかし、ケトゥはその情報に溜息をつく。
「……たった一人議会の知り合いがいたところで−−」
「いや、良いかもしれない。僕に考えがあります」
ケトゥが言い終わる前に、ヴァローが口を挟む。そして痛む頬を押さえながら、彼はゆっくりと立ち上がった。
そのヴァローが説明した案に二人は賛成した。ケトゥも感心したと言うように口角をあげた。
「いい弱者の戦い方だ」
「無理だと思ってたけど、勇気が出てきた。僕たちの戦い方を見せてやろう」
「それじゃあ、一足先に森に戻ってるぜ」
「私は彼に頼んで、すぐに書類をもらってくる」
ケトゥは森の方へ、カマリとミエスは城の中へと戻っていく。
自分にもできることがあるとわかった。
上手くいくかどうかわからない。
それでも、大切な人のために出来ることをやる。
それが弱者の戦い方だ。
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