第6話 森の女王

「ヴィヒレアー!」

「ヴィヒレア! どこだ!」


 森へ戻ってきたコーラ、キサ、ケトゥ、クァンニ、リント。彼らはヴィヒレアを探していた。森へ逃げたであろうヴィヒレアは無事なのかどうか。皆それを早く知りたかった。


「ヴィヒレアー!」


 キサが名前を呼ぶと、彼女の声が辺りに響き渡った。


「みんな、こっちよ」

「ヴィヒレア! 大丈夫かヴィヒレア!」

「あんた、怪我はしてないかい?」


 ヴィヒレアが近くにいる事に一先ず安堵した動物たち。コーラ、リントが無事かどうかを問いかけるが、彼女の姿は見えない。


「どこにいるんだ! ヴィヒレア!」


 ケトゥもそう叫ぶが彼女は一向に姿を表さない。暗い森の中、視認性の悪さを鑑みても気配がなさ過ぎた。動物たちがいくら辺りを見回しても、声がどこから聞こえているかすら、わからない。


「こっちよ。今、入り口を開くわ」

「入り口を開く……?」


 不思議な言い方にキサは首を傾げる。すると、彼女の目の前にアーチ状の木が月明かりに照らされて浮かび上がった。


「入り口ってこれ……?」


 クァンニの言葉に皆目を合わせる。アーチ状に生えた木、というよりかは木で出来たアーチだった。しかしそれは人為的には見えず、超常的なものによって形成されたようだった。さらに不思議だったのは突如、そのアーチが姿を表したことだ。今まではなかったはずだ。


「さあ、いらっしゃい」


 ヴィヒレアの声に誘われ、動物たちはそのアーチを潜る。不気味なアーチだったので、ヴィヒレアが呼ばなければ潜ることはなかっただろう。


「……何だこれは」


 アーチを潜った先に広がる異様な光景にケトゥは思わずそう漏らす。


 目の前には大きな広場。木で作られたテーブルや椅子もある。そしてその先には天高く聳える巨大樹。その巨大樹はまるで塔のようで、所々に窓もあり、温かそうな明かりが灯っていた。


 巨大樹の根元にある大きな扉が開くと、美しい緑のドレスを身に纏ったヴィヒレアが出てきた。腰からふわりと広がったスカート。二重になっており、最も外にあるスカートは手前が開いている。その裾にはいくつものポインセチアがあしらわれており、良い差し色になっている。胸とアームカバーには木の根のような装飾が施されている。首周りにもポインセチアが付けられ、チョーカーには深紅の宝石が光る。頭には木の枝を模した禍々しい冠があった。


「ヴィヒレア、あんたその格好」

「あと、ここは何。外からじゃ見えなかった」


 キサ、コーラの質問に「二人とも落ち着いて」と彼女は静かに話す。


「森の神様が私に魔法をかけてくださったの。私に森を守る術を与えてくださった。そして私は、この森の女王になった」


 ゆっくりと話し始めたヴィヒレアの語気が段々と強まっていく。虚空も見つめるようだった目も力強く何かを見据えるようになっていた。


「永遠の命を手に入れた私がこれからこのメッツアの森を守る。何人たりともこの森に危害を加えることを許さない。あれは私たちの城。森を守るための要塞。外からは見えないような結界を張ってある」

「ヴィヒレア、ごめんけど何言ってるかわからないよ。魔法だとか、全く信じられない」


 頭を抱えるリントの言葉を遮り、「わかった」とケトゥが一歩前に出る。


「ちょっと、いくらヴィヒレアでも今の言葉を信じるの?」

「そうよ、ゆっくり整理しましょう?」

「ケトゥ、頭いいんでしょ。もっと冷静になって」


 リントに続き、キサ、クァンニもケトゥの行動に驚き、彼を止めようと試みた。しかし、ケトゥは、


「お前たちこそよく考えてみろ」


 と、彼女らの目を見た。


「事実、あの城は見えていなかった。入り口もだ。それにヴィヒレアの女王様はこの姿。森の神様が本当にいて、何があったのかは知らないが、目の前のことは事実だ。少なくともそれだけは信じざるを得ない」

「それは、まあ確かにそうだけど……」


 キサは彼の説明にそう答える。反論の余地はなかった。彼の言う通り、城が存在し、今まで見えていなかったことは事実。信じるしかないようだった。


「ケトゥ、ありがとう」


 ヴィヒレアはケトゥに礼を述べたが、彼は首を振った。


「こちらこそ、あの時、俺に謝れって言ってくれて嬉しかった。ありがとう。あとみんなにも謝りたいんだ」

「謝りたいって、一体何を?」


 クァンニに見つめらたケトゥは罰が悪そうに目を逸らす。


「俺が出しゃばっちまったせいで、みんな悪口言われてしまったろ。……下等生物って。本当に申し訳ない」

「なんだ、そんなこと気にしてたのか」

「キヴィパやらクラフトが糞だったのよ。あんたが謝る必要ないわ」


 コーラがケトゥの背中に手を当てる。リントも彼の肩に止まった。ケトゥは「慰さめてくれてありがとうな」と二匹に礼を言うと、ヴィヒレアへ体を向けた。


「あと、ヴィヒレアにも謝りたいんだ。俺が鈍くて蹴られたりしなければ、お父さんをその、……あんな風にしなくて済んだかもしれない。もっと冷静に考えて行動してれば––––」

「ケトゥのせいじゃないよ」


 何度も謝るケトゥの言葉を遮り、ヴィヒレアは彼の頭を撫でた。そしてメッツァの町の方を見つめながら続けた。


「確かに私は取り返しのつかないことをしてしまった。だけど、後悔はしてない。……これで森が救われたのなら」


 憂いを帯びた声に誰もが気づき、それが彼女の本心でないことはわかっていた。


 ケトゥはそのヴィヒレアの様子に、さらに自分の責任を感じる。


「そうか……そうだとしても、俺は自分を許せない。だからせめてもの罪滅ぼしがしたい。ヴィヒレアを助けたい」

「ケトゥ……」


 ヴィヒレアは暫し考えた後、「わかったわ」とケトゥの手を取った。


「私と一緒にこの森を守らない?」


 それはケトゥも魔法の力で永遠の命を手に入れることを示していた。彼はもちろんその意図を汲み取っていたが、躊躇いなく答えた。


「ああ、やらせてくれ!」

「ケトゥ!」


 その答える速さに、キサは驚きの声をあげた。


「あんた、いいの?」

「簡単に決めたわけじゃない。これは俺の償いでもあるんだ」


 真っ直ぐな眼差しに、キサもそれ以上口出しをすることはできない。


「じゃあ、ケトゥ。準備は良い?」


 ヴィヒレアがケトゥへ手の平を向けた時だった。


「待って! ……ケトゥがやるなら、私もやる!」

「な、クァンニがやるなら僕も!」


 一歩前に出たクァンニに続き、コーラまでもが手を高くあげる。二匹の様子に、リントは綺麗な声で笑いながらキサの肩に停まった。


「そうなったら、私たちもね? キサ」

「……はぁ。そうね。やるしかないわ」


 リントの乗せたままヴィヒレアに近づくキサ。ヴィヒレアの目は涙で潤んでいた。


「キサ……、みんな、本当にありがとう……。ずっと一緒にこの森を守っていこうね!」


 動物たちは彼女の言葉に一斉に頷くと、一列に並び、跪くように頭を下げた。


「それじゃあ、いくよ」


 ヴィヒレアは両手を胸元から天に向かって弾く。その刹那、彼女の手から緑の光の粒が飛び出た。たくさんの光は動物たちの体を包んでいく。


 ヴィヒレアがユマラタルから力を授かった時のように。

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