280話 図書館での密会場所
「先生から言われた。……残念だが、ここで会えるのももう今日で最後だ」
王子はため息交じりに言った。
「そうね。もう会えなくなるのね」
レイシアも寂しそうにうなずく。別れを惜しむように右手で頬をなでた。
「寂しくなるな」
「本当に……」
2人は厩舎にいる馬たちに別れを告げながら、飼い葉を与えていた。
そう。明日から新入生の実習が始まる。お馬様の世話は1年生の仕事。と言っても本気でお世話するものはほぼほぼいないので、結局雇われた世話係が全体の世話をするのだが……。だが、2年生が手を出してはいけない決まり。
王子とレイシア。この2人の厩舎での掃除仕事はありえないほどの熱量があった。
「では、私と王子、いえ、アルフレッド様との関係もここまでですね。1年間ありがとうございました。もう会うこともないと思いますのでここでお別れしたいと思います。ご苦労様でした」
レイシアは王子と距離を置きたくて、さっさと帰り支度をしようとした。
「待て待て。今日で最後のお馬様へのご奉仕だ。お互いの功績をねぎらおうではないか」
「いえ、結構です!」
レイシアは力一杯拒否した。王子のことは別に嫌いとかではなく、ただの知り合い感覚なのだが、王子という肩書が面倒くさい。
「まあそう言うな。お前のために昼食を用意した。ああ、分かっている。二人で食事をしているのを見られるのが嫌なんだろう。大丈夫だ、シャルドネ先生も一緒だ。昨日の教室で3人で食べる。Aクラスの解散式という名目ならいいだろう?」
シャルドネ先生まで巻き込まれては断ることが出来ない。
「それに今日は、図書館で案内してくれる約束だろう?」
「そうですね。仕方ありません。約束は果たしましょう。では、着替えて来ますのでお待ち下さい」
「ああ。俺も着替えてくる。では図書館で待っている」
「はいはい。分かりました」
そうして2人は、それぞれ近くの更衣室に移動した。
それを遠くから見つめる一人の女性。
そう、イリア・ノベライツ。5年生には学力テストはないので、レイシアと王子を勝手に見学に来ていたのだ。もちろんネタを集めるために。
レイシアはイリアがいるのは気がついていたが、いつものことだし特に問題もないだろうと放っておいた。
◇
作業着から制服に着替えたレイシアは、王子より先に図書館に着いた。他に生徒はいない。それを確認してひとまず安心した。あれでも王子は王子。授業中ならともかく、プライベートで一緒にいるのがまずいことはレイシアでも認識している。放っておいて欲しいと思っているのだがなぜか縁が出来てしまう。
王子からすれば、レイシアは勝たなければならない存在。しかし1年生の時はことごとく負けてしまった。騎士コースにしてレイシアも辞めるが王子も辞めざるを得なくなった。1つにはレイシアが辞めると王子の相手が出来る者がいなくなる。それに護衛対象である王子が強すぎると、騎士科の生徒の志気が低下してしまう。その
そして今回のテスト。2年生で張り合えるのはここだけなのだったが、どちらも完了してしまってはチャンスがもはや来ることもない。3年生からはゼミ中心。基礎学力は現在Cクラス以下の者だけが受けなければならない、逆に言えばBクラス以上は受けることがない授業になる。
結局王子は、これから先レイシアに勝つチャンスがどこにあるのか分からなくなっていた。
このことに関して言えば、レイシアが奨学生であったことは、教授会としても、王室としても、レイシアにとっても都合がよかったのではあるが、当の王子としてはもやもやが残りっぱなしなのだった。その思いを表に出さないようにしながら、レイシアに昨日の食事の礼をするためにはと、考え抜いて計画したのが今日のランチだった。
◇
図書館に着いた王子に対して、レイシアはメイドが主人に対応するように接した。
「では、参りましょうか。アルフレッド様」
「なんで厩舎でのようにしゃべらない」
「TPOに応じているだけですわ」
作り笑顔で
(何やってるのよレイシア。甘さが……糖分が足りないじゃない)
廊下の隅で隠れながら見ていたイリアは、脳内で勝手に設定を作り変え始める。
(そう、これは身分違いの恋。レイシアは図書委員なの。恋心を隠して平然としている振りをしているだけ。それに焦れている王子。よし萌えてきた!)
そんな事とは知らないレイシアは、誰もいかないような奥の入り組んだ本棚に向かって歩いていく。
(ここは! 一部の人しか知らない密会スペース! 人目を
イリアの
◇
「こちらがお探しの、ラノベ専用コーナーです」
「こんなに……。こんなところがあったなんて……」
感動に打ち震える王子を、冷めた目で見つめるレイシア。
「なぜ……なぜ君がこの場所を知っているんだ」
「司書に聞きましたので」
そう。聞けば誰にでも教えてくれる。それが図書館のシステム。
感動している王子は、レイシアの両手を取り胸の前まで上げた。
「ありがとう。本当にありがとう!」
「いえ。手を放して下さいますか?」
(えっ、手を握っているの? 何してるの向こうで。手を握る王子に恥じらうレイシア⁉ なにこれ! 最高!)
イリアは声を頼りに妄想を始めた。厚い本棚のせいで、会話がとぎれとぎれにしか聞こえないのがもどかしい。
「あ、ああ、すまない。出会いたかった本を見て興奮してしまったようだ」
(出会いたかった? 興奮? よく聞こえなかったけど、レイシアと出会えて興奮したってことよね。あまっ! 甘いわ)
「そんなに好きなんですか? 連れてきてよかったです」
(そんなに好き? よかった? 両思いなの? あれだけ嫌がっていたのは照れ? デレているの? なに? 聞いちゃいけない背徳感! サイコー)
「じゃあ、後は好きにして下さい」
「分った。好きにさせてもらおう」
(ひゃ――――――――! 「好きにして」「そうさせてもらう」⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉。ヤバい! やばいって! 人気(ひとけ)のない図書館の隅で何を始めるのよ? ダメ、これ以上は覗き魔と一緒になるわ! レイシアのために去らないと! あたしは消えるから、王子とレイシア、仲良くやってね)
顔を赤く火照らしたイリアは、物音を立てないようにその場を離れた。
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