第3話 演説(前編)

メッツァの街に夜が訪れ、ランタンの暖かい光が綺麗に出店を照らす。幻想的な大通りの先。王立劇場の野外ステージではジキア音楽隊がダンスミュージックを奏で、集まった国民達は皆思い思いに舞っていた。


 次のステージでは王様が登壇し、挨拶をする。そのためヴィヒレアはステージの下手袖で、コーラやキサと待機していた。


「ヴィヒレア」


 と、囁く声が聞こえる。声の主を探すと、袖幕にクァンニとリントを連れたケトゥがいた。マーやキヴィパは反対側である上手袖にいるので気付かれないとは思うが、念の為小さな声で「こっち」と、彼らを自分の後ろに誘導した。


 最後のナンバーが終了し、拍手喝采の中、楽器を持って音楽隊の人々がヴィヒレア側へ捌けて来る。ジキアのウインクに手を振りながら、その後ろ姿を見送ると司会が次のステージの案内を始めた。


 そして満を持して、この国の王であるキヴィパがステージに姿を表す。薄い青みを帯びた灰色の厚手の服。赤と緑のマント。ラブラドライトが輝く冠。王家で代々引き継がれてきたものだ。


 彼に続いてマーも現れる。キヴィパと同様に美しい灰色のドレス。赤と緑のマント。胸にはラブラドライトのネックレスが光る。

拍手を浴びながら、キヴィパは舞台中央に、マーは上手側に立った。彼が手を上に挙げると、辺りは一瞬にして静まり返った。キヴィパは国民の様子に深く礼をする。


「ありがとうございます。今年もクリスマスフェスティバルを開催できたこと、とても嬉しく思います。全ては国民の皆様のおかげです。感謝を申し上げます。さて、今年はなんとゲストをお招きしております。早速、その方をご紹介しましょう。隣国・セウラーバ共和国からいらっしゃいました、クラフト外務大臣でございます」


 彼が上手側を手で示すと、黒いスーツの男が姿を表した。背は特別高くもなく、スタイルが良いとも言えないが、スーツ越しにでも引き締まった体がわかる。顔つきもだらしなさなど一切なく、野心に満ち溢れた目をしていた。


「あ、あの男だよ」

「うるさい」


 羽ばたくリントを、ケトゥは自分の肩に載せた。


 クラフトはキヴィパとマーに恭しく礼をすると、舞台中央へと歩いて来た。キヴィパは彼へ挨拶を促すように一歩下がる。


「メッツア王国の皆様、こんばんは。隣のセウラーバ共和国から参りました、外務大臣のクラフトと申します。今宵は素敵なクリスマスフェスティバルにお招きいただき誠にありがとうございます。ご存知の通り、かつて我が国とメッツァ王国は戦争をしておりました。どちらが勝つこともなく戦争が終わり、数十年。徐々に関係は良好な状態へと戻っていました。今では、かつての面影さえ見せないでしょう。これからも我が国セウラーバは、このメッツア王国とさらに良い関係を築いていきたい。そう考えております。皆さん、これからも私どもをよろしくお願いいたします」


 クラフトが再び礼をすると、会場に集まっていた国民から盛大な拍手が送られた。


 彼の笑顔に、ケトゥが悪態をつく。


「あれが仲良くしようって奴の顔か?」

「どういうこと?」


 コーラの疑問も合わせて、二人はキサから「あんた達も黙ってなさい」と尻尾で叩かれた。


 そのようなこちらの様子に、舞台上の彼らは当然気が付かない。拍手が収まると、キヴィパはクラフトの隣に並んだ。


「いやあ、溜めますね。クラフトさんから発表してくださっても良かったのに」

「何をおっしゃいます国王陛下。この宴は陛下の国、メッツアのものです。外部の人間から発表なんてできませんよ」

「それもそうですな。では私から発表いたしましょう」


 と、冗談めかしく笑ってみせると、キヴィパはクラフトよりもさらに一歩前へ出た。


 「発表」という言葉に、会場は緊張に包まれていた。それは期待の空気だったが、ヴィヒレアがいる下手袖では重たい空気が漂っていた。


 大きな咳払いを皮切りに、キヴィパは口を開く。


「この度、我が国メッツアはセウラーバ共和国と友好関係を結び、新たなる計画を実行することにいたしました。市民の皆様もご存知の通り、近年外部の国から我が国メッツアへ移住してくる人が増え、急激な人口増加を迎えています。しかし、現在のメッツアの住宅環境ではその人数を受け入れきれません。そこで昨今機械産業が発達しているセウラーバ共和国の優秀な企業たちに、その技術をメッツアにも提供していただき、森を半分ほど開拓。更なる人を受け入れられる土地を作ろうと考えています」


 次第に興奮していくキヴィパ。最後は大きく腕を広げるほどだった。反対に国民たちは明らかに動揺していた。とても喜んでいるようには見えなかった。


 ヴィヒレアは我慢の限界に達した。それに気がついたキサが止めようと思ったが間に合わなかった。


「ちょっと待って、キヴィパお父様!」


緑のドレスを激しく揺らしながら、彼女は袖からステージへ飛び出した。


唐突な王女の登場に、舞台上の人間はもちろん、国民までもが混乱する。事態を収めようと、キヴィパはすぐさまヴィヒレアの元に来て耳打ちをした。


「親愛なる我が娘よ、愚かな発言はやめてくれ。大切なスピーチの途中だぞ」


 震える声音。怒りを抑えようとしているのがヴィヒレアにはわかった。しかしそれはヴィヒレアも同じだった。ヴィヒレアはキヴィパを突き放し、国民にも聞こえるように大きな声で言い返した。


「愚かな発言をしているのはお父様の方でしょ!」

「ヴィヒレア、あまり私を怒らせるなよ。娘とて許せぬ言動だ」

「私だって怒っているの。お父様とて許せない!」

「良い加減にしたまえ。もう下がっていなさい」


 先に冷静になったキヴィパはヴィヒレアを下手袖へ押し込もうとした。何を言っても聞かないヴィヒレアとこれ以上やり取りしても不毛だと思ったのだ。それに国民に親子の言い争いなど見せるわけにはいかない。


 ヴィヒレアも抵抗をするが、十八の少女の力が成人した男に敵うわけがなかった。


「皆様、お見苦しいところをお見せしました」


 ヴィヒレアの体が下手袖に隠れた。その瞬間、キヴィパが押す力を緩めたのを彼女は逃さなかった。


「やめてお父様!」


 と、再びキヴィパを突き飛ばした。あまりの強さに、キヴィパはやや姿勢を崩す。彼も我慢の限界だった。たとえ国民やクラフトが見ていようと構わなかった。いや、そう判断する前に手は上がっていただろう。その手の平は勢いよくヴィヒレアの頬へ当てられる。銃声のような音が会場に響き渡り、国民の中からは微かに悲鳴も聞こえた。


「お父さんは今大切な仕事をしているんだ邪魔をしないでくれ。メッツアをより良くするためなんだ」


 頬と目を赤くしたヴィヒレアは、それでも食い下がらなかった。


「……どうして? どうしてより良くするために森を開拓するの!」

「ちゃんと話を聞いていたか? 土地さえあればメッツアは更に発展するんだ。もういいだろ、お前、ヴィヒレアを外に連れ出せ」

「わかりました」


 キヴィパはヴィヒレアの背をマーに押し付けると、クラフトへ「馬鹿娘が申し訳ない」と謝り始めた。

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