第3話 過去と急変
「余談はこのくらいにして、本題の被害者リストは全部かけたのか?」
「あぁ、書けたよ」
公と修とを挟むガラスの下の小さな隙間から8枚の紙が流されてくる。公はすぐさま紙の内容に目を通していく。一見して何も違和感の無い内容に感じる被害者のリストではあるが、公は見逃さなかった。
「修、お前被害者の死体の場所はどうした?」
他の事柄は事細かく書かれている癖に死体を隠した場所がどこを探しても書かれていない。
「あーそれはね、今教えてしまったら公ちゃんは帰っちゃうかもでしょ。だから書かなかった。でも安心して、この部屋を出るときには必ず教えるから。だからさぁ、もう少し思い出話に花を咲かせようよ」
ニコニコとした表情で語る修を前に思わず公の表情にも笑みがこぼれる。それから1時間半ほど、公たちは物思いに喋り続けた。修学旅行や昔プレイしていたゲームソフト、公が小説家になるまでのいろいろを喋った。でも、その会話の中には公と離れてからの修の話は一切なかった。もしかしたらそこに、この殺人鬼を創り出した何かがあるのかもしれないけれども、いくら公が聞いても修は答えてくはれなかった。
「今日は本当にありがとう。最期に公ちゃんに会えてホント良かったよ」
「修が喜んでくれて、まぁ、僕もうれしいよ。」
二人の間に静寂が生まれる。この部屋を出た後には、生きた本物の修に会うことはできない。それは修と親友であった公にとっては本当の最後。心に次々といろいろなものがこみ上げてくる。
だが、その空気感を壊したのは修の方だった。
「オレの分まで長生きしてね。天国から公ちゃんの活躍を見届けておくよ……っとカッコつけて言いたい所ではあるんだけれど、そうはいかないよね。だから最期にオレからはこう言っとくよ……
ずっと前から公ちゃん、君を殺してみたかった」
先ほどまでの感動的な雰囲気からは一変し、場に戦慄が走る。
「昔から思ってたんだ。公ちゃんを殺してみたいって。どんな臓器がお腹から飛び出してくるんだろうっていつも考えてた。だからさ。だからさ。だからさ。オ、オレ死んでから輪廻転生とかがあるんだったら、必ず公ちゃんを殺しに行く。絶対行く。絶対、絶対、絶対、絶対。アハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
二人を挟むガラスを修はドンドンと叩きながら笑っている。そこには、先ほどまで居た修の姿はもうなかった。そこに居るのは、狂ってしまった人間の成れの果て。ホンモノが居た。
急変した修を押さえつけるために、後ろのドアから二人の警備員が駆け付ける。部屋の外へ連行される修は終始笑っていた。
公は茫然と立ち尽くしてしまった。それから少ししてからガラスの小さな隙間に置かれている死体の位置が書かれた被害者リストを持ち、無言で部屋を去った。部屋を出るやいなや、公の前に田中刑事と代々木刑事が姿を現した。
「最後は災難だったね、有村くん」
田中刑事は優しく言葉を掛けてくる。公は小さく頷くと、何とも言えない表情を浮かかべていた。それを見て代々木刑事は近寄り、公の手を両手で握ってくる。
「大丈夫ですよ有村くん。あんな殺人鬼の言葉の事なんて気にしないでいいんです。彼には今から罰が
クールな印象があった代々木刑事が感情的な言葉使いで公に語り掛けてくる。その光景はますます意外なもので公を困惑させる。続けて代々木刑事は公に問い掛ける。
「あの殺人鬼が書いた紙を見せてもらってもいいですか……?」
代々木刑事は紙を受け取ると、一枚、一枚に真剣な眼差しをを向けていく。そうしていると突然に代々木刑事は膝から崩れ落ちてしまった。
「どうしたんですか代々木さん?」
「……ありました。私の兄の名前が……あったんです」
代々木刑事の持つ紙を覗き込むと、そこに書かれていたのは
「苗字が違うのって……」
「兄が居なくなる少し前に結婚したんです。原田はその結婚相手の苗字です。ちょうど5年前に私の兄は姿を消したんです………姿を消してから少しして兄の切断された左腕が発見されました。その時の絶望は今でも忘れられない…」
「じゃあ、一週間前に行っていた墓参りっていうのは?」
「はい、今話した兄の墓に行ってました。左腕が発見された時点で兄の死はほぼ決まっていたのでお墓を作っていたんです。でも良かった。やっと今日で兄の死に諦めが付けられる。それもこれも、全て有村くん、キミのおかげです」
その時の代々木刑事の頬には涙が流れていた。
それから、代々木刑事は修への事情聴取をすると言って留置所に残った。公は田中刑事のご厚意により、車で家まで送ってもらうことになった。車の外はもう日暮れの近い時間になっている。修と過ごした時間が長いものであったことを痛感させてくる。変わりゆく景色を見ていると、田中刑事が話し出す。
「有村くんは何か今日で掴めましたか?」
「掴めた……最初はそう思ってました。でも、最後に見せた相川の行動と自分の目の前に居た相川による殺人の被害者遺族……僕は最初から何も掴めていなかった。知った気になって余裕ぶってました」
「被害者遺族に関してはすみません。私が有村くんに前もって言っておくべきでした。今回の事件に代々木くんの兄が関与している可能性は極めて高かった。それを考慮しておくべきでした」
「じゃあ、やっぱり前に言っていた墓参りに行くっていうのは?」
「はい。代々木くんの兄であり、私の元バディーの代々木 陽の墓参りです」
「陽さんはどんな人だったんですか?」
「正義感が強くて仕事熱心でとても優しい青年でした。雰囲気はどこか有村くんに似ているところもありましたね………」
「田中さんが前に言っていた人の死ってやっぱり………」
「それもあります。でも私がまだ若い頃にもう1件、仕事仲間を失った時がありました。犯人の銃撃から私をかばって、私の腕の中で逝きました……その事件で、もう誰も失いたくないと何度も嘆きました。それでも歳をとった今、またも一人失った。この事件が解決すれば私ね、警察をやめようって考えてたんです。正直もう、怖気づきいていました……でもね、この1週間と少しで有村くんと出会って私の中で何かが変わりました。信念と言うんでしょうか?それがまた
そう言ってもらえて何だか公は得意げな気持ちになった。一人の人間を救えたのだから、今日はとても意味のある一日になった。
「どうです?この後有村くんの時間があるのであれば、一緒にご飯でも。今日のお礼も含めて奢らせて欲しい」
「あー……すみません。お誘いは有難いんですけれど、家で彼女がご飯を用意してくれているので…」
「それはそちらを優先してあげてください。いいですねー家でご飯を作って待っている人がいるというのは」
公は照れながらも田中刑事の言葉を肯定する。
「以前、家を伺った際に思ったんですが、お二人はお似合いのカップルですよね。ここは一つ出会いの話でも聞かせてくださいよー」
少し顔を赤らめながらも公は
「出会ったのは僕が大学2年生で相手が同じ大学に入学してきた時でした。当時、カフェテラスで僕が読んでいた本が彼女の趣味と合ったようで、彼女の方から話しかけてくれたんです。その時は単純に嬉しかった。僕あまり学校で友達が多い方ではないんで…………」
恥ずかしさを紛らわすために、公は必死に笑い飛ばした。その一連を聞いた田中刑事は朗らかと笑っている。
それからも公は彼女について語り続けた。そうしていくうちに不思議と公の今日一日の疲れが和らいでゆく気がした。
「とてもいい出会いじゃないですか。良いですねーなんか青春してる感じがあって……っあ、もう有村くんの家の前まで着いてしまいましたね」
窓の外を見るといつもと変わらぬ我が家が顔をのぞかせていた。知らぬ間に周りはもう街灯がなければ出歩けない程に暗くなっている。
「ここまで送っていただきありがとうございました」
「いえいえ、大した事ではないですよ。それよりこちらこそ捜査への協力ありがとうございます。後日、何かありましたらこちらから連絡します」
公は一礼すると、田中刑事に背中を向けて歩みだす。すると、公の後ろから田中刑事の声が聞こえてくる。
「有村くんの書くホンモノの小説を楽しみにしてます」
「はい……!」
それから公は気分よく家のドアを開けて愛する彼女に『ただいま』と言う。普段はここで『お帰りなさい!!』っと元気な声がある。だが、その時はそれがなかった。
そこには暖かい日常はなく、腐乱臭と笑顔で出迎えてくれるはずの公の彼女、
僕たちはまだ最期を探している 語辺 カタリ @20002525
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕たちはまだ最期を探しているの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます