飛行機型ラブレターの行方

満屋ランド

 開けっ放した窓の外から聞こえてくる運動部の掛け声や管弦楽の演奏の中に、がしゃんと耳障りな落下音が混ざった。

 自分一人しか居ない放課後の教室では、その音はやたら響いて聞こえた。


「あーもー」


 少女はむくれる。

 指先で回していたシャーペンが、勢い余って床に落ちてしまったから。

 こんなの、らしくない。少女は椅子にもたれて、ぼんやりと天井を見上げた。


「うーん、なんて書けばいいものか」


 のろのろとシャーペンを拾う少女の机には、一枚の便箋が置いてある。

 赤い縁に桃色の便箋には、まだ一文字も書かれていない。

 一時間ほど睨めっこしただけ。


「うん、ほんと、なんて書こ」


 夕日が差し込む窓際、その前から三番目の席をふと見てみる。

 彼を意識し始めたのは、犬の散歩中に偶然会って何気ない話をした、その時から。

 それからは、自然と目で追うようになっていた。

 普段あんまり接点ないけど、会話できたら嬉しくて。他の女子と話してるのを見たら、なんかイライラしちゃって。一緒に過ごしたいなとか、何度も何度も思っちゃって。

 あのさ、これってさ、ごにょごにょ恋だと思うんだけどごにょごにょ……と、らしくない調子で友達に悩みを打ち明かそうものなら、「うお~! 恋する乙女だ~!」と彼女達はきゃあきゃあひとしきり色めき立った後で、いらないお節介を焼いてくるに違いない。

 だから、この想いは誰にも秘密。

 友達には、せいぜい告白成功どんなもんだ報告をぶつけてくれよう。


「……ま、うまくいったら、だけど」


 フラれることへの不安もある。好きな人を前に、まともに告白できる自信だってない。けれど、想いを伝えないまま時が過ぎるのもイヤなわけで。

 あとメールや電話は使えない。スマホデビューは、高校生になった時までお預けだから。


「だから、そう、ラブレター。ラブレターなの。ロマンチックだし」


 ピシャリと頬を叩く。シャーペンを持ち直して、桃色の便箋と向かい合う。

 教室で書き終えて封をして、彼の靴箱に入れて帰って、後は次の日の来たる時までひたすら祈りを捧げる作戦なのだけれど、ラブレターを書き終えること。まずこれが最難関。


「……あーもー」


 やっぱこれしか浮かばない。

 悩んだ挙句、彼女はまっすぐな想いを綴ることにした。


『ずっと前から好きでした。付き合ってください』


 最後に自分の名前を添えて、手紙を丁寧に二つ折りしていた、そのタイミング。

 ガラガラと音を立てて、黒板側の扉が開いた。少女の心拍数は上がった。


「お、居残りがいる」

「え、え。あ。いや違うし別に居残りなんかじゃないしてかなんで」


 上擦った少女の声は、ついでに早口にもなってしまう。

 教室に入ってきたのは、ラブレターの渡し相手だったから。


「こんな時間まで何やってんの? 宿題?」


 何やってんのって、そんなの、そりゃ、あなた宛のラブレターを書いてたんですけど?

 ……とでも言い返せる度胸があるなら、今頃とっくに告白できてるのだろうけど。

 少年の視線は、二つ折りにしたラブレターに注がれている。やッばやばやばと少女は焦る。


「えっと、宿題じゃなくって、これは、その」


 何かの拍子で彼に中を見られたらと想像するだけで……冷汗が止まらない。

 今から机の中に隠して誤魔化す行為は不自然で、余計な誤解を招くかもしれない。

 どうするどうするいっそ今直接渡しちゃうかいやでもぜんぜん心の準備できてなくって。

 ぐるぐる考えた結果、ナイスアイデアを閃いた。

 少女は、二つ折りにした便箋をさらに折り込んでみせた。


「見ての通り、紙飛行機を折ってるんだけど?」

「紙飛行機? ……え、紙飛行機を?」

「そ、そうだけど? わ、わるい?」

「いや、全然わるくないけど」

「そうでしょ全然わるくないでしょ」

「ただ、なんていうか、意外に変なトコあるのなって」

「う、うるさいな。……てか、てかね、あなたこそ何しに教室に来たの?」


 意外に変なトコある女子と思われてショックを受けるも、踏ん張って少女は話を逸らした。


「俺? 俺は……まー、その、ちょっと忘れ物してさ」


 自分の席に向かった少年は、机の中に手を突っ込んで、よれた用紙を一枚取り出した。


「それ、進路希望調査書じゃん」

「なんかさ、昨日が提出期限だったらしくって」

「呆れた。まだ出してなかったの?」

「すっかり忘れてて。で、母さんに怒られて、取りに帰ってきたってわけ」


 ふーん、能天気なの。でもなんかそういうの、あなたらしいかも。

 紙飛行機を完成させて顔を上げた少女は、次の瞬間、ガタガタと椅子を後ろに揺らした。


「ちょ近い。なんで、わたしの、前に?」

「や、俺も紙飛行機折ろうかなーって」


 机を挟んだ少女の向こう側に座った少年は、さっそく進路希望調査書を二つ折りにした。


「その紙で折っちゃうとか。いいの?」

「いいんだ。まだ行くとこ決めてないし」


 え、でも、うーん、なんか……いや、気のせい? かすかな違和感を少女は抱いた。

 半分に折って、真ん中の折り筋に合わせて折って、それを繰り返して、先端の角を折って……と、少年は手際よく紙飛行機を作っていく。


「なんか手馴れてる?」

「俺も好きなんだ、紙飛行機折るの」


 それは思わぬ新情報だった。少女の目の前で、あっという間に少年は完成させた。

 立ち上がった少年は、周囲を見渡す。そして黒板を指差した。


「じゃあさ、お前の紙飛行機と俺の紙飛行機、どっちが遠くに飛ぶか勝負しようぜ」

「勝負って」

「紙飛行機って、飛ばしてこそだろ?」

「それは言えてる」


 教室後ろのロッカーあたりに、少年少女は並んで立つ。


「せーの」


 少年の掛け声に合わせて、少女もまた紙飛行機を放った。

 少年の紙飛行機の方が速くてまっすぐ進む中、少女の紙飛行機はゆらゆらと後を追う。


「あ」


 左に急旋回した少女の紙飛行機は、そのまま窓の外へと飛び立った。


「やッば」


 慌てて窓の方に駆け寄って行方を探す。3階の教室から飛んでいった紙飛行機は、風にぐるぐる煽られた後で、中庭の茂みに頭から刺さった。


「あーあーあー。俺、ちょっと取ってくるわ」


 少女と一緒に窓から紙飛行機の行方を見ていた少年は、駆け足で教室を出ていった。

 ありがとー。こういう時すぐ動いてくれる彼って素敵……と笑顔で見送るわけにはいかない。少女は大慌てだった。


「ちょちょちょっと待って! わたし、わたしが取りに行くから!」


 少年の後を追おうとした矢先、黒板の下に落ちている少年の紙飛行機が目に留まる。さすが飛行機折るのが好きな彼、立派な飛距離だ。

 そういえば、たしか。彼の進路希望調査書って。

 かすかな違和感の正体を確かめるため、少女は少年の紙飛行機を少しだけ開いた。


「あ、やっぱり」


 まだ行くとこ決めてないと言っておきながら、第一志望の項目には、地元でも有名な進学校の名が薄い字で書かれてあった。


「ふーん……あいつ、あそこ目指してるんだ」


 少女はもう少し頑張らないといけない。

 悔しいけれど、少年の方が勉強できるから。……追いつかないと。

 盗み見なんて良くないけれど、彼の秘密を知ることができて、ちょっと嬉しい気分に浸っていたのも一瞬、少女は己の危機を思い出す。やッばやばやばなのだ。


「あーもー!」


 少女は教室を飛び出した。チェック柄のスカートが派手にはためいた。

 けど気にしない。全力疾走だ。人気のない廊下に、慌ただしい足音が響く。


 少年が紙飛行機を開いてしまう可能性なんて分からない。もしもその瞬間が来た時の台詞なんて何一つ思い浮かんでいない。ええい上等。こうなりゃぶっつけ本番だ。

 その時どうするかは、その場の勢いに、その時の自分に任せる。

 少女は少年の紙飛行機を握り締めた。

 息を切らして少女は走る。少年の後を追って、まっすぐに。

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飛行機型ラブレターの行方 満屋ランド @mitsuya_land

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