図書館の片隅で

 ラノベに囲まれながら王子は泣いていた。静かに身じろぎもせず、ただ一粒の涙が頬を伝わり床にポトッと落ちた。


 他人から見たら、王子は全てを持っている完璧な人間。地位も財力も美貌も学力も剣術も、ありとあらゆる憧れと尊敬と嫉妬を集めてしまうそんな存在。


 いつも完璧でなければいけない。そう思って生きてきた。


 しかしどうだ。実際はレイシアに食事代も払えない男だった。

 学友一人、好きに選べない子供だった。

 レイシア同学年の女子に、簡単に負けてしまう程度の才能しかなかった。あれだけ頑張って来たのに。


 学園に入りレイシアと向き合った様々な事が、王子に現実の自分を知らしめた。そして図書館の片隅でラノベに囲まれながら思った。


(俺はラノベの一つも好きに読めない立場だったのか)


 たかがラノベ。こんなにたくさん存在しているラノベ。貴族だろうが平民だろうが自由に読めるラノベ。こんな簡単なものさえ読めない自分とは一体……。




 自由。




 そう、自由が無い。不自由なのか? そう不自由だ。


 王子はやっと気付いた。自由に振舞っていたと思ったことは、全て誰かに決められた範囲内での、管理された自由であることに。たかがラノベの一つも読めない自由なんて見せかけの自由でしかない。そう、ラノベなんぞたかが小説じゃないか。こんなにある小説が読めない自由なんか何の価値がある自由だ。


 そんな事実に気がつき、しかし今、自由を手に入れた様に感じた。ラノベが読める。それは王子にとって自由を手に入れる神聖な儀式のように思えた。


(ラノベを読む。それはレイシアたちにとっては普通の行為だろうが、俺にとっては自由への第一歩だ)


 王子は思わずレイシアの手を握り、胸の前まで持ってきてはレイシアに伝えた。


「ありがとう。本当にありがとう!」


 無意識の行動だった。「いえ。手を放して下さいますか?」と言われ、やっと手を握っていることに気がつく。レイシアの小さい手から温かな熱が王子の手に伝わる。小さいながらもいつもダンスで手を取るお嬢様方とは違う、しっかりとした働き者の手の感触に、王子は不思議な感覚を覚えた。


「あ、ああ、すまない。出会いたかった本を見て興奮してしまったようだ」


 我に返り思わず手を離した。手から伝わった熱が頬を赤く染める。心臓がドキドキと早く脈打つ。

 王子は自分の感情に戸惑い、レイシアを引き留めることが出来なかった。去っていくレイシアを黙って見送り、ため息をひとつついた後、本棚をながめた。


「イリア・ノベライツ? たしかレイシアと一緒にいた女子生徒の名前。読んでみるか」


 王子は『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』という本を手に取り読み始めた。


「恋愛小説か。趣味じゃないが読みやすいな。しかし……ヒロイン、レイシアみたいだな」


 イリアにより糖分多めに脚色・美化されたヒロイン。はかなげでそれでいて芯の通った、純真無垢じゅんしんむくなヒロインの姿を王子はレイシアに重ねた。読み進めていくと本の中の王子がヒロインの手を取ったシーンが来た。王子はそのシーンを読みながら、先ほどのレイシアの手の感触を思い出してしまった。


 

ドクン・ドクンと王子の心臓の音が、誰もいない図書館の一画に鳴り響いた。

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