第2話 非日常にはホンモノが居る

「その交渉材料っていうのが、あなたなんです。有村ありむら こうさん」


僕が交渉材料だと、そう老刑事は言った。


そして、後ろに居た若い女刑事代々木刑事は僕に封筒に入った何かを渡してきた。手触り的に紙が入っている。これは?と問いかけてみると、


「中身は私たちが一度目を通した相川あいかわ 修平しゅうへいからの手紙です。そこに今回の捜査協力があなたである理由が書いてあります。目を通しておいてください」


有村 公である理由。裏を返せば有村 公以外ではダメな理由がその手紙には書いてある。そう思うだけでどこか緊張してしまうというのに、大量殺人鬼から送られてきた手紙かと思うと、持っているこの手紙を今にも手放したくなる。


それがたとえ、昔馴染みの書いた手紙であったとしても。









 その日の夜、僕は自室で悩んで一人悩んでいた。朝は小説の中の犯人を相手に悩んでいたというのに、今では実際に存在する大量殺人鬼からの手紙を開けるかを悩んでいる。


まさに、二次元から三次元の世界に迷い込んだ、そんな気分だ。


だが、迷ってもいられない。近いうちに答えが欲しいと去り際に言われ、僕は老刑事田中刑事の電話番号を受けっとってしまっていた。もう引くに引けないというやつである。


僕は深く深呼吸をして、近くに置いてあるハサミに手を伸ばす。ドクン、ドクンと、心臓が今にも飛び出しそうになりながら開封する。


封筒の中には折りたたまれた一枚の手紙が入っている。僕は心の準備をして、手紙の文章に目を通していく。


『久しぶり公ちゃん。元気してたかい?僕はまあ、そこそこの人生を歩んでいました。もう刑事さんには聞いたと思うけど、僕は犯罪者になりました。公ちゃんの事だから、めっちゃビックリしたんじゃないかな?それとも俺の事はもう忘れちゃってたりするかな。まあ、どっちでもいいんだけど。


 とりあえず本題に入ろうか。公ちゃんは刑事さんにお願いされたと思うけど、僕の事件の捜査に協力してもらうよ。捜査の協力と言っても、半分は僕の願望みたいなものなんだけどね。そのお願いっていうのは、最期に俺と会ってくれないかな。もちろんガラス越しにはなるのだけれどね。公ちゃんは、何で殺人鬼の願いに警察が必死になってるんだ?と思うかもだね。それは、俺が警察に残りの死体の位置や誰を殺したかを教える代わりに公ちゃんと話させてって約束したからなんだ。あと、俺が君に会いたい理由は、俺は死刑がほぼ確定している身だから、最期の最期くらい昔の親友に会いたくなったってだけなんだ。だから、お願いだ、会いに来てくれないだろうか。                    


                           相川 修平より』


言いたいことだけが殴り書きされた手紙を読み終え、僕は考える。昔の親友のお願いを聞き入れるべなのか、それとも無視するべきなのだろうか。


色々なものを天秤てんびんにかけてみる。死が確定している昔の親友に会いに行って僕は幸せになるだろうか、否か。


『人を殺したことのある人間との対話。これは何か僕の小説に変化を与えてくれるんではないか?』


頭の中にふと浮かんできたこの言葉に僕は何だか共感を持てた。まあ、自分の頭の中で出てきた言葉だから、共感を持てて当然と言えば当然かもしれない。


だけど、今の僕に必要なのはこれくらいぶっ飛んだ考え方。そうだ、もっとらくに考えるんだ。今のこの状況は僕にしかない。この状況を楽しまないと絶対に損だ。


その時の有村 公の表情は無意識のうちにニヤケていた。こういうのを職業病というのかもしれない。


行動は早い内にと、僕は自分のスマホで老刑事のに電話を掛けた。だが、何回コールを鳴らしても老刑事の出る気配はない。


「まさか」


考えられる可能性をすべて絞り出す。そして導き出された可能性。


「あの爺さん寝やがったな!!」


時刻は気付けば11時半を回っていた。







 次の日の早朝、老刑事に電話を掛けたところ、昼頃から警察署で打ち合わせをしたいと言われ、有村は警察署の前に居た。少し家から距離があったため電車で移動してきたわけだが、こうマジマジと警察署を見るのは初めてであった。


「時間通りだね有村くん」


声のする方を見ると老刑事がポツりと立っていた。まさか、外に迎えに来てくれると思っていなかったというのもあり、声を掛けられるまで全然気が付かなかった。


「中で待っていただいていても良かったのに」


そう言うと、老刑事は笑って答え返してきた。


「何を言ってるんですか。私たちはもう立派な仕事仲間ですよ。仲間を気遣うのは基本のことです。それに一般の方が一人で警察署に入るのは、少し緊張してしまうのではないかと思いましてね。」


確かに少し入りずらい雰囲気ではあったから、とてもうれしい気遣いである。


それから僕は老刑事についていきながら、警察署の中に入っていく。会議をするフロアは4階だそうで、そのため僕たちは上あがるために階段を使用した。エレベーターを使わなかったのは、この警察署にエレベーターが無かったとかの問題ではなく、老刑事からの提案があったからであった。


「少し話でもしながら上の階へ上がりませんか?」


さすが刑事をやっているだけあって、体力のある発言であった。若者としては負けていられない。僕は意地を見せるべく、階段に足を掛けたというわけだ。


という事になったものの何を話せばいいのだろうか。やっぱり趣味とか好きな食べ物?それとも世間で起きてる事件の話とか。あまり歳の離れた人と話さない有村には少しきつい場面であった。だからこそ軽い話題から入った。


「今日は代々木よよぎさん居ないんですか?」


当たり障りのない話題でその後の話題を広げていく作戦。これに老刑事は「あー」といいながら


「彼女、今日休暇取ってるんですよ」


「休暇ですかー。良いですね、休暇。代々木さん何なさってるんですかね?」


「墓参りですよ。ちょうど今くらいに現地に到着してると思います。私も仕事終わりに向かおうと思ってるんです」


当たり障りのない会話をしようと心がけていたというのに、まさかの地雷を踏んでしまった。田中さんも向かうということはどう考えても仕事仲間の墓参りということじゃないだろうか。僕は思わぬ会話の地雷にその後の会話を繋げられないでいた。


僕だけでなく老刑事も無言になる。これはやってしまったと思い、次なる話題を探すも見つからない。そんな時、田中刑事は口を開いた。


「そういえばね私、前々から有村くんの書いた小説を読んでいたんです」


僕は思わず老刑事の方を振り返った。まさか、自分が書いた本の読者がこんなにも近くに居るとは思わなかったからだ。驚きを受けながらも僕は思わずこんなことを聞いてしまった。


「僕の書いた小説を読んで正直にどう思いました?正直に」


僕は自分のことをバカだと思った。だって、こんな質問をしたところで帰ってくる答えなど決まっているようなものだ。作者を前にした読者なんて皆、


『面白かった』『ドキドキした』『感動した』『後の展開が気になる』


という単調な答えが返ってくる。それは半分義務であり、社交辞令によく似た何か。ましてや、自分から『読んでました』という人間は必ずそういうことを言う。そう、その時まではそう思っていた。


今までの読者がそうであったから。世間の評価がそうだったから。みんなが僕のことをほめてくれたから。


「正直な感想は、つまらないといったところです」


あまりに意外な答えに僕は思わず立ち止まり息をのむ。でも、この感想に絶望したわけではない。むしろ心のどこかでウキウキしている。自分の知らない、今まで居なかったタイプの人間の次に来る発言に心を躍らせている。僕は待っていられなくなり「どうして?」と聞き返した。


「つまらない。っと言ってもですね、それは私が刑事という仕事をしているからでしょうね。普通の一般人が読んだら、「面白い」ってつい言っちゃいますよ。それぐらいしっかり書かれた作品だ。でもね、私は刑事を長年やっている身だからこそ、を知っている。人の死がどれほどのものなのか。有村くんの小説に限らず、他の作者の作品を読んだときに感じるんです。人の死はこんなもんじゃないって。そう思ってしまったら、小説の世界にのめり込んでいる自分が現実に引きずり出されちゃうんです。まぁ、これは一種の職業病か何かなのであまり気になさらないでください。」


人と人との経験の差、そこから生まれる誤差何て今まで考えたことなんて一度も無かった。というよりも、考えなくていいものだと勝手に思っていたのかもしれない。いつしか僕の書いた小説は自己中心的になっていたのだ。無意識の内にフィクションなんだからと投げやりになっていたんだ。


だけど、こういうところを意識していないから現実とフィクションとの誤差が生まれて、人を飽きさせてしまう。


そう老刑事の発言をまとめていく内に有村 公の中に結論が出る。


「今分かりました。僕は多分、今日、ここにを探しに来たんだと思います。昨日思ったんです。これはまたとないチャンスなんじゃないかって。本物の大量殺人鬼が僕を呼んでいるという、この現実とかけ離れた非日常を何か小説に生かせるんじゃないかって。聞くだけじゃだめだっていうのは重々承知なんです。でも、少しでも田中さんの思うに、僕は近づきたい」


昨日、なんで僕はこんなにもこの誘いに心を躍らせていたのか、今分かった気がした。


「有村くんも私も、お互い何か学ぶところがあるようですね」


僕にとって田中 太郎という人間はとても刺激的な人であった。








田中さんとの会議から一週間後


 その日は相川との対面の日。しっかりと彼の関わった事件を頭に入れ僕は電車に乗って会議をした警察署に向かった。別に、警察署で相川と対面するわけでは無い。一旦、警察署で田中刑事と代々木刑事と合流したのち、僕の住む東京の留置所に行くという算段である。僕は予定通りの時間に警察署に着き、田中刑事たちの乗り込む車に同席した。そして今、相川の待つ面会室の扉の前に僕は立っている。


冷静になって、僕は相川 修平という人間について頭の中でまとめる。


相川 修平 21歳


・罪は殺人罪

・分かっているだけでも3人を殺害

・有村 公との面会を条件に殺害した人、その死体をどこに隠したのかを教える約束

・僕の小学生時代の親友である


簡単に頭の中で状況を整理をしてからドアノブに手を掛けようとした時、肩をポンッと叩かれた。叩いた主は田中刑事であった。


「緊張し過ぎですよ。緊張しすぎては彼のことを何も知れずに、この時間が終わってしまいます。有村くんは知りたいんでしょ、が何かってことを」


その言葉で僕のガチガチになっていた体はほぐれていった。親友に会いに行くと言っても彼はもう、僕の知っている彼ではないかもしれない。そんなことを考えると少し会うのが怖くなっていた。


田中さんの言う通り、この大切な時間を無駄にはできない。これを機にもっとホンモノに近づかなきゃいけない。ホンモノを知り、ホンモノを吸収し、ホンモノにならなければいけない。


手汗に満ちた手を強く握り、改めて意思を固めてから田中さんに一礼する。そうして僕は重い扉を開く。扉の先には、パイプ椅子に座った相川が居た。僕が部屋に入ったことに気が付いたのか、満面の笑みを浮かべながら立ち上がる。


「公ちゃん!!」


その声、その顔の表情は僕の知っている、相川 修平そのものだった。まるで、過去の相川をここに連れてきたみたいな感覚だった。まだ、心のどこかで、この事実を信じられない自分が居るんだと思う。僕の親友の相川が本当に殺人なんてしたのかって。その時の表情が薄っすらと相川と僕を挟むガラスに映る。ガラスにはどうしよもない表情をする僕が映っていた。


「相川、お前…」


「何だよ公ちゃん。相川なんて苗字で読んじゃってさぁ。昔みたいに修でいいよー」


そう言われても呼びづらい。だが、もっと相川との距離を近づけていかなきゃ、彼を知ることができない。だから、僕は相川を「しゅう」と呼んだ。呼ばれてうれしかったのか、修は満面の笑みで首を縦に振った。


僕は席に着き、資料を広げ、修の顔を見つめた。成長してるとはいえ、あまりの変わりの無さに今でも正直驚きを隠しきれていない。


「何だよ公ちゃん、俺の事そんなに見つめちゃってー。何緊張してるの?緊張といえば、公ちゃん小学校の発表会の時に緊張しすぎて、吐いたりしてたっけー」


「そんなこといいから、まず取引の方が先だ。修の方の机に紙と鉛筆があるだろ。それでお前の殺害した人の情報を事細かく書け」


「何だよー。仕事からかよー」


不満そうにしながらも修は素直に鉛筆を持ってスラスラと書き始める。それだけなら良かった。


だが、僕が衝撃を受けたのはその内容なのだ。修の書いている内容は、今ここに死体があるみたいに容姿からその人物の特徴までが事細かく書かれてあった。




青木 怜 当時15歳




髪型ツインテール


髪留めの色は赤


二重 


身長約157cm 


靴は赤色の模様が入ったスニーカー


服は中学校の時の制服


死の瞬間の言葉「なんで君がそんなことを」 


バックの中身 スマホ 筆記用具 手鏡 プリント類 ピンク色の櫛 予備の髪留め 

…………

……


このような内容の紙が合計8枚書かれた。


「全部覚えてるのか、自分の殺した人のことを」


修は顔を上げて、僕を見ながら「?」を浮かべていた。


「何当たり前のこと言ってるんだよ公ちゃん。そんなこと忘れたくたって忘れられないよ。ていうか、忘れようとしたことなんてないよ」


こういう感覚の差が、常人と狂人ではかけ離れている所なのだろうかと思い知らされる発言に思わず僕は紙とペンをかばんから取り出し、メモを取ってた。それを見た修は他人事みたいにケラケラ笑っている。


「何メモ取ってるんだよ…。あっ、わかったぞー!公ちゃん小説家してるから、俺の人とは違うところに興味あるんでしょ。そうでしょ。そうなんでしょ!」


僕がメモを取り終わるまで、ニヤニヤしながら修はこちらを覗いてる。それは例えるなら、生まれて初めて花火を見た子供みたく釘付けになっていた。なんだかその時の僕の思考は修に全てを見透かされている感じする。


「僕が小説書いてた事、知ってたんだ」


「当たり前じゃん。親友がそんなスゲー仕事に就いてる事なんて前々から知ってるよ。オレ、公ちゃんの小説は欠かさず発売日の日に買ってるくらいだよ」


「じゃあ聞くけど、僕の書いた小説を読んでどう思った?特に殺人が行われる場面とかの人が激しく動くところ」


この質問には二つの意味がある。一つは、ただ単に感想を聞きたい、もう一つはこいつがホンモノかを試すという意味だ。僕の心の中にはまだ、修という人間をやっぱりホンモノと認めていない部分がある。まだ、僕と同じ人間なんじゃないかって。そう思っていた。いや、むしろその時は、そうであって欲しいと願っていたんだ。


修は言いたいことをまとめる為か、部屋の天井を見上げていた。そうするうちに考えがまとまったのか、修は時間にして3秒程で視線を降ろした。


「言葉だけであんなにリアルに表現してる何てすごいと思うよ。あんなに人に伝わりやすく文章が書けるなんて、オレにはできない事だから尊敬してるよ」


修が考えて出てきた言葉は思っていたよりも常人じみていた。それはもう、常人よりも常人で、平凡で、つまらない答え。


そうやって修という人物を知らない人は思うことであろう。だが、僕はこいつと小学時代を共に過ごしてきた仲だ。他人よりかはこいつの事を知っていると思っている。








小学3年生の頃


有村 公と相川 修平は幼いころから親同士の仲が良く、家も徒歩30秒程の場所に位置していたこともあり、よく一緒に遊んでいた。学校が終わるといつも二人で下校していた。その帰り道には二人以外の友達はおらず、話しの内容はいつも他愛のないものだった。そんなある日、公は修平に一つの質問を投げかけてみた。


「お前って好きな人とかいるの?」


不意の質問に修が焦りを見せるところを公は見たかった。でもその時の修は顔色一つ変えずにきっぱりと言った。


「いないよ」


こんなにもこの質問に対して冷静でいられる修平に公は少し気味の悪さすらも感じた。そんな時、公は修平のある癖をこの頃から薄っすらと気づきだしていた。


 そして、その癖の疑念が確信に変わったのが小学5年の夏。太陽が差し込む校舎で公は実行委員の仕事をこなしていた。少量の仕事だったということもあり、差ほど下校時刻が遅れることはなかったが、校舎の中には人影があまり見受けられない状況であった。その日は、修平とは校門の前で待ち合わせをしていたこともあり、公は急いで自分のクラスからランドセルを回収すると、勢いよく廊下へ飛び出した。その時の公は陸上選手にでもなったかのような気分で廊下を走り抜けていく。そして、階段に差し掛かったところで、公は窓の外の人影に気づく。窓から見えた場所は日陰になった体育館裏だった。公は自然と気になって足を止めて確認していた。そこに居たのは校門に居るはずの修平と、公たちのクラスの学級委員長をしている女子生徒だった。名前は相沢あいざわ 加奈かな。長い髪をみつあみで結んだ細渕ほそぶちまん丸眼鏡がトレードマークの男子からの人気の高い人物。そんな人物が放課後の体育館裏で男子を呼び出して(修平が呼び出した可能性もあるが、)することなんて一つしかない。


「告白しかない!!」


公は心の中で叫びながら階段を駆け下り、その決定的瞬間をこの目に刻もうとしていた。もちろんダメなことだとは重々承知している。だが、もうこの小学生の厚く輝く好奇心は誰にも止められない。


 ほんの数秒後には公の目線の先に彼らが立っていた。距離にしておよそ7メートル。ばれないようにひっそりと、物影に体を潜めながら耳を傾ける。


「それで、ど、どうなんですか。へ、返事の方は」


第一に聞こえてきたのは委員長の声だった。ただ、その声はいつもクラスを仕切ってくれているような存在感は無く、ただ乙女らしく緊張して震えているように感じた。


「ごめん。キミとはそういう関係にはなれない。だから、ごめん……」


修平の答えは言葉を重ねていくごとに、どんどん小さくなっていき、最後の方は公の距離からは聞き取れない程のモノになった。そうすると突然に、修平の前に居た委員長は走り出してしまった。まあ、それもそうだろう。恋をしていた人に勇気を振り絞ってした告白が断られてしまったのだから、少しでも早く距離を取りたくなるものだ。自分のどうしようもない感情を整理するためにも。


でも正直、修平がクラスの人気者の委員長の告白を振るのは予想外という訳でもなかった。それくらい修平という人間は昔からサバサバしていた。


それからというもの、修はその場で硬直して動かなくなってしまった。それが後悔から来ているのか、はたまた別の何かなのかは公には全く分からなかった。だからこそ、その日の帰り道はいつも通りの他愛無い会話を繰り返した。




それから何も起こらず1週間が経とうとしていた頃。あれからの委員長は学校にもしかっり登校して、学級委員の仕事を全うしていた。そこには、落ち込んでいる様子は一切なかった。一方、告白を断った修平もいたって普通に学校生活を送っていた。時には、委員長と修平とが会話をする場面だって目撃していた。そこには、気まずさや不安感は一切感じられない。だからこそ気になってしまった。修平が今どういう心境なのか、何を感じて委員長と話しているのかを。


いつもと同じ帰路きろに立った時、公は思い切って聞いてみた。


「修、お前、委員長の告白断っておいて喋るの気まずくないのか?」


「告白?何のこと言ってるんだよ公ちゃん。オレという人間の人生は未だに告白なんていう奇想天外なイベントを経験したことはないよ」


「何言ってるんだよ。僕はこの目で見たんだぞ。1週間前の放課後、体育館裏でお前と委員長が話してたとこ」


それからというもの、どんなに公が真実を伝えようと修平は首を横に振り続けた。だが、明らかに修の言っていることは嘘である。でも、そのことを知っている公ですら分からなくってしまう程に、修平の表情は落ち着いていた。


「ほんとにお前じゃないのか?」


「だからオレじゃないって言ってるだろ。オレはオレで今、委員長みたいな女子が告白なんてことしてるっていう事に驚きだぜ。公ちゃんがオレと間違える程のもんだ、似てる奴が下か上の学年に居るのかもだな~。いやだな~自分に似てる奴がいるって何か嫌いやだわ」


それからも修はあくまで他人事のように語り続けた。


だが、公は見逃さなっかった。前々から気になっていた、修の癖。本人も気づかず無意識の内にしている癖を。かなり分かりやすいが、話しているとあまり気にしないところにあった。


『手の甲を触る』


単純でかつ、簡単に分かりそうなこの癖。それは相手の顔を見て話すという人間の特徴により意外にも気づかないものだ。ましてや、気づいたところで待っているのは修のポーカーフェイス。並みの人間では到底気づくことなんてできない。それに癖というのは無意識の内に行われる行動であることから、修が嘘をついた時に毎回出てくるわけではない。


これは公という修平と小さい頃から触れ合っていて、かつ現在のこの話の内容が確実な嘘と分かっているからこそ見抜けたのだ。








と言っても、その時の公は癖を理解しても修を問い詰めなかった。だって公にとって修平は掛け替えのない友達だったのだから。時には友達に隠したい事だって人間一つや二つあるだろう。その一つを公は知ってしまっただけ、それだけのはずだったのに、公の心に少しの罪悪感が生まれていた。


それからというもの、できるだけ修平の癖を意識をしないように生活してきた。大切な友達との立場を少しでも平等にしていたかったから。だから、今のこの瞬間まで忘れていた。この癖を自分の目で再度目撃するまでは。


『言葉だけであんなにリアルに表現してる何てすごいと思うよ。

あんなに人に伝わりやすく文章が書けるなんて、俺にはできない事だから尊敬してるよ』


この言葉には嘘が含まれている。この相川 修平という男は毎日TVで映されるような、ただの殺人鬼なんかじゃなかった。無意識のうちから少しでも一般の生活をしている常人に近づこうとする、化けの皮を被っただ。


「僕はお前のような人間をホンモノと思うよ」


公は踏み込んでいく。という沼に。

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