私って目立たないから
「それで、学園長の話は何だったの?」
王子成分を十分に仕込んだ作家イリアは、次のネタ補充のために話題を変えてみた。
「え~と、そうですね。園長室にこの間一緒にパーティを組んだ方がいまして」
「パーティ?」
「ええ、クマ退治に」
「なにそれ! そこんとこ詳しく」
「詳しく言うと長くなりますよ」
「いい! 大丈夫」
レイシアはしょうがなく、クマデへの冒険をかいつまんで話した。
「なにそれ! その商人ひどいわね」
「ひどかったです」
レイシアは、クマデに着くまでの話で止めようと思った。いろいろ言えない話ばかりなので、一応気を使ってはいたのだ。
「それで、その時いた2人の冒険者が、新しく先生になったんです」
「そうなんだ。あんたもいろんなことしていたのね」
イリアは聞きながら、(冒険もの、冒険ものかぁ。あたしのジャンルじゃないけど、誰かにプロット売ろうかな)などと不埒(ふらち)なことを考えていた。
「それでまあ、私、補助員をすることになりました」
「は? 補助員? なにそれ」
「先生の補助役として、1年生をサポートする役だそうです」
「あんたが?」
「はい。Cランク冒険者ですから」
レイシアは薄い胸を張りながら自慢した。
「……すごいね」
Cランク冒険者に補助員? 予想外の話に、イリアは思考が止まりそうになっていた。予想外にもほどがある。ふわふわしている頭を思いっきり振ると叫んだ。
「ダメダメ! せっかくのこんなネタの塊! 途中で止めたら作家としての成長がとまるわ!」
イリアは、机に両手をついて思いっきり立ち上がった。
「イリアさん! 大丈夫ですか!」
レイシアが驚いて引き気味に言った。
「はっ! あ、ごめんね。つい」
「お茶……いれます?」
「お願い……」
トクトクトクとカップにお茶を注ぐ。爽やかな香りがイリアの心を落ちつかせた。
「はあ~、おいしい。そうね、もう冒険譚(ぼうけんたん)はいいわ。私の小説のジャンルじゃないし。
「あ、じゃあ貴族コースについて相談に乗ってくれませんか?」
「貴族コースかぁ。あたしもよく分かんないけど、まあ話してみて」
イリアは姿勢を正し、レイシアに向き合った。知らない事でも何かヒントは出さないと、年上なんだからと思っていた。
「なんで私、貴族コース受けなくちゃならないんでしょう? 奨学生なのに」
イリアは少し考えてみた。
「確かにおかしいわね」
「そうですよね」
奨学生は平民落ちが確定。だからレイシアはこの寮にいる。そう思うと今更の貴族教育は無駄でしかないのはレイシアもイリアも分かっていた。
「あんた、なにかやらかした?」
「何もしていないと思いますけど。ほら私って地味だし、貧乏だし、目立つことなんてどこもないし、受けている授業だって実技ばっかりだから友達もいないし」
聞いていて頭が痛くなってきたイリア。
「あんた……、誰が目立っていないだって! 入学式の時のこと忘れてないよね!」
「あれは、王子に巻き込まれただけ」
レイシアはあの事件ですら大したことはしてないと認識していた。その表情を見ながら、あきれたようにイリアは言った。
「あんた、学園生から何て呼ばれているか知っているの?」
「えっ、私の事なんて誰も気にしていませんよね。成績も評価されないから1位なの王子くらいしか知らないし」
「あんたの呼び名教えようか?」
「はい」
「制服少女」
普通だ。とレイシアは思った。
「ああ、そうですよね。いつも制服着ていますし。でも、割といますよね、制服着ている生徒。私だけじゃないと思うんですけど」
「まあ、入学式の時のイメージが強いからね」
そこに関してはイリアの小説のせいでもあるのだが、イリアはそれは無視した。
「でもね、まだあるんだよ。いい。制服の悪魔、悪魔のお嬢様、これは市場での呼ばれ方ね。学園だと、黒魔女様とかマジシャン、やさぐれ勇者にメイドアサシン。一番ひどいのは死神ね。これがレイシア、あんたの二つ名よ!」
「二つじゃない!」
「そうよ! 七つ名よ! あんた一体何してるの?」
イリアは、『黒猫様』と呼ばれている情報までは仕入れてなかった。
レイシアは、何してるのと聞かれても心当たりがなかった。
「……何も?」
「無自覚にやらかしてるのよ!」
イリアは叫んだ。しかし、レイシアはふと思い出した。
「あれ? それって全部イリアさんの小説のタイトル……」
痛い所を突かれたイリア。小説の売り上げが爆死だったシリーズ。
「それはね! 学園の噂になっている新七不思議を元に書いたの! で、書き終えた後気になって調べたら全部あんたの二つ名だったのよ! 驚いたのはこっちだわ、まったく」
言いながら売れなかったことを思い出し悲しくなったイリア。はあはあと荒れた息と心を、お茶を飲んで落ち着けた。
「とにかく、あんたは目立っているの。目立ちまくっているの! 自分の状況と立ち位置は見間違ってはだめよ。いい、学力実質学年1位、平民コースほぼ終了、それに、王子をボコボコにして騎士コースが筆頭、魔法が使える、さらにCランク冒険者…………、なにこれ、自分で言ってて頭おかしくなりそう」
「変ですか?」
「変よ!」
「そうかなあ?」
「無自覚か! でもそうね。そう思うと確かに変よね」
イリアはもう一口お茶をすすると、じいっとレイシアを見ながら思考をまとめた。
「あんたは目立つ。それも無自覚に。…………そして平民になるはずのあんたに、なぜか貴族教育をさせようとする? 何のために?」
「そうなんですよ。おかしいでしょ?」
「おかしいわね。こんな時は、『自分が小説を書くなら、どんな展開にするためにこの設定を書いたか』って風に考えてしまうのよね、あたしは」
「なるほど。さすがイリア先生」
さすが作家、私にはない発想だとレイシアは感心した。
「そうなるといくつか考えられるわね。例えばジャンルが『恋愛』だったら」
「恋愛だったら?」
「貴族の息子、あるいはその親が、あなたと婚約させるために子爵位に残したい場合ね」
「は?」
恋愛小説は読んでも、恋愛感情が欠落しているレイシアは、婚約と言われてもとまどうしかなかった。
「そう、現状でそれが出来るとすれば王子ね。あなたを王妃にするため貴族教育を受けてもらいたいって願っているの。それをひそかに教授会の有力な先生に根回しして、これからあなたに王妃教育を受けさせようというプランを立てるの」
「…………ありえないですね」
試合で悔しがっている王子の姿を思い出しながらレイシアは言った。
「小説の話よ。じゃあ、ハートフルコメディで考える?」
「ハートフルコメディですか?」
「そうね。あなたが平民になることを残念に思う人いる?」
「お父様と弟は思わないと思う。……あっ、お祖父様」
「そうね。あなたのお祖父様、学園に寄付をたくさんしているわね。だったら貴族教育を受けさせるように根回しができるかもよ」
「そうですね。その線はあるかも」
やっと来た現実的な答えに、レイシアは納得しかけた。だが、イリアの話は終わらない。
「あとはそうね。サスペンスね」
「サスペンスですか?」
「可能性とジャンルは大切にしないといけないわ。そうね、あなたは秘密組織に目をつけられているの」
「秘密組織ってなんですか?」
「何でもいいのよ。じゃあ、国の暗部ね。そうしましょう」
「そうしましょうと言われても」
「あなたは学生をやりながら国の暗部にスカウトされるの。そうね、殺し屋とか」
「殺し屋⁉」
「そう。あなたを殺し屋にするため今から貴族教育を仕込もうとしているのかも」
「意味が分かりません…………」
「殺し屋に貴族教育を施してあれば、ほら、貴族としてパーティーに参加させ、要人のターゲットに近づき毒を盛らせるとか、暗殺させやすそうじゃん」
「はあ」
「あんたが貴族教育を受ければ、下町から上流階級までどこにだって紛れ込めそうじゃない?」
「そうですか?」
「そうよ。普段は目立たない学園の生徒。しかし、ある時は下町の料理人。ある時は腕利きの冒険者。またある時は地味なメイド。そしてパーティーでは麗しの貴族のレイディ。ありとあらゆるところに潜入出来る七つの顔を持つ暗殺者! それがレイシア・ターナー」
「…………はあ」
「ああ、その設定ならミステリー、怪盗ものでもいいかも。私の名は怪盗レインボー。いろんな姿で惑わしてあなたのハートを盗むわよ♡ とか?」
イリアの暴走……いや、妄想が止まらなくなった。腐ってる小説家、いや、腐っても小説家。今までのスランプが嘘のようにアイデアだけは出る。悪役令嬢ものでは、追放される令嬢の護衛として旅の共をする謎の従者。スパイものでは、国王の落とし子として帝国に送り込まれる悲しき密偵。
「やっぱり、一押しは恋愛ジャンル! 王子が圧力をかけた、これね!」
そんなことあるか—————、とレイシアは思ったが口には出さずにいた。
しかし、イリアの発想は悪くなかった。王子はともかく、レイシアに貴族教育を受けさせたい者たちの働きかけがあったというのは、十分考えられること。
明日の夜は、お祖父様と約束をした月に一度の食事会の日。レイシアは、その時お祖父様に確認しようと思った。
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