第9話 そして歴史は繰り返す
マーは窓辺で、ふと目を覚ました。どうやらうたた寝をしていたようだ。疲れが溜まっているのだろう。
懐かしい夢を見ていた気がした。キヴィパと出会った頃。幸せな将来を夢見ていたあの頃の夢だ。素敵なドレスを身に纏ったヴィヒレアも夢に出てきた気がするが、それは気のせいかもしれない。
部屋の扉が叩かれる。「どうぞ」と返事をすると、コルヴィキーが姿を現した。
「これはこれは国王陛下」
「やめてください。そのような関係ではないでしょう」
恭しく頭を下げるマーに、コルヴィキーは困ったように笑う。それに対し、マーも固まった表情筋をできる限り動かして微笑んだ。
「何か用かしら」
コルヴィキーは気まずそうな顔をしたかと思うと、マーの横の窓まで移動する。そして遠い目でメッツァの森を見つめた。
「先程、捜索隊が帰ってきました」
マーは彼の表情から、その結果を察した。いつものことだ。「今回も見つかりませんでした」、という言葉を何度も聞いた。
しかし、
「お話ししなければならないことがあります」
と、彼は続けた。それは初めてのことだった。まさか、とマーの胸も高なる。
「議会において、捜索の中止が決定しそうです」
「……え」
「そして、ヴィヒレアお嬢様も見つかったそうです」
「…………え? 本当に? ヴィヒレアはどこ?」
マーの中での二つの情報の結びつき方はこうだった。ヴィヒレアが見つかった。だからもう捜索の必要はない。つまり捜索は中止。ハッピーエンドだと思った。
その笑顔で、コルヴィキーは自分の伝え方が間違っていたことに気がついた。
「すみません。ヴィヒレアお嬢様は今ここにいません」
「ごめんなさい、どういうことかよくわからないのだけれど」
「私の愚息、テホアがヴィヒレアお嬢様と会敵しました。彼は過去の捜索隊で唯一、ヴィヒレアお嬢様を見た人間です」
「会敵? はい?」
「順を追って説明します」
計四回に渡る捜索隊の出動。城の兵士に加えて、一部の平民が参加し実施された。しかし森が彼らに牙を剥いた。平民たちは怪我こそないものの、動物たちに襲われたり、兵士たちは武具を破壊されたり、馬を取り上げられたり、ということもあった。動物だけではない。森の植物たちが自我を持っているかのように動き攻撃してくると言う。
それを見兼ねたテホアが4回目の捜索隊を率いることとなった。当初の目的であるヴィヒレアの捜索に加え、もう一つ目的が加えられた。
悪魔と化した森。その原因を突き止め、犯人を捕える。
テホアは犯人がヴィヒレアであると踏んでいた。そしてその予想は的中し、森の植物を操るヴィヒレアと会敵した。
「魔法で森を支配している。魔女と化したヴィヒレア。邪悪の権化」
テホアはコルヴィキーへそう説明したと言う。
魔法云々は信じがたい。しかし息子であるテホアのヴィヒレア生存の証言は信じたい。マーのためにももう一度、捜索隊を出そうとコルヴィキーは議会に提案した。しかし、物資の被害が最大だった四回目の捜索を経て、五回目の捜索をすることはできないと貴族たちが叫んだ。さらに、貴族らも魔法のことは信じていないものの、悪魔化したヴィヒレアを探す必要はないの一点張りだった。
「私の力不足で申し訳なく思います。私のやることは国力を低下させることばかり。少しでも実績があれば、意見を強く通せたかもしれないのに」
頭を深く下げるコルヴィキーに、マーは「頭をあげて」と言えなかった。言葉が出なかった。信じられなかった。
ヴィヒレアが邪悪の権化。
それでもヴィヒレアは生きている。
魔女になっているとしても、彼女は生きている。
愛している。会いたい。
しかし、捜索隊はもう出ない。
様々な感情が溢れてくる。溢れた感情は涙となって頬を伝うだけではなかった。面白くもないのに、断末魔のような高い笑い声が喉から飛び出す。
気持ちがぐちゃぐちゃだった。今は抑えきれない感情を爆発させるしか、マーにはできなかった。
「マーさん……。……お気持ちはわかります。しかし、もう一つお話ししなければなりません。テホアをすぐにでも王位につけようという動きが議会内であります。失敗ばかりの私を王の座に居座らせるより、若くても野心のある彼の方が良いというわけです。間違いなく私は退位することになりますが、あなたの身の保障だけは必ず通します。心配なさらないでください」
コルヴィキーにとって、今の自分の言葉がマーに届いているかわからない。
それでも生まれてからずっと見てきた兄・キヴィパとその妻・マーだ。雑に扱うことなどコルヴィキーにはできなかった。
マーの泣き声を聞きつけた従者が部屋にやってきた。
コルヴィキーは彼女に、すぐ精神科医を呼んでくれ、と指示した。
その後、コルヴィキーの王位退位とテホアの王位就任が決定した。
コルヴィキーの努力の甲斐あってか、マーの城内保護は続行。政治に関してはテホアの独壇場だった。コルヴィキーほどの失敗はないものの、トライ・アンド・エラーを繰り返し、セウラーバとの国交も復活させてみせた。
彼は息子の教育にも力を入れていた。自分の代だけではメッツァを全盛時代に戻せないと思った彼は、自分で土台を気づき、仕上げを息子に託すようにしたのだ。
半ば洗脳のような形で育てられた彼の息子・ラーハは恐ろしい怪物の王へと成長した。圧倒的な貴族受けの良さ、傲慢な政治。人間性は終わっており、国民からの評判も良くない。それと引き換えに政治のセンスだけはあったのだ。
メッツァの経済は全盛時代にまで戻り、セウラーバとの友好関係も以前以上に復活した。さらに、セウラーバの名家の娘を王妃に迎えた。大人しいが可愛らしい娘だった。
それを良いことに、彼女に対するラーハの扱い方は酷いものだった。そのせいか彼女も病気がちになってしまった。もはや入籍した時ほどの美しさはない。ただやつれていくだけだった。
それでも、夫婦の間に娘が生まれた。
花のように可憐で綺麗な女の子だった。
その娘はクッカと名付けられた。
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