民族(人種)について:註

 人間(ヒト科原ヒト属)は大陸において主に五つの人種に分類される。本章ではそれらの生体的・文化的・精神的特徴について記述する。なお、大陸の生物を詳細に記述するにあたって人種という概念は適当でないという意見が散見されるが、以下の二つの理由から人種という概念を適用するものとする。


 第一に、我々人間が既に広範な生息域を獲得しており、その生態が地域によって大きく異なることである。

 例えば、人間の生活と密接に関連している生き物として、蹄竜ハリプ属を挙げてみたい。エサロスの人間にとって蹄竜とは、狩猟の伴侶としての日常の生物である単蹄竜モノハリプと、通過儀礼において不可欠な非日常の生物である双蹄竜ディオハリプという二種を指す。しかし蹄竜属は大陸内部にもまた棲息しており、内陸部の騎馬人種である沙鞍天シャンティン人にとって、蹄竜とは赤尾蹄竜クズィーハリプを指す。

 蹄竜属は人間についで広範な地域に棲息しており、そしてここに挙げた三つの蹄竜属の間には明らかな外見的差異がある。

 単蹄竜は後肢の指が三本であり、うち中央の一本が大きく発達している。そして頭部の角は進化の過程で退化し装甲板のような外殻が残るのみである。双蹄竜は後肢の指が四本であり、中央の二本が大きく発達している。また頭部には二本の大きく湾曲した角が生えている。赤尾蹄竜はこれらの二種と比較して全体的に身体が細く、後肢もまた長時間長距離を移動できるように筋肉が細長く変化している。また尾は先端にかけて赤みを帯びている。

 以上蹄竜属に関して検討したとき、それらの間には明らかな生態的・外見的差異が存在している。こうした差異は人間にもまた存在している。


 第二に、それらの差異はヒト属の進化的系統・時間的進行に基づくものだからである。先に挙げた蹄竜属における外見的差異は、大陸北部の草原にかつて棲息していた原始蹄竜の移動と共に、その地域の気候に順応して生じたものである。また、現存する複数の種は過去のある時点で同時に生じたのではなく、歴史の進行と共に突然変異によって派生したのであり、そのために新たに派生した種は派生元と比較して身体機能や生態行動がより洗練されている。

 例えば赤尾蹄竜は穂肺ほはいと呼ばれる、空気の大容量貯蔵室のような臓器を保有している。この穂肺によって赤尾蹄竜は長距離を一定の速度で移動することが可能なわけだが、その代償として肺自体が小さく、また消化器官が極端に圧迫される形で腹部に収納されている。

 つまり穂肺がなければ肺自体もその分大きくなり、消化器官に過度な負荷がかかることはない(彼らを駆る沙鞍天人種はしばしば彼らの消化不良に悩まされるという)。

 この内臓の問題は派生先の単蹄竜には見られない。つまり派生元の身体的欠陥を進化という時間の産物によって克服し、より簡潔に洗練させることに成功したのである。

 こうした時間の産物による各種様式の洗練は人間においてもまた共通している。

 原始ヒト属の発生地域周辺に住む、彼らの近縁種である連猩リャンシェン人という人種がある。彼らの話す言語は文法的に非常に難解であり、その中には日常会話でほとんど使われることのない文法さえ存在する。また文明技術も未発達であり、木製の槍や棍棒等を用いて狩猟を行い、それらを保存する家屋もまた木製の簡素なものである。

 一方で大陸東部の膨峰バンフー人は、連猩の言語に見られる難解かつ不必要な要素を極力排除した文法的・発音的に洗練された言語を有し、また文明においても金属器を主軸に、石製の荘厳で堅牢な家屋を所有している。


 こうした明らかな生態的差異に鑑みると、人種概念の適用に問題がないことは理解していただけるだろう。

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大陸英雄譚:再編 有明 榮 @hiroki980911

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