第4話 全ては俺のせい



「——エブリンっ!!」

 

 俺の伸ばした手も、心からの叫びも、二度とエブリンに届く事はないのだと、その日俺は自分の罪の重さを知った。


 父上から婚約破棄の話をされてから、俺はどうしてもその事が受け入れられなくて、父上に何度も婚約破棄の撤回を願い出たが、結局最後まで許可が降りる事はなかった。

 そしてしつこく父上に願い出た事で父上からの怒りを買い、部屋での謹慎を言い渡された。


 それでも諦める事が出来なかった俺は、謹慎明けに内緒で侯爵家を飛び出し、エブリンがいる辺境へと単身向かった。

 何度も馬を変え、何日もかけて辺境に着いた俺は、真っ先にエブリンの実家に向かったが、辺境伯家の門番は俺が願い出ても中へ通してくれる事はなかった。

 本当は凄く嫌だったけど、最終的に侯爵家の名前を使って強引に中に押し入った。


 門番と言えど、侯爵家の名前を出されたら手出しが出来ない事は分かっていたから、本当にずるいやり方だったけど、こうするしか俺には方法がなかった。

 屋敷の中に入り、昔一度だけ訪れた事のあるエブリンの部屋へ真っ直ぐ進んで行った。


 途中侍女や執事が追いかけて来るのが分かったが、全力でエブリンの部屋に向かった。

 彼女の部屋に着き思い切り扉を開けると、彼女はこちらを見て無表情な顔で不思議そうに首を傾げていた。

 そんな彼女に思わず駆け寄ろうとするが、俺は後ろから追いついた騎士達に床に押さえ付けられ、身動きが取れなくなってしまった。

 

 (やっと会えたのに!!)

 (心から謝罪して、今度こそきちんと思いを伝えると決めたのに……!!)


 ここまで来て諦められない俺は、エブリンに向かって手を伸ばす。


「エブリンっ!!」


 しかし、エブリンは先ほどと何ひとつ変わらない無表情のまま、じっとこちらを見ているだけだった。


 (どうして……?)

 (どうしてなんだエブリンっ!!)


「エブリン、俺だ!スティーブンだ!」

「あの人は誰?」

 

 彼女を呼んだ俺に対し、エブリンは感情の籠らない声で近くにいる侍女に俺の事を聞いていた。

 エブリンの表情に嘘や偽りはなかった。

 まるで本当に、俺が分からないような反応だった。


「っエブリン!!」

 

 その反応に呆然としているとこの家の主人、キングストン辺境伯が息を切らしてやって来た。

 騒ぎを聞きつけて急いで来たのか、辺境伯はエブリンの名前を呼び、彼女の元へ行きそっと抱きしめた。

 娘を落ち着かせるかのように、大丈夫だと何度もそう言いながら背をさすり、しばらくして辺境伯はこちらを向いた。

 その頃既に騎士達に縄で拘束されていたから、俺は身動きを取る事は出来なくなっていた。

 目があった辺境伯は今まで見た事がないような程の怒り様だった。

 

「今更何の用だ。婚約は破棄されているだろう。一体何度、私の娘を傷つける気だ」

「俺はエブリンに謝罪して、もう一度やり直したい!俺が愛してるのはエブリンだけです!」

 

 俺は必死でこの想いを辺境伯と、その後ろにいるエブリンに伝えたが、辺境伯は俺の言葉を聞いてさらに怒りが増した様子で、だが務めて冷静に言葉を発した。

 

「お前が我が娘に何をしたのか、忘れたとは言わせない。娘を壊しておいて愛しているだと?笑わせるなっ」

 

 そう言った辺境伯は、この場にエブリンがいなければ容赦なく切り掛かってくる勢いだった。

 辺境伯の殺気で体が震えるが、それでも俺は言わなければならなかった。

 

「お、俺はずっとエブリンを愛してる。初めて会った時からずっとずっとエブリンだけだ!」

「黙れ小僧!!お前がエブリンにした仕打ち、私たち辺境の人間は決して忘れはない。その空っぽの頭によく叩き込んでおけ」

 

 思わず怒鳴った俺に辺境伯は、今度こそ地を這うような声で怒りをぶつけてきた。

 辺境伯の殺気で俺はもう一言も声を発する事が出来なくなっていた。

 縋るようにエブリンのいる方を見ると、既にこちらを見ていた彼女と目が合った。


 エブリンは相変わらず無表情だったが、しかし父である辺境伯へ一言だけ話していいかと聞いた。

 辺境伯は「無理はしなくていい」と言っていたが、少しだけと言いこちらへ向き直った。


「……貴方を存じ上げません。私には記憶がないのです。だから見覚えありません」

 

 そう言ったエブリンは、何の感情もこもってない瞳で俺の事を見つめていた。

 あまりに衝撃の事実に、震える声でそう尋ねると、エブリンは静かに首を横に振った。

 

「そ、そんな……俺はエブリンの婚約者だったんだ。ほ、本当に覚えてないのか?」

「婚約者がいたと言うのは父から聞いて知っています。ですが貴方を見ても、私は何も感じません」


 エブリンにそう言われ、俺はその場でみっともなく泣きじゃくった。

 俺はエブリンにとってどうでもいい男だったという訳だ。だから俺を忘れてしまったんだと、感傷に浸りひたすら泣いた。

 結局エブリンへの想いも俺の独りよがりだったんだ……。


 それでも現実を受け入れられず、涙が次から次へととめどなく溢れてくる。

 嗚咽すらも抑える事が出来ない俺に、エブリンはでも、と続けた。

 

「記憶を失くす前の私は……きっと貴方が好きだったんだと思います。貴方を見ると、今はもう何も感じないはずの心が、少しだけ痛む気がするんです。知らない感情のはずなのに、懐かしくて苦しいとさえ思ってしまうんです」

 

 そう言ったエブリンは一筋の涙を流していた。

 俺はエブリンの言った言葉を聞いてようやく理解した。


 (あぁ、俺が壊したんだ。エブリンとの絆を。エブリン自身を)


 ようやく理解した俺は、先程までの己の行動を深く後悔した。


 (また俺は間違えたのか……)


 そのあまりに大きすぎる罪は、今の俺ではとても受け入れられない程の重さだった。


「……エブリン、すまなかった」

 

 縛られた状態で部屋から連れ出される際、エブリンはもう俺の方を見ていなかったけど、これが最後だと心に誓って謝罪の言葉を口にした。

 その後、侯爵家に送り返される為強制的に馬車に押し込まれたが、侯爵家に戻ってからの己の未来に興味はなかった。


 俺にはエブリンの事しか考えられない。彼女を壊したのは他の誰でもない俺自身なのに。

 厚顔な俺は、エブリンへの愛をこの後に及んで手放す事が出来ない。


 どうか彼女が、もう一度心から笑えますように……。

 どうか幸せになれますように……。


 エブリンを壊したのは間違いなく俺なのに、何処までも自分勝手な俺は瞼を閉じて小さく呟いた。

 もう二度と届かない想いを、伝える事の出来ない彼女に少しでも届いて欲しいと願いながら……。





 


「エブリン、君を愛してる」













 end.

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エブリン、君を愛してる おもち。 @motimoti2323

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