Aクラスでのランチタイム
授業終了のベルが図書館にも聞こえてきた。王子は読みかけのラノベを閉じると、レイシアに声をかけ教室に向かった。
教室では、高位貴族専用の学食メニューが、今まさに配膳されている最中だった。食堂スタッフが2人でワゴンから料理を出すと、一口づつ口に入れては、味に違和感がないか、毒が入っていないかをチェックをし、10分間黙って立ったまま確認してから王子に礼をした。
「毒見完了です。この料理の安全は保障されました。どうぞ安心してお食事をお楽しみください」
「ああ、ご苦労。今日は先生と話し合いがある。全員下がるように」
そう指示をするとスタッフ達は、
テーブルの上には、本当はきれいに盛りつけられたであろう料理が、あちらこちら食べかけの後を残した型崩れた姿になっていた。少なくともレイシアにはそう見えたのだが、王子もシャルドネ先生も何事もないように振舞っていた。
「どうした、レイシア? 皿になにかついているかのか?」
王子が不思議なものでも見るようにレイシアを見る。その目を見たら、昔お祖母様から食事の時に向けられた視線を思い出した。
「学食でも毒見が行われるのですね」
「何を今さら言っているんだ?」
王子は何を聞いているんだ? というような感じで聞いた。
「いえ、たまに行く一般の学食では調理したての料理を頂くので驚いただけです」
「そうなのか! 調理したてと言う事は、そちらでは温かい料理をいつも食べているのか!」
シャルドネが2人に言った。
「レイシアが使っている法衣貴族、騎士爵などがよく使う食堂と、アルフレッドが使う高位貴族用の食堂では扱いが違うのは当たり前です。使用する人間の立場の違いはそのまま周りの行動を変えていくのよ。一方しか知らないと戸惑うのは当たり前だし、他方がおかしく見えるのは仕方がないことね。生きているルールが違うだけよ」
レイシアには思い当たることが多かった。しかし、王子には高位貴族の生活しか知らないため、その違いを理解できるほどの情報量がなかった。
「そうですね。確かに違いは出ますね」
レイシアはそう言ってうなずいた。王子は納得のいかないような顔をしたが、話はここで終わり。
3人はそれぞれ自分が信仰している神に祈りを捧げ、食事を始めた。
「どうだ、こちらの食事は。いつも食べている食堂の料理とどう違う?」
王子は自慢気に言った。メニューにない特別なコースを振舞った。昨日のお礼になればと頑張ったのだ。
「このお肉は?」
レイシアは記憶にない味と舌触りの肉の種類を聞いた。
「これか? 子牛の肉だ」
王子が自慢げに言った。
「これが……子牛の肉」
レイシアは肉の断面を見つめ味わった。老いた牛の肉はたまに出回ることはあるがそれでも高級品、これから役に立つ子牛のうちに、潰して食べるというのは本当に贅沢な話。農村のターナー領ではあり得ない物だし、王都でも子爵程度が食べられる、いや食べていいものではない。
「ははは。うまいだろう? 昨日の礼としてはこのくらいでなければいけないかと思ってな」
嬉しそうに王子は語った。かなり執事たちに無理を言って用意させた子牛の肉。断られそれでも頑張って意見を押し通した。執事たちは、普段わがままを言わない王子が、真剣に意見を押し通してきたので、驚きながらも「一度くらいは」と用意したものだ。まあ、たまたま潰した子牛が出たという情報が上がり、タイミングもよかったのだが。
レイシアは、肉を観察しながら、もう一口味わった。
「そうですか。これが子牛の肉。確かに老いた牛とは別物ですね」
「そうだろう」
「これで、温かければもっとおいしいんでしょうね」
レイシアは、子牛のステーキとシチュー、おまけにパンまで温めだした。シチューからほんのり湯気が立ち、ステーキが乗った鉄皿からはジュウジュウと音が鳴り始めた。
「「レイシア、それは!」」
王子とシャルドネが声を上げた。レイシアは気にせずステーキを食べ、幸せそうな顔で言った。
「うん。肉は温かいと10倍はおいしいですね。せっかくの脂が固まってはもったいない。この流れるような肉汁も、温かければこそです。あっ、シチューも温めると別物ですね。うん、さすが貴族専用調理人の料理。素晴らしい出来です。なるほど。冷めている時は塩がきついと思っていたのですが、温かい状態で塩分量は合わせていたのですね。王子、調理人は冷めた料理の味見をしていないのかもしれません。一度冷めた状態で味見をするように提言したらいかがでしょうか? 料理のおいしさが上がるかもしれませんよ」
いきなり
「レイシア、あなた! それは!」
我に返ったシャルドネは、レイシアが王子の前で魔法を使った事に気づいた。レイシアは、シャルドネ先生が焦っているの最初は意味が分からなかったが、
「先生。アルフレッド様は騎士コースで一緒に教会での儀式を受けていたので、私に魔法が授かっているのをご存じなのですよ」
レイシアが言うと、王子もうなずいた。
「ああ。昨日も料理を温めているのを見た」
シャルドネは「はぁ」と息を吐くと、「これ以上他人に魔法を見せないように。アルフレッドも他人に話さないように。身内であっても駄目です」
シャルドネは王様にも言わないように釘を刺した。
「よろしい。ではレイシア、私の料理も温めてみなさい。あなたの能力をチェックしないといけません」
シャルドネは適当に料理を温める言い訳を作り、レイシアに命じた。熱々の料理を食べたシャルドネの目が見開いた。
「なにこれ! 温まるだけでこんなに美味しくなるの! もしかして今まで食べていた料理も! ああ、だからあのグロテスクな料理もおいしかったわけ?」
シャルドネは、ターナーでの内蔵料理を思い出しては少しダメージを受けた。
「お、俺も! 俺のも温めてくれ」
「は? なんで?」
すぐに温めて貰えると思った王子は、レイシアが断ったことが理解できなかった。
「先生は私の能力をチェックするためということで温めさせたのですよ。アルフレッド様は昨日体験しましたよね。2度行う必要性は感じないのですが」
しかし、目の前で熱々の料理を食べている二人を見て冷たい料理を食べなければいけないというのは何という苦痛。いや拷問? 王子は反論を始めた。
「おまえだって温めて食べているじゃないか! お前が温めているのにどんな大義名分があるというんだ!」
「私が私の能力で私のために何をしようが自由じゃないですか」
「ずるくないか?」
「当然の権利です。それに、先生からむやみに人前で魔法を使うなと命ぜられていますので」
さんざんやらかしている割に、こんなところは律儀なレイシア。
「先生の前で、そんなにホイホイ魔法を使えるわけないじゃないですか」
冷たい皿を見ながら肩を落とす王子。
「金……金なら払おう」
「お金? 持ってないじゃないですか、アルフレッド様」
「あうっ!」
「それになんて言ってお金を貰うんですか? 食事を温めてもらったのでお金下さい? 大体いくら払うつもりなのでしょうか?」
「い、いくらかだと? そうだな、温めてくれたら金貨1枚くらいなら」
「馬鹿ですか! 市場経済壊さないでください! まったく、料理温めただけで金貨ですか!」
「まあ、そのくらいにしなさい、レイシア」
二人を見ていたシャルドネが、クスクス笑いながら止めに入った。
「あなた達、夫婦漫才でもしているのですか? おかしすぎて笑いをこらえるのが大変」
そう言いながらも笑い続けるシャルドネ。
「まあ、温めてあげなさい、レイシア。どうせ食べるならおいしく頂いた方がいいでしょう。あなたへの報酬は私が支払いましょう。アルフレッドへの今日の料理のお礼です。そうですね。銀貨1枚でどうでしょうか?」
「そんなに?」
「ええ。あなたの魔法にはそれくらいの価値があるわ。それにこの料理は銀貨5枚以上かかっているわね。そうでしょう?」
「ああ。そんな感じだ」
レイシアは、改めて料理を見つめた。
「学食で昼食が大銀貨5枚⁉」
レイシアは引いた。いつも行く方なら100回食べることが出来るじゃないと思いながら。
「貴族の食堂でも、普通はもっと安いわよ。そうね、安いのだと小銀貨5枚くらいからかな」
「小銀貨5枚ですか! お昼ごはんですよね」
「あら、格安よ。まあいいから温めてあげなさい」
レイシアは王子の料理を温めた。王子は熱々のステーキにナイフを入れると、口の中に放り込んだ。
「軟らかい。それに良い香りが……。肉とはこんなにも美味いものだったのか」
ガツガツと食べ終えた王子は、バタン! と机に手を置き立ち上がった。
「レイシア! 俺の専属になれ!」
「はいぃ?」
「毎日俺の側で温めてくれ! 俺はお前がいないと駄目になりそうだ」
「落ち着きなさい、アルフレッド! レイシアが困っているわ!」
「なぜ?」
「あなたなんて言ったの」
王子は今言った事を思い出しながら、感情を抜いて言い直した。
「毎日俺の側で温めてくれ! 俺はお前がいないと駄目になりそうだ」
「それってまるでプロポーズみたいじゃない!」
シャルドネが王子に突っ込む。自分の言葉を確認した王子、今度は
「い、いや違! 違うんだ、レイシア! そう、メイド! 専属メイドとして俺に仕えないか?! そう言う意味だ! 温めるのは料理! ほら、お前は平民になりたいとか言っていたではないか。就職先に王室のメイドはどうだ? 給料もいいし、安定した就職先だろう? そうすれば、俺はいつも温かい食事ができ、お前は高給取りだ。王室ともつながりができ、領も安定! ほら、ウインウインではないか?」
慌てふためいてる王子の提案に、レイシアは「嫌です」と一言でぶった切った。
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