中古屋

 放課後、レイシアはサチと一緒にイリアから聞いた貴族街の外れにある古着屋に寄った。下級法衣貴族の住む住宅街の中にある店は一見普通の家のようだが、小さい看板がかろうじてお店であると、ささやかな主張をしていた。


 重い木製のドアを引くと「ギギギー」と金具の音が鳴り響いた。

 店の奥から大柄な中年の女性が現れた。


「いらっしゃい。ん? はじめてだね。ようこそ中古屋コニーの店へ」


 店主は貴族街にあるとは思えないような口調で挨拶をした。

 レイシアは「中古屋?」と聞き直した。


「ああ。ここは中古屋。いらなくなったものを個人からしいれては安く売る店さ。品物を担保にしてお金を貸すこともある」

「ああ、質屋ですか」


 その言葉に店主は反応した。


「質屋。ああ、庶民街ではそうも言うけど、貴族の方々はそう言うとプライドが許さないのさ。だから中古屋。まあ、質屋だね。あんた何者? 制服着ているから学園生でしょうけど、メイドもつれているしそれなりの貴族かい? でも中古屋を知らないのに質屋は知っているって変だね。お客さんかい? それとも冷やかしかい? もしかしてにせ学生? 学生証は持っているのかい?」


 じっとりとした視線をあびながら、レイシアは答えた。


「ええと、私は学園2年生のレイシア・ターナーです。学生証もあります」


 レイシアは、学生証を取り出し店主に見せた。

 店主は学生証をいろいろな角度から見ながら、最後に書いてある文字を見た。


「どうやら本物のようだね。子爵家のお嬢様かい。珍しいね、お嬢様が制服で出歩くとは。馬車も使ってないようだし。今日は一体何の用でここに来たんだい? 小遣い欲しさに貴金属でも売りたいなら歓迎するよ」


 レイシアは、自分が奨学生であり、平民になるため1年生は授業を選択していたこと。急に貴族コースを受けなければいけなくなり、ドレスがない、そもそもドレスについて知識がない事を話した。


「それは大変だね」

「大変なんです」


 レイシアが答えると、「はぁ」とため息を吐きながら店主が言った。


「いくら使えるんだい?」

「いくらあったら足りるのでしょうか?」


 店主はフムと考えた。


「まず聞くけど、ドレス用の下着はあるのかい?」

「下着ですか? 下着に種類があるのですか? 本にはそんな事書いていませんでした」

「ああ、ドレスの種類が書いてある本に下着のことなど書くわけがないね。そこは常識範囲だし」

「常識ですか!」


 レイシアの反応に、店主は苦笑いした。


「さすがにうちの店でも下着の中古販売はしない。まあ、そう言うのを扱ってる店もなくはないが……変態なオヤジが買って行く店だね。おすすめはしないよ。下着はちゃんとした店舗で買うんだね」

「新品の下着って、どれくらいかかるのですか?」

「ただでは教えられないよ。情報は金だからね」


 店主はニヤッと笑って答えた。


「小銀貨5枚。初回だから安くしとくよ」

「高くないですか? 小銀貨2枚なら払いますけど」

「おや、面白いね。貴族なら言い値で払うのに」

「貧乏ですから。平民の市場では値切らないとなめられますし」


 店主はその言葉を聞いて大きなわらい声を上げた。


「あはははは。筋金いりかい? おもしろいねあんた。でも、正式な店でやったらいけないよ。ここは、平民と貴族を結ぶ中古屋コニー。あんたみたいなどっちつかず、大歓迎よ。いいわ、小銀貨3枚で」


 笑いながら店主は金額を引き下げた。レイシアも小銀貨3枚を素直に払った。


「あんたのイメージより高いよ。貴族の感覚は。そうだね、全部そろえるとなると……。覚悟して聞きなよ。質やデザインなんかですぐ値が変わるからねぇ。あんたは安いのでいいんだろうけど……でも子爵家だしそれなりのものをすすめられるだろうね。そうだね、最初に頼まなけりゃいけないのはコルセットだね」


「コルセット?」


「ああ。体に合わせて作らないと役に立たないからね。成長期だと何度か作り直さないといけないし、作るのに2ヶ月はかかるから。授業で使うのなら早く作ってもらえるけど、それでも1ヶ月は見ないと。料金3~4割増しで10万リーフはかかるわね。もっとか? そうだね、20万リーフまではいかないと思うけど、17万リーフは覚悟して」

「えっ、下着ですよね」


「下着だよ。だぶだぶなお嬢様のウエストをいやという程締め上げて細くする夢なのか拷問なのか人による矯正下着さ」


 店主は悪い顔をして続けた。


「もちろん。まだまだあるわね。パニエ、クロノリン、ペチコート、着るドレスによって必要な下着も変わる。あんた、母親から習わなかったのかい?」

「母は、7歳の時に亡くなりましたので」


「そうかい。悪いこときいたね。でも子爵だろ、後妻とかいないのかい?」

「はい。そんな余裕はなかったです」


  店主はレイシアの全身を品定めするようにながめ、ウエストの細さと貴族らしくない先の丸い靴を確認すると、レイシアの手を取ってまじまじと見た。


「あんた、どこかで水仕事でもしているのかい? それとも農家でも手伝っているのか? 平民だって、あんたぐらいの子供でここまでの手をしたヤツは少ないね」

「はい。去年まで喫茶店でバイトしていました。それから、冒険者もしています」


「冒険者だって!」


 店主は驚いた。子爵家のお嬢様が冒険者。しかも、王都の子供ができる冒険者のイメージはドブさらいとか、レンガ運びとか、ネズミ駆除とか、そんなイメージが強い。


「本当に金がないんだね、あんた」

「はい。あ、でもこう見えて、結構稼いでいるんですよ」


 レイシアの笑顔に、店主は勝手に同情していた。


「そうはいってもねえ。金貨30枚とか無理だろう?」

「金貨30枚ですか! そんなにかかる物なんですか?」


 レイシアの驚いた顔を見て、店主はため息をついた。


「ああ。うちで……そうだね、日常使いのドレスを買うなら春服でデザイン遅れ、男爵クラスでも金貨5枚は最低かかるね。それにちょっとした余所行きのドレスもないと社交ができないから、そっちで金貨10枚。夏は学園休みだからいらないんだろう。その時また売りにおいで。汚れ方にもよるけど、綺麗だったら4割、まあ普通は2割5分で買い取りしているのさ。あ、下手に洗濯とかして型崩れしたら買い取れないからね。それに、ブローチやらネックレスやら、なんだかんだで最初にかかるのが金貨30枚からだよ。うちの店の最低コースさ。それでも最初から新品で買うと思えば3割程度さ。これが払えないんだったら、所詮貴族コースなんて無理だろうね。他にも金かかる所らしいからね。うちは男爵家や、貴族に色目使いたい法衣貴族のお嬢様方が顧客にいるけどさ、みんな資金繰りに必死になってるよ」


 レイシアは、金額の高額さに驚いた。


「ギルドカードの残金を確認してから出直してきます。有用な情報、ありがとうございました」


「ああ、それがいいさ。身の丈に合わない世界は苦労するだけ。どうしても必要なら、その時はまた相談に乗ってやるさ。法衣貴族の余所行きドレスとかもあるから、必要な時はまたおいで。就職する時必要になるかもしれないしね。他にも学園生が卒業する時売りに来た、授業で使う道具とかもあるから。困った時は見においで。役に立つかも知れないさ」


 店主はレイシアを客として帰した。それが精一杯の優しさだった。レイシアは、貴族として着る服の値段に何とも言えない不条理さを感じていた。しかし、昔お祖母様と買い物に行った時の事、お祖父様と金額について話したことを思い出した。


「そうね。これからお祖父様と食事があるから相談してみましょう」

「それがいいですね。レイシア様」


 隣にいたサチが答えた。店の中では話すことが出来なかったサチ。


「それにしても、すごい金額ですね」

「そうね。でもお祖父様やお祖母様に言わせれば、お金を使うのも貴族の責任らしいわ。昔そう言われたの忘れていたみたい」


「しかし、金貨……。平民には必要のないお金ですが、貴族の方ってすごいのですね」

「そうね。お祖父様とか見ていると、銅貨のように使っているわね」

「分かんないですね。私達には無縁のものですから」

「そうね。私も必要がなかったから下着にこんなにかかるとは……。まあ、」


 レイシアとサチはその足で商業ギルドに行って、残高を確認した。お祖父様の入学祝(100万リーフ)でマグロ包丁(15万リーフ)等を買った残金と、黒猫甘味堂のバイト代、等々。いろいろと使ったが、まだ残っているはずだ。数々の特許料は借金返済のためお父様に届くようにしているからそんなに入っていないはず。

 奨学生であっても、やはりマグロ包丁に様にいくつかの授業で使う私物はお金がかかる。今回のドレス等もその範疇はんちゅう。授業でかかる大きな買い物はギルドカードで買ったが、日々の食費や文具などの小物代として、必要な分だけ銅貨と銀貨で下ろすだけなので、多分困ることなない程度には残っているとレイシアは思っていた。


「最低で金貨30枚。300万リーフ。そんなにあるとは思えない……」


 ギルドの受付が、レイシアに金額を書いたメモを渡した。


 524万8500リーフ。金貨52枚以上の残高だった。


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