第3話 大切に、しろよな
同僚は父親にメールして、かかってきた電話を気恥ずかしそうにして受けている。
そうだな、きっと知り合いの前で家族との会話ってのは恥ずかしいのかもな。
俺は安月給だけどこうして飯を食い酒を飲み明日を当たり前に迎える。親父みたいに夜中に心不全でぽっくりとなるにはまだ早いだろう。
生活保護を受ける必要もないし無理して買った中古の外車はそれでも車検を通して整備する金もあり不動車になんてなっていない。エンジンルームから煙が出たら買い換えるか、としか思っていない。
そんな安月給で安酒を飲む不満も多い生活だけど、親父はそれすら出来なかったんだ。語り合う友もおらず。
親父をなじるつもりはない。かと言って同情もない。けれど、親父が恋愛して結婚して子どもをこしらえて──それらを全て失くしてそんな終わりを迎えたのだと思うと、俺はそれをなぞるのが怖くて何も出来なくなる。
もともと両親の離婚から俺の青春はおかしくなって今なお、人を信じることも出来ないし未来をも信じられない。手の中のものは全て溢れていくとしか思えない。だってそうだろ?幸せを教えてくれなかったんだからさ。
でも親父がもしいたら──こんなスーパーの安い刺身と酒でも楽しく飲めたのかも知れないと思うと。
まあ、そういう風に思って俺に縁のないこの日を過ごすのもいいだろう。
「わりい、わりい。父さんが元気にしてるかとか質問攻めにするからよ」
「まあいいんじゃないか?そう言えば結婚のことは伝えたのか?来月だったろ?」
「あ、やべ。今度顔合わせするのにまだ言ってねえ」
「ばっか。そういうところはちゃんとしとけよな」
「未婚のくせに」
「お?やるか?独身貴族様だぞこっちは」
「はっは。まあご祝儀でふんだくってやるよ」
「なあ、お前。離婚だけは絶対にすんなよ?夫婦だけならまだいい。でも子どもが出来てから離婚なんてしてみろ。絶対に許さないからな」
「なに縁起悪いこと言ってんだよ。そんなことするわけ無いだろ?俺たちいますっげえ幸せなんだぜ」
「ならいいけどな。お、赤貝もーらい」
「あっ!とっておいたのに、くそっ」
数年後、その同僚は離婚して5歳の長男と3歳の長女を施設に入れたらしい。どちらともがお互いを嫌い、憎み、相手のDNAさえも否定した結果だ。
以来、俺がその同僚と口を聞くことはなくなりその後も知らない。
父の日 たまぞう @taknakano
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