うわさ話

 アリアは放課後はほぼ生徒会の一員として、アルフレッド王子と行動を共にしていた。誰がどう見ても王子のお気に入りにしか見えない。


 一度だけ使った洗髪剤のおかげで、髪から油を取ると気持ちいい事を知ってしまい、丹念に髪を洗うようになってからは、それなりの綺麗さを維持することができた。それも、王子から専用の石鹸を貰っているに違いないと思われる元となっていた。


 文学サークルの発表、寮内で盛り上がる噂、一年生のクラスの期待。そういった諸々がアリアと王子の親密さを想像させる元となっていた。


 そのため、アリアに対する悪評や意地悪なども多発した。泥水を掛けられたり、悪い噂を立てられたり、ひどい時には階段から突き落とされそうにもなった。

 アリアは下町の人ごみをかき分けるように、階段でバランスを取りながらステップを踏み、見事に難を逃れたのだが。


 けれども、そんな嫌がらせの数々は誰がしたのか分からないような巧妙な手口と、一部の者は犯人が分かっていても、自分からは口に出せない権力構造があったため、犯人は捕まらない。


 そのうち、アリアに降りかかった嫌がらせの数々は、悪役令嬢の仕業ではないかと噂が立つようになった。


 そう、レイシアが行ったことになっていたのだ。


 文学サークルの発表でたびたび出てくる聖女と貴族令嬢。聖女はアリアと皆が認めざるを得ない。では、もう一人の貴族令嬢は?


 ダンスの授業で王子を独占していた悪役令嬢。

 王子と同じゼミを選択し、ため口のような会話をしている子爵令嬢。

 王子と王女のように毎日サラサラの髪で登校している子爵令嬢。

 学園祭で王子と二人きりでお弁当を分け合っていた制服の女子生徒。


 どれもこれもがレイシアが王子を独占し、アリアと王子の淡い恋を妨害しているように思われていた。


 そしてそれは、真の犯人からすれば罪を押し付けるには最適な環境だった。


 そして、『レイシア=悪役令嬢』という図式は、女子生徒の中で瞬く間に広がっていった。



「って感じですわよ。レイシアさん」


 心配したナズナがレイシアに噂を教えた。


「え? 私がアルフレッド様に懸想して一年生の聖女をいじめているの? ありえない」


「そうですよね。寮の下級生がそのような話で盛り上がっているのを小耳にはさんだものですから。聞いた時目が点になりましたわ」


「それにしてもアルフレッド様、好きな子ができたんだ」

「寂しい?」

「なんで?」

「……そうですわよね」


 もしかしたらアルフレッド王子はレイシアを好きなのではないかとおもっていたナズナは、レイシアのまったく恋愛感情が感じられない返答に虚を突かれていた。少しくらいレイシアの方にも愛情があるのかと思っていたから。


 そんな女子トークを全く気にせず、発明途中の設計図をレイシアに持ってくるポマール。ナズナとの話は終わりレイシアとポマールの相談が始まった。


 そこへアルフレッド王子が入ってきた。ナズナが王子に噂を確かめようと話を始めた。


「アルフレッドさん。あなた一年生の女生徒とお付き合いをなさっているの?」


 単刀直入の言葉に、思わずむせるアルフレッドだった。


「え? あ、ああ。お付き合いをしている。よく分かったな」


 レイシアとポマールの手が止まった。普段他人の色恋など興味のない二人だが、ここまで身近な王子のお付き合い発言は予想外に動揺するだけのインパクトがあった。


「どなたですの? 聖女様?」

「生徒会の一年生。アリア・グレイ男爵令嬢だ。聖女でもある」

「男爵令嬢で聖女? さすがにそれはご身分が低くありませんこと?」


 ナズナがそう思うのも当たり前で仕方のないこと。ポマールも首を縦に振ってナズナに同意した。


「そうだな。確かに身分は低い。しかし、俺は彼女に恋をしているんだ。必ず守って見せる」


 ナズナはコソコソとレイシアとポマールに「だまされてないですわよね?」と話した。


「本当にお付き合いしているの? 勝手にそう思っているのではなくて?」


 レイシアがそう聞くと、自慢げに答えた。


「俺が彼女を寮まで送って行き、別れる間際ついこう言ったんだよ。『俺は君を気に入っているんだ。俺は君のためにどんなことでもしてあげたい。どうか俺だけを頼って欲しい』って。ほら、イリアの小説にあっただろう。告白のセリフ。思わず口に出していたんだ。そうしたら彼女は『はい』って、はにかみながら頷いてくれたんだよ。それから毎日放課後は一緒にいるし、ランチも一緒に食べることも多い。夕食で二人きりでデートも何回もしている」


「「へー。ソウナンダ」」


 甘い告白に、うんざりしたように返事を返すレイシアとナズナ。


「ちゃんと付き合っているだろう」

「そうですわね」

「よかったですね」


 女子の惚気なら盛り上がれるが、男の惚気は冷めるだけ。話したそうにしているアルフレッドを無視してポマールとレイシアは相談をやり直した。


「まあいいですわ。アルフレッドさん、あなたは幸せでしょうが、レイシアさんはそのおかげで女子生徒の間では、王子の彼女に嫌がらせをする悪役令嬢と噂されています。その事は覚えておいて下さいね」


「レイシアが? なぜ?」


「あなたがレイシアさんに付きまとうような行動を取るからですよ。王子としての自覚を持って行動なさりなさい。レイシアさんは子爵令嬢で立場は弱いのですから」


 ナズナは王子の無自覚にイラっとして、きつい言葉になっていた。



 噂であれば特に実害も無かったのだが、女子生徒の中でレイシアは悪役令嬢ではないかとの噂が固定化すると、身の程を知らせるのも教育ですわよね、などと言う勝手な認識が出来上がりいじめを始める者たちも出てきた。その中にはアリアをいじめている者達も含まれた。レイシアをターゲットにすることで、アリアをいじめているのがレイシアと印象付ける事を狙ったのだ。


 サチとポエムという強力なメイドがいなくなったのも彼女たちにとってはチャンスだった。それに、王女派の学生は軒並み帝国について行ったせいもありレイシアは孤立無援の状態だった。


 最初のうちは目の前で嫌味を言われた。そんなことは気にもしなかったので言われるがまま放っておいた。やがて少しだけあったメイドへの攻撃が増えていった。自分たちのメイドを使って嫌がらせを始めたのだ。


 精神的ないじめや嫌がらせは、笑って対処できる能力がナノとニーナにはあった。ところが、ニーナが一人でいた時にメイド六人に囲まれて怪我をさせられた。大した怪我ではなかったのだがさすがにレイシアが怒った。


 ニーナをわざと一人にし、もう一度襲わせた。


 メイドたちがニーナを囲んで手を上げた瞬間に、ドレス姿のレイシアが殺気を全開にして現れた。ドレス姿なのはナノの提案だった。そしてセリフと立ち回りの演出もナノが付けた。


 囲まれているニーナの手をナノが取りレイシアの側に控えた。

 レイシアは殺気を出したまま、一歩メイドたちに近づいた。


「「「ひっ!」」」


 メイドたちは膝から崩れおちた。

 一歩、また一歩と近づくたび、「「「ヒー」」」と悲鳴が上がる。


「あら? わたくしまだ何もしていませんわよ。あなた達がわたくしのメイドになさったようなことなど」


 ナノの演出通りのセリフを放つ。恐怖で青ざめガタガタと震え出すメイドたち。


「あなた達はどなたの言いつけでこのような事をなさったのかしら」


 口をギュッと結び、首を横にフルフルと動かすメイドたち。


「聞き方を変えるわ。あなたたちのご主人はどなたかしら。教えて下さりません?」


 殺気を強めてレイシアが聞く。ここも想定内のナノの演出。


「困りましたわね。このままではあなた達をご主人のもとに返せないのですわ。このまま暴行犯として突き出しましょうか。それともわたくしが自らの手で成敗いたしましょうか」


「お、お許しください。私は……」


 恐怖で一人のメイドが仕えている令嬢の名前を告げた。そこから次々と主人の名をさらすメイドたち。


「そう。覚えましたわ。では今あったことをご主人にちゃんと伝えて下さいね。わたくしを敵に回すと、皆さまの主人ともこのようなお話をしなければいけなくなりますからね。まだまだ本気ではないのですよ。ではよろしくお願いしますわね」


 殺気を強めたら、メイドたちは気を失った。

 そのままメイドたちを放置して、レイシアはナノとニーナを引き連れ去っていった。


 メイドたちは、悲鳴を聞きつけた学園の警備員に助けられて保護された。聞き取りが行われたが、何があったのか先生たちには言えず事件は迷宮入りをした。後に学園の怪談とか七不思議のひとつと伝えられる『メイド集団気絶の怪』として伝承されていくのだがそれはまた別のお話。


 いじめを差し向けた令嬢の中には、メイドの報告を聞いたのだが信じることができなかった者もいた。何人かが直接レイシアにちょっかいを出しレイシアは次々と令嬢たちにトラウマを植え付けた。もちろん指一本触れてはいないため、問題にはできない。


 そうして、レイシア対様々な思惑の女性貴族という構図が出来上がり、レイシアは悪役令嬢だ、という共通認識がどんどん広がっていった。



 レイシアとしては、不本意な話だった。


 恋愛沙汰など無関係に過ごしているのに、勝手に王子を取り合う悪役令嬢に仕立て上げられ、勝手に悪役令嬢呼ばわりをされる。たまったものではない。


「男女の恋愛より仕事よ! お祖父様もいない今、商会の立ち上げが滞ってはダメ! カミヤさん、頑張りましょう!」


 しばらく学園に行かなくてもいいかな? そんなことを思っていたが、カンナさんから真面目に通うように怒られた。


 (それもこれもアルフレッド様のせい)


 レイシアのアルフレッドに対する扱いがどんどん粗雑になっていった。アルフレッドはそれを、気を置かなくていい友人のような存在になれたと良い方向に解釈していた。


 大いなる勘違いと解釈のずれが生じていたのだが、二人はそこに気がつかない。


 友と認められたと上機嫌で話し始める王子と、雑に扱うレイシア。

 はたから見たら仲良しのじゃれ合いにも見えるマジックのような会話。

 そこに遭遇し、記録を取り続ける文学サークルのメンバーたち。


 噂が妄想を掻き立て、見える風景が人それぞれ変わる。



 そこにイリアの新作、「或る王子の初恋」が投入された。

 学園祭での出来事を妄想豊かに空想の王子の視点で書かれた一人称小説。


 学園祭のあの告白シーンがラストになることと、帝国の皇子ではまずいと思い、王女を聖女の生徒会長に変えた設定に、斜め上の考察班があちらこちらから出てきた。


 イリアは、昔見たレイシアと王子の図書館での逢引きシーンなど妄想豊かに入れ込んだ。そのせいで王子と二人きりでよく図書館に入るアリアがヒロインと確定し、その文章にあるイチャイチャ妄想シーンは悶絶者続出! (何のことか忘れている人は、280話 図書館での密会場所 付近を読み返してね。 https://kakuyomu.jp/works/16817139555810310315/episodes/16817330656842585014 )



 アリアとレイシア。


 王子に恋愛感情のない二人は、ヒロインと悪役令嬢という大きな物語の波の登場人物として、途切れることなく噂をされ、今日も新たな考察とストーリーが紡がれていた。

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