非常識なの?
「いいねえ、君たち。面白いわ。Aクラスがこれで解散なのはもったいなくなってきたわ」
シャルドネがこらえきれずに笑いながらそんなことを言い始めた。
「どうかしら、毎日お昼ご飯は一緒に食べるというのは」
「それはいい!」
「嫌です!」
シャルドネの私欲丸出しの提案に、2人はすぐに反応した。
「ほら、先生もこう言っているんだ。どうだレイシア、昼食だけでも一緒に取るという素晴らしい提案を受けようではないか」
「嫌です! 大体いままでアルフレッド様とランチを一緒に行っていたサロンみたいな方々はどうなるんですか! 絶対恨まれます。大体私にメリットがないじゃないですか」
「しかし、温かいご飯が!」
「温かいご飯食べたかったら、安い食堂に行けばいつでも食べられます!」
「そうか!」
納得した王子を
「駄目よ、アルフレッドにレイシア。考えてみなさい。ごちゃごちゃとした食堂に、いきなり王子と取り巻き、着飾ったお嬢様方が優雅に入ってきたらどうなると思うの! 場違いもいいとこよ。それに、安食堂でも毒見は必須です。立場上、何出されても冷めた料理を食べなきゃいけないのよ」
シャルドネの言葉にガックリと膝を付く王子。落胆ぶりが半端ない。
「レイシア。一国の王子を
シャルドネは言いながら笑いが止まらなくなった。自分の言った言葉がツボに入ったようだ。
跪いたアルフレッド(王子)
戸惑うレイシア(気分平民)
笑うシャルドネ(担当教師)
カオス。……カオスとしか言いようのない空間が発生した!
「……帰っていいですか?」
レイシアは、死んだような目をしながら帰ろうとした。
「ははは……いや待って、レイシア」
シャルドネは必死に笑いを抑えながら、レイシアを止めた。
「アルフレッドをこのまま返したらどうなると思うの。これでも王子なのよ。周りも困るけど、何があったか真っ先に調べられるのここよ! 私達よ!」
「はぁ」とため息ついてレイシアはシャルドネを見た。
「私にどうしろと言うのですか? 嫌ですよ、メイドになって就職とか。私は貴族の面倒くさい付き合いから脱して、田舎で特許を取りまくってターナー領を豊かにするんですから」
レイシアは自分の言葉に驚いた。もやもやしていた自分の将来が、こんな所ではっきりするとは!
「そう。それがあなたの夢? 目標なのかな?」
「はい」
レイシアは胸を張って言った。6%の呪いはいまだ進行中。
「そう。やっぱり面白いわねあなた。来年私のゼミにおいで。他のゼミは無駄よ」
急に真面目になったシャルドネ。レイシアは戸惑いながら聞いてみた。
「教えてくださるんですか? 発明」
「いいえ、うちのゼミは放任よ。何も教えないわ」
「意味ないじゃないですか!」
レイシアが言うと、シャルドネは真面目に答えた。
「いい、他の先生はいろいろ教えてくれるかもしれない。けどね、それはその先生の思っている、知っている事だけ。あなたみたいな人は自分で学ぶ方向を決めるべきよ。誰かのコピーになりたいのなら別だけど。特許ってね、新しいことを見つける事でしょ。誰かの思想をなぞって出来るとでも思っているの? これが正解って教えたがる人の下で、新たな正解を生み出すことは出来ないの。私はあなたに教えない。けれどね、私はあなたを否定しない。伸ばしてあげるわ、あなたの非常識をね」
「非常識?」
「常識を知らないと非常識は理解できないわね。あなたは立派な非常識よ。そうね、常識がどれだけくだらないか知るために貴族コースを受けるのはいい機会かもしれないわね」
「私、普通ですよ」
「あのね、普通の人は王子を跪かせて絶望の底に落とさないの! この状況だけで非常識なの。普通は王子に求められたら断らないの! 全力で断るって何! あ~! この状況何とかしないとヤバいわよレイシア」
せっかくの真面目な教師バージョンだったシャルドネは、レイシアの普通発言のおかげで現実に戻ってしまった。
「だから私にどうしろと!」
「そうね、少しでいいからアルフレッドの希望を叶えましょう。できれば一度ではなく継続的に」
「どういうことですか?」
「そうね。アルフレッドの執着は『温かい料理を食べたい』よ。あなたがそれを受け入れればいいだけよ」
「私にとってメリットがないです。面倒くさい状況が訪れるのが目に見えています」
シャルドネは、言い切ったレイシアを見て頭を抱えた。
「王子に気に入られるのって普通はメリットなのよ、レイシア!」
「そうは思えません!」
「あなたにとってはそうかもしれないけど普通はそうなの!」
「付随する面倒くささしか思い浮かべられません!」
目の前でまだ落ち込んでいる王子を見て、レイシアとシャルドネは顔を見合わせた。レイシアの気持ちは分かる。しかし教師としてこれではいけないと思ったシャルドネが、王子のフォローを始めた。
「あー、そうよね。いや、よく考えて。ほら、アルフレッドにもいいところが沢山あるじゃない。ほら、顔とか」
「興味ないです。顔の良しあし」
「頭もいいし」
「そうですね」
「剣術もトップクラスだし」
「そうですね」
「あー、顔はともかく、他は全部あなたの方が勝っていたのよね」
「はい」
フォローにならず、身もふたもない会話に、さすがの王子も我を取り戻した。
「ひどくないか、俺に対して」
レイシアは素直に返した。
「事実ですから」
「「そういうとこ!」」
シャルドネは、レイシアをたしなめた。
「いくらそれが事実であっても、そう言う事はやんわりとぼかすように言うの。それが世渡りよ。貴族であろうが、平民であろうがそれは必要なスキルよ」
「そうですね」
「アルフレッドも。いちいちそんなことで落ち込まない。王族ともあろうものがなにをしているのですか! 恥を知りなさい!」
王族として。その言葉を聞いた王子は、姿勢を正した。
「そうだ。俺は王子としてひざまずくなどしてはいけないんだ。レイシア! 俺はお前に負けるわけにもいかないんだ」
そんな一方的な宣言に、どうしたらいいのか分からなくなるレイシア。
「しかし、お前に勝てるチャンスがもはや途絶えてしまった。俺はそれが悔しい」
心からの王子の言葉に、シャルドネは教師としての責務を感じた。
「そうね。アルフレッドとレイシア。あなた達はAクラスの単位は修了したわ。学力は問題ない。でもね、人として未熟ね。どう、月一回補習を開催するわ。時間は昼前の3時限目から午後の4時限目。お昼は3人でディスカッションをしながら食べましょう。食事提供はアルフレッド。王族として縛りがきついからね。レイシアは、それを温めなさい。温めた報酬は私がだすわ。どう? レイシアは自分の夢に近づくチャンスを得られるし、報酬もある。アルフレッドは温かい食事ができるし、レイシアに勝つチャンスが出来る。損するのは私だけよ。研究時間が減るし、報酬も払わないといけないわ」
温めた料理を食べることが出来るメリットをあえて外してシャルドネは提案した。
「そうですね。それくらいなら」
「俺としては、毎日でもいいぞ!」
「嫌です!」
「では週一」
「無理です!無くてもいいんですよ、私は!」
その言葉で、王子はあきらめがついた。
「では月一Aクラスの授業をお互い受けようレイシア。食べたい料理があったら早めに言ってくれ」
機嫌がよくなった王子は、調子に乗って言い放った。レイシアはその姿を見て小さく「はぁ」とため息をついた。
月一のAクラスの授業が開催されることが、ここで決まってしまった。
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