~時の旅人~参

 ◇ ◇ ◇ ◇


 さあ、「お試し転生」もあと一回。

ここは慎重に選ばないとな。

野蛮でもなく、毎日風呂に入る習慣のある時代、江戸時代?

いや、出来れば電気とか来ててほしいよな。

いっそ昭和か!


 「お姉さん!決めた。昭和で。

フツーの生活のヤツがいいわ。あ、戦争は抜きで。」

【かしこまりました。

『お試し転生・昭和フツーの生活』、小谷洋平の血縁を遡ります。】


 え?ケツエン?と思ったとたん、すでに馴染の突風に飛ばされてしまった。



 ◇ ◇ ◇ ◇

 


 急に目の前が光に溢れた。

肺一杯に風がなだれ込み、その苦しさに俺は思わず泣き声を上げてしまった。


 「おぎゃー!おぎゃー!」

 

 え?俺、赤ん坊?

まあ。転生物の定番か。


 こうして俺は昭和12年、北海道の日高山脈のふもと浦河の農家、小谷正三郎と小谷さねの三男・小谷誠として転生し、実に平凡でフツーの生活を始めた。


 赤ん坊時代はあっという間に過ぎていき、兄姉たちに揉まれながら大きくなり、途中戦争もあったが、貧しい以外に語るに足るイベントも特にないまま「国民学校初等科」が五学年の時に「小学校」と名前が変わり、そのまま義務教育の「中学校」に進んだ。


 頭のいい一番上の兄だけは青森の大学に進学したが後の兄姉はみな家業の百姓を手伝っていたので、俺(誠)も何の疑問もなく中学を卒業したら百姓になるんだと思っていた。


   ◆ ◆ ◆


 ところで小谷誠は、実は俺の曽祖父ひいじいちゃんだ。

しかも俺が中学二年生の今も(いや俺は死んだんだった)北海道の浦河で一人、84歳で元気でやっている。


 釣りが上手くて、遊びに行くといつもちょっと離れたところにある川に釣りに連れて行ってくれた。

ゴッツイ顔してるのにいつもニコニコして怒った顔を見たことがない。


 窓を開けると手の届きそうなところに日高山脈を望む古い家には、農家には似合わない小難しい本が2冊神棚に(ホコリを被って)飾ってある。一番上のお兄さんが偉い先生だったそうで、その人の本なんだそうだ。

たくさんいた兄姉もみんなあの世に行ってしまって、今は札幌に嫁に行った妹のカツさんだけになったと言っていた。


 このまま転生し続けたら、60年後俺(誠)は俺(洋平)の誕生を祝うという複雑かつ面倒くさいことになりそうだと思わないでもなかったが、本当に毎日何事もないもんだからズルズルと転生し続けているのだった。


  ◆ ◆ ◆



 まぁ、そんな貧しくも平和で平凡な日々のなか、俺(誠)が15才の春。

3月になったばかりのこの日。浦河はまだ全然雪も解けてなくて春って感じじゃなかったんだが。

末っ子の妹カツが小学校を卒業するというので、母ちゃん(さね)が海辺の大きな町に晴れ着用の反物を買いに行くと言いだした。

カツ、いつも姉ちゃんたちのお下がりだもんな。

 

 父ちゃん(庄三郎)が俺(誠)に買い物に付いて行けって言ったんだが、女の買い物だぜ。

春休みで青森から帰ってきていた一番上の兄ちゃんに「親孝行だから」とその役を押し付けて、朝から友達の余吉と凍っていた川の水が流れ始めたか見に行ったのだった。



 地の底から湧き上がるような不気味な音とともにグラグラと地面が揺れたのは、氷の割れ目からサラサラと流れる川に試しの釣り糸を垂らしてしばらくした時だった。

とても立っていられなくて、余吉と四つんばいになってヘンなふうに波立つ川から離れた。

いつもは木々の匂い川の匂い、さっきまでは雪の匂いのこの場所が、土臭い臭いに覆われた。

川岸の山肌が聞いたこともない音とともに崩れ、川から流れていた水が消えた。


 俺たちは恐ろしさのあまり喋ることも、まともに立つことも出来ず、お互いに手を握りあって何とか歩けるような状況だった。

家へと向かう道は行きとは様変わりしていて、目を瞑っても村に帰ることが出来るほど知りつくしていなかったらとても帰れなかったと思う。


 村に近づくと、もっと恐ろしいモノが眼に入った。

村の入口のヨネさんの家は茅葺きの屋根が落ち雪と泥が混ざった小山のようになっていた。

その先の牛小屋は壁が剥がれ落ち、中で牛が鳴いていた。馬は小屋から逃げ出して走り回り、村の四ツ辻では何人かのおばちゃんたちがかたまって泣いている。

畑にはヒビが入り、雪を乗せたまま途中に段差が出来たところもあった。

向こうでは、村に新しく出来た中学校の煙突が途中で折れて校舎にめり込んでいる。

日高の山はデッカイ猫にでも引っかかれたように積もった雪の中に土の色を見せていた。


 その時また地鳴りがして大きな揺れが来た。

目の前で俺の家がゆっくりと傾き雪と土煙を立てた。

俺たちは道にヘタリ込んだ。


 「わぁー!!!わぁー!」

誰かが大きな声で叫んでいる。

「わぁー!わぁー!」


 余吉が俺の背中叩いた。

叫んでいたのは俺だった。


嘉吉のばあちゃんが、ばあちゃんに出来る精一杯の速さでやって来て

「お宮へ上がれ!

皆にそう叫びながらお前らもお宮まで逃げろ!」

そう言った。

「でも、でも、父ちゃんたちが。」 

「父ちゃんはもう逃げた。

さぁ!叫びながら行け。」

と、俺の尻を蹴飛ばした。


 俺たちは言われた通り

「お宮に上がれ!

お宮に逃げろ!」

と声の限り叫びながら小高い山の舌先のようなところににあるお宮へと急いだ。

そこには数人の村人が降り出した雪に凍えながら集まっていた。

姉ちゃんたちも、余吉の家族もいてほっと息をついた。


 お宮で凍えながら一晩を過ごし、翌日には父ちゃんたちとも出会えた。

ただ、買い物に行った母ちゃんと兄ちゃんとカツは何日たっても帰って来なかった。

海岸の町は津波に襲われたと、聞いた。


 俺が!

もしあの時、俺が兄ちゃんに付き添いを押し付けなかったら!

もしあの時、行くのは明日にしようと言っていたら!

もしあの時。

もしあの時!


 「ダメだ!ダメだ!

キャンセル!

キャンセルだ!

やり直す!もう一回!

母ちゃん(さね)も兄ちゃんも、カツもこんなところで死んだりしないんだ!」

俺は虚空に向かって泣き叫んだ。


 【かしこまりました。

『お試し転生・昭和フツーの生活』、キャンセルいたします。

一度ステーションに戻ります。】



 ◇ ◇ ◇ ◇



 馴染の森の香りの突風に飛ばされ戻って来た空間は、ひたすら静かでほの明るくそして寂しい場所だった。


 【『お試し転生』ご利用回数が上限に達しましたので、やり直しは出来ません。

次回の選択が『正式な転生』となります。

『転生制限』のかかっている人物以外でしたらあらゆる選択肢から選ぶことが出来ます。

ご希望の『転生』先をお申し出ください。】


 お姉さんの声はこんな時でも変わらず無機質だった。


 俺は俺(洋平)の母ちゃんに会いたかった。

兄ちゃんとカツと母ちゃん(さね)を亡くしたと知ったときの俺(誠)の絶望感。

きっと同じ思いをさせている。

「あの時、

あの時、

あの時!」

と、もしもを重ねて自分を責めているに違いないんだ。


 「お姉さん。決めた。

2022年9月12日の月曜日、

時間は、

時間は!朝の7時!

転生先は、俺、小谷洋平!」


【かしこまりました。

転生日時

2022年9月12日。

午前7時。

転生先、小谷洋平。

ご案内いたします。】


 きっとこれが最後になるあの森の匂いの突風に、俺は俺へと飛ばされていった。


  ◇ ◇ ◇ ◇


 その日は台風が近づいていて空気は少しの緑の匂いとたっぷりの湿気を含んでいた。

開けた窓からそのムッとした風が入り込み、寝ていた俺の前髪を触って逃げた。

俺はうるさく鳴り出したベッドサイドの目覚まし時計を叩くように止めて、布団から這い出てゴソゴソと制服に着替える。


 「洋平!起きてる!?

早く起きてよ!遅刻するよ!

洋平?」


 母ちゃんの怒鳴り声が廊下に響いた。

俺は不甲斐ないことに、涙が溢れてしまった。

あの日の朝だ。

電柱に激突する、あの朝。


 部屋から飛び出して台所にいた母ちゃんの背中に抱きつく。

母ちゃんは母ちゃんの匂いがした。


 「母ちゃん!

悲しませた。ゴメン。」

「え?なに?

反抗期終わった?」


 「なぁ、母ちゃん。

浦河の曽祖父ひいじいちゃんちに行きたい。」

俺は母ちゃんの背中に張り付いたまま言った。


 「どうしたの?いきなり。」

「何か、会いたいんだ。」

「そっか。今度の土日で行ってみようか。」

「うん。」


 曽祖父ひいじいちゃん(誠さん)に会ったら聞こうと思う。


 あの日、十勝沖地震があったあの日。

曽祖父ひいじいちゃん(誠さん)の家族はどうしていたのか。

母ちゃん(さね)も兄ちゃんもカツも、ちゃんと生きて無事に帰ってきたんだよな!って。

そのあと、みんなどうやって生活を元に戻したのか?って。


 それから、曽祖父ひいじいちゃんちの仏間の鴨居のところに並んでいる、母ちゃん(さね)の年を取ってしわくちゃな顔の写真を見て、 

「母ちゃん!お帰り!」 

って言うんだ。

絶対!絶対!言うんだ!



      (おしまい) 


      時津風 ~時の旅人~

*****************


時津風(ときつかぜ)

気象用語のひとつ。

良いタイミングで吹く追い風



昭和27年・十勝沖地震

1952年(昭和27年)3月4日午前10時22分

北海道から東北北部で揺れや津波などの被害があり、28人が死亡、5人が行方不明、287人が重軽傷を負った。

家屋被害は、全壊815棟、半壊1324棟、一部損壊6395棟、流失91棟、浸水328棟、焼失20棟、非住家被害1621棟。船舶被害451隻。


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