時津風(ときつかぜ)
~時の旅人~壱
風が泣いていた。
傾いていく日の光の中、赤く染まった川沿いにまばらに生えている低木の枝を揺らして、びょうびょうと風が鳴いていた。
その風に乗った鉄臭い血の匂いが鼻につき、人間のものとは思えない呻き声が耳に届く。
握ったまま血で固まって開かない俺の手の刀は半ばで折れ、足元は片方なぜか裸足だ。着けていたはずの簡単な甲冑は紐が切れ、腹周りしか守っていない。
踏み荒らされた枯れた草原を見回すと、そこかしこに倒れ重なった人影がある。
背中に折れた旗竿を付けた者が這いながら呻き、腹から刀を生やした髭面の男の喚く声はだんだん小さくなり、脚があり得ない方向に向いたずんぐりとした馬は立とうと無駄な努力をしている。
倒れた人間を跨ぐように覗き込む人影がいて、よくよく見るとなんと死んだ兵から甲冑や刀やボロボロになった着物をはぎ取ろうとしているのだった。
その男が急に腰を伸ばすと、ふいとこちらを見た。
「ひっ!」
男と目が合った気がして俺は思わずその場に尻もちをついてしまった。
尻の下に濡れた感覚を覚えて下を向くと、そこに広がっていたのは赤黒くヌルヌルとした臓物だった。
「ぎゃー!!!無理!無理!
ここ!無理!
キャンセル!
キャンセルしますぅ!
【かしこまりました。
『お試し転生・足軽から成り上がる戦国無双』、キャンセルいたします。
一度ステーションに戻ります。】
無機質な「お姉さん」の声がしたと同時に森の木々を思わせる爽やかな風…と言うには強すぎるむしろ突風に飛ばされて、俺(正しくはオレの魂とやら)はほの明るい何もない空間に舞い戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
「やっべ。
あんなところで生きて行けるかよ!
織田信長とか、家康とかにしとけばよかった。」
【『転生・織田信長』『転生・徳川家康』、ともに50名以上が希望され、現在転生制限がかかっています。
50年お待ちいただくか、他のメニューをお選びください。】
無機質で爽やかな「お姉さん」がそう言った。
俺は小谷洋平、しがない中学二年生だ。
特にこれと言った特技もなく、人並みにゲームを嗜むごく普通の少年だ。
今朝がた遅刻しそうになって自転車で爆走⇒電柱に激突⇒おそらく死亡。
そして今に至る。
このほの明るい空間で無機質で爽やかな「お姉さん」が転生先を選べと言うので、よく小説で見る「転生先でスローライフ。コツコツ励んでいるだけなのに、気が付くとみんなひれ伏して日本統一しちまってたよ」を目指したのだが、リアル戦国はちょっと想像を絶する野蛮さだった。
【あと二回転生体験が出来ます。】
なんでも転生してみたもののうまく適応出来る人ばかりじゃなくて、この度『お試し』システム採用となったらしい。
そういうのってさ。なんか、就活でもやってたよな。
インターなんとか?そんな奴?
さてさて、「お試し転生」はあと2回。
天下取りは性にあわなかったが、今度はアレだな。男の夢、ハーレム。
悪役に転生、悪どく動いてるだけなのになぜか女が寄ってくるやつ。
「お姉さん、転生先決まった。」
【はい、どちらになさいますか?】
「ハーレム系ので頼むわ。」
【…】
爽やか「お姉さん」は、しばらくしてやっぱり無機質な声で行き先を告げた。
【『お試し転生・源氏物語で姫まみれ』コース、ご案内いたします。
なお、光源氏はすでに定員いっぱいなので、転生先は「頭の中将」となります。】
「え?それ誰?」
いきなりまたあの森を思わせる匂いの突風が吹き、俺(の魂)はどこかへ飛ばされて行った。
◇ ◇ ◇ ◇
(弐に続く)
*****************
時津風(ときつかぜ)
気象用語のひとつ。
良いタイミングで吹く追い風
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