第2話 父の日

 今日は休みだ。なのに同僚とまた部屋で飲むことになった。なんでも夕方の国民的アニメを見たら月曜を迎えるのが嫌になったとかで飲んで忘れさせてくれと電話で呼ばれたわけだ。忘れられると明日の仕事が回らなくなるからほどほどにしておこう。


 俺はせっかく早い時間だからと近所のスーパーで買い揃えていく。酒につまみ、そして刺身だろう。

 刺身のコーナーで商品を見た時、俺は見慣れないシールが貼られていて先日の会話を思い出した。




「おっ、刺身あんじゃん!さすが分かってるぅ」

「はは、喜んでもらえたなら良かったよ」

「ん?あー、今日って父の日か。完全に忘れてたな。まあ、いっか」

「よくねえよ、メールのひとつでもしてやれよ」

「うん?なんで君が良くないの?僕の父さんなのに」

「だからだよ。お前の父さん、生きてんだろ?」

「あー、そっか。そうだよな。サンキュ」


 前もここでつまらない話をした。

 ゴブリンの色は死体の色。


 とっくに離婚していた両親。警察から父の面通しを頼まれた母はそれを断った。その次に連絡が来たのは息子の俺だ。

 その時まで存在を忘れていた父の死。実感などない。生きているうちに連絡を取らずに死んでから知らされる。

 孤独死、だったらしい。まあ、それもある意味当然だ。離婚して新しく家庭を築いてなければ独り身だろう。ただ本当に孤独だったらしい。


 役所が保護したのは車検が切れて不動車になっていた軽バンの中で生活していた時らしい。聞くに俺の記憶にある車だろう。もう10年以上前の記憶にある車。

 それからは保護費を受け取るのに必ず月一は顔を見ていたのが、その月は一向に来なかったらしい。役所の人も慣れているのだろう。迎えに行けば12月の寒い日に暖房の中ベッドで動かなくなっている緑の人間がいたそうだ。


 普通はそんな時期に数日くらいなら進行しない程に腐敗が始まっていたとのことだ。暖房のせいで。ガスが溜まって膨らみ緑色の体色は写真で見せられただけでも忌避感を覚えた。顔など覚えていないが遺品のこれも期限切れの免許証の写真と名前で「親父です」とだけやっと答えられた。

 遺品には他にちゃちな腕時計と通帳だけだったらしい。通帳には俺の名前があって残高はゼロ。親が子どもにと作ってあった通帳だから使い道なんて好きにすればいい。ただもともと少ない金額を全額おろしてしまう生活。想いを馳せるのはやめておいた。もう済んだことだからな。


 実際にその死体とご対面した時は、写真の時よりは綺麗にされていて、少し膨らみもマシになっていたみたいだ。あとの対応は全て警察と役所に任せて俺はその場を後にした。

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