閑話 オヤマー領主の崩壊

 お母様から呼び出された。二人きりで話をしたいということだ。俺は久しぶりの王都に足を踏み入れた。


 やはり王都は活気が違う。


 最近のオヤマーはどことなく寂れている感じがする。気のせいかと思っていたが、王都の活気に触れると、子供の頃の活気があったオヤマーを思い出してしょうがない。


 あの頃は楽しかったな。たまに親父から街に連れ出されていった子供の頃の記憶がよみがえる。屋台で食べる焼きたての串焼き肉の味。


 ……帰ってきたらお母様から怒られたな。貴族としてその様なことはしないようにと。そう。お母様から貴族としての生き方を学べば学ぶほど、親父のやり方が三流だと分かった。職人にヘラヘラするような親父には貴族としての矜持がない。貴族としての振る舞いが全くなっていないんだ、親父は。


 お母様のように生粋じゃないから。


 姉はそんな親父の影響を受けたのだろうか。お母様の勧める縁談を断って駆け落ちなんかしやがった。そのせいで俺の縁談も一度目が流れてしまった。今の嫁はお母様からしたら不満だらけらしい。愛情はお互いにない。貴族の結婚などそんなものだろう。


 王都のような活気がなくなったのは、結局親父と姉のせいだ。災害があったことも急に亡くなったことも大変だとは思うが、だからと言って無利子であれだけの大金を貸し出しか? そのまま返せないかもしれない相手に。教会からも嫌われて、貴族内でも信用されていないターナー領だぞ。お母様と結託して親父を引きずり下ろし俺が領主になったんだが、親父はいつも邪魔をする。法衣の役人も平民の職人も俺の言うことを聞かない。ターナーに貸し出して減った財政を何とかしようと頑張って提案しても、皆親父の意見を求めた。


 俺は親父のおまけじゃないんだ!


 少しずつ、少しずつ人員を入れ替え、金のかかる部署を減らし、無駄を省いた。

 それでも、税収は上がらず少しずつ税を上げた。


 仕方ないじゃないか。領地と今の生活を維持するにはお金がかかる。それだけではない。これから伯爵を目指さなければいけないんだ。お母様がそう望んでいるのだから。


 そんな思いが頭の中をぐるぐる回っているうちに、馬車はお母様が住む別邸についた。



「あなたのお父様が王国から離れました。三ヶ月ほど他国に行って帰ってきません」


 お母様は嬉しそうに俺に言った。


「そうですか。それが?」


 お母様が親父を嫌いな事は知っている。嫌いというか認めていないというか。だから普段から会わないようにしているんだろ。今さら国内にいようが国外にいようが接点がないには一緒じゃないか。


「何を言っているの? 三ヶ月ですよ。やっと来たチャンスです」


 何の?


「離婚です。教会に手を回しますよ。私が離婚のための陳情書を書きます。あなたがサインをして教会に申請しなさい。そうですね、領主でもないのに勝手な事業を行っていることがありましたよね。あれです。、王都で開店させた『マイム』などと言うレストラン。あれは領の資金で運営されていますよね。レイシアが行う事業にお金を出そうとしているのは知っている? あれはあの人の個人的なお金しか動かしていないみたいですが、勝手な事を! 他にはそう、教会から孤児院を独立させてオヤマーの領主管理にしようと目論んでいるらしいわ。オヤマーの正当な血筋は私とあなたです。あの人は単なる婿養子なのです。それなのに未だに大きな顔をしているのです」


 『マイム』か夢の米という意味が込められているレストランだ。おかげで米の評判が上がって消費量が増えている。王子様が通っていると評判になっているから、あれはありがたいんだが。


「いけません。あの人にそんな権限はないのです。あなたもしっかりしなさい。あなたは教会に寄付を行い、私の離婚の後押しをしなさい。私はお茶会やパーティーを開き、あの人の悪業を広めながら伯爵になるための地ならしをいたします。あなたの嫁にも言っておいてちょうだい! 若い人たちへの賛同を増やすように言いなさい」


 嫁姑はメンドクサイ。仲が悪くてもこういう時は連携できるのか。


「ひと月以内に受理されれば成功です。異議申立期間は二週間。あの人に情報が届いて慌てて帰っても離婚が成立した後ですわ」


 お母様が楽しそうに笑う。ひとしきり笑った後、表情が一変した。


「あの人は貴族というものが分かっていないのです。それで私がどれだけみじめな思いをしてきたかなんて……。美しい少女の時代も、娘盛りの頃も、妙齢な時代も、いつもいつも侘しく過ぎ去っていった。チャンスがなかったのよ。今さらだと思う? でもね、やっと訪れたチャンスなのよ。あの人と別れられる、最初で最後の……」


 そう言って涙を流した。


 分かりました、お母様。お母様の言う通り行動します。任せて下さい。お父様を追い出して恨みを晴らしましょう。


 それにしても寄付にパーティーか。離婚をするならこの機会に本気で伯爵を目指さなくてはいけない。かなりの貴族の推薦がいる。贈り物やら裏金も増やさなくてはいけない。その前に教会か。離婚を早急にみとめてもらわなければ!


 税収が減る中、資金はどこから出せばいいんだ? 今以上に税率を上げるか? 借金をするか。


 



 あれ? 俺は本当に伯爵になりたいのか? 俺は何をしたいんだ?


 まあいいや。お母様の願いだ。お母様の言う通りやれば間違いはないだろう。そう。俺はお母様に育てられたのだから。

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