執事喫茶出資者会議 三回目
「お祖父様がいない間でもみんなで計画を進めていきましょう。いろいろと変更はありますが、よろしくお願いします。では。私達の新たな商会で働いて頂くオープニングスタッフが一人決まりました。商品開発のポマール・ヴィーニュ。私の先輩で、侯爵家の三男です」
侯爵家と聞いてカミヤが思わず紅茶を吹き出してしまった。今回のメンバーはレイシア・カミヤとメイの親子・元店長シロエ・執事喫茶店長候補のナノ・そして新人のポマール。カミヤとメイだけが学園に通ったことがない純粋な平民。侯爵という高貴な貴族にはとても慣れない。
「し、失礼しました」
とあわててテーブルを拭きながら、ぺこぺこと謝っている。お店のメイドたちは冷静にテーブルを拭くのを変わり、新たなお茶を持ってきた。
「ポマール……ヴィーニュ………………です。…………よろ……しく……」
間が開くたび、息を詰めるカミヤ。不敬にも(大丈夫か?)と心配をしてしまった。
「すごいんですよポマール先輩は。私と魔道具を作れるのはポマール先輩ぐらいなんです」とカミヤに言った。
「魔道具を作れる?」
「これ」
ポマールが完成した頭髪乾燥機を取り出した。
「レイシア君のどこでもかまど。……あれを元に……作って……み……た」
「これは王女様が欲しがっている魔道具なの。先輩の基礎研究と発想力があってこその成功品よ!」
「いや、……レイシア君の……アドバイスの……おかげ」
会話のテンポが合わない天才同士の褒め合いが続く。話が先に進まない。
「温かい。これで髪を乾かすのか。確かに女性にとっては夢のような商品だな」
カミヤがドライヤーのスイッチを入れたり切ったりしながら性能を確認しながらつぶやいた。ナノも興味津々。舞台のメイクの時、ヘアスタイルを作るのに役立ちそうだねと褒めた。
「私のアイデアを形に出来るのは私自身かポマール先輩だけなんです!」
レイシアが二人になるのか……。なら変わった性格でも仕方がない。
そう思ったら誰もポマールの加入に反対するものはいなかった。
◇
「では私から報告いたします」
カミヤが会議を通常の流れに戻した。
「現在、王女を中心にした使節団がニューガーター帝国に渡航しております。その中にオズワルド様も参加しています。そのため、レイシア様の王家と貴族からの扱いが変更されています。王女様が帰還なさるまでは、社交界並びに学園でレイシア様が王女の庇護下にあるということは極秘にするように関係者には通達がありました。そのためレイシア様の王室への出入りは禁止。カミヤ商会が石鹸並びに洗髪剤を王室に運び込んでおります」
カミヤの報告に頷くレイシア。
「そうですね。ですから商会の立ち上げも延期になりました。来年の春以降に変更になります。執事喫茶につきましては変更なくオープンをする予定ですので、今まで通り進めて下さい」
「では私から報告いたします。王都の執事喫茶に関しましては順調に内装が出来上がっています。順調に……というか、異常なほどに。会員制の執事喫茶、さらに場所も会員のご夫人様達から提供された一等地。そのため、内装も会員様達が集まって好きに魔改造を行っております。私が立ち会ってステージの広さと雰囲気は伝えていますので問題はないのですが、我々が予定していた金額の数十倍、いえ、もしかしたらそれ以上の内装になっているかと思われます」
「それって、寄付なのよね」
「そう伺っています」
「ならいいわ。公爵や侯爵、もしかしたら王女様も来られるのですから。みなさまが納得するグレードのものを使いたいのでしょう。さすがにこちらでそれだけのものを揃えたら予算がおかしくなるし。ご厚意に甘えましょう」
「……ソウデスネ」
貴族の価値観について行かなくては! そう思いながらも飛び交う金額の桁数に慣れないメイ。
「家賃なし、内装料なし。メイさん、素晴らしい成果です。その分サービスを充実させればよいのです」
失敗できない……。期待が大きすぎる……。
にこやかに褒めるレイシアと、プレッシャーに押しつぶされそうなメイ。
「まあ、サービスに関してはボクたちに任せたらいいよ。メイ支配人」
見てられなくなったナノがメイに助け舟を出した。
「お願いしますわ、ナノ様~!」
泣きそうな顔でナノを頼るメイ。元々ガチファンのナノ様が優しくしてくれる。それだけで最高のご褒美。気を取り直して報告を続けた。
「王都はそのような感じで進んでいます。問題はオヤマーの店舗です。不動産屋から、あまりよくない話が流れてきました」
「どんな話?」
「近々、オヤマーの課税額が上がりそうだ。それに伴って家賃が軒並み上がるだろう、という話です。税率のアップで物価が上がれば、飲食店を使うお客様も減るのではないかと。特に日常必要な食堂はともかく、喫茶店や高級レストランなどは売り上げが下がると思っているようです」
「税率が上がる? お祖父様はそんなこと言っていなかったわ」
「失礼。私もその噂は他から聞いております。娘が言うようにオヤマーの税率が上がるであろうと。税率は現当主と役人で決めること。オズワルド様には権限がないのです」
レイシアはなるほどと納得した。
「私の情報では、現領主はオズワルド様と仲がいいわけではなく、オズワルド様が興した政策を数々潰しているとのこと。そのためにオヤマーの景気は落ち、働き盛りや若者の王都への流出が相次いでいるようです。オズワルド様がレイシア様のメイド喫茶をオヤマーに作りたかったのは、若者の流出を止めたかった面もございます」
「そうでしたね。お祖父様が若者のためにと言っておりました。しかし、家賃がどのくらい上がるのでしょうか? カミヤさん、メイさんと一度税率が上がった時の経営状況をシミュレーションしてみて下さい。一定の利益は確保できなければ、出店の見直しも視野に入れなければいけないわね」
「そうなると、今訓練している執事役の子はどうなるんだい」
ナノがレイシアに尋ねた。劇団員の就職先にもかかわる問題なので、撤退されるとかなり痛い問題になる。
「オヤマーが駄目なら王都で出すしかないわね。王都の近くでどこか同じような距離感でいけそうな領地があればそちらも検討してみても良いのですが。とにかく、オヤマーで開店できるように頑張りましょう。今の従業員の働き場所は確保します」
「それはよかった。ボクの方は順調に仕上げているよ。年末には公演もあるしね。イリアの脚本だから、劇場から公演回数を増やしてもいいって言われたしね。毎年三日だったのが五日間公演できるようになったよ。すごいね、売れっ子作家は」
「その事ですがナノさん」
ナノが機嫌よく報告をしているところに、カミヤが割り込んだ。
「こちらを。例のご夫人たちから昨日お預かりいたしました」
ナノが手紙を受け取り中を確認すると、驚きに満ちた声で叫んだ。
「何があったのナノさん!」
「こ、これ、本当に? うわ~!」
言葉にならないナノの代わりに、カミヤが説明を始めた。
「ご婦人たちはナノ様ひきいる歌劇団の公演を見てみたいと仰られ、新年の王室主催のパーティーが終わった後の二日間、貴族街で公演が出来るよう劇場をおさえたそうです。チケットの販売はご夫人たちのルートで行い、売れ残っても問題なく、チケット総額の六割を劇団に渡すそうです。一枚も売れなくてもです」
わなわなと震えながら、ナノは握りこぶしを作りながら吠えた。
「貴族街の劇場。夢が……夢がかなったんだ! 無理だって思っていたのに」
「皆様期待しておられました。必ず成功させてくださいね、ナノさん」
貴族専用の超一流の劇場。しかもチケットの完売分の六割が保証された。劇団に強力なパトロンが付いた。
「レイシア様! カミヤさん! ありがとうございます!」
「よかったですね、ナノさん」
「私は何も。必ず成功させて下さいませ」
ナノは興奮しながらレイシアに向かって報告なのか独り言なのか分からない話をした。
「今回、レビューでメイド喫茶のモチーフのコントを入れているの。執事喫茶の小芝居も入れないと!」
それを聞いたレイシアは、ナノの興奮がうつったのか、早口でほめ讃えた。
「それはいいですね。凄い宣伝になります。そうですね、それなら黒猫甘味堂から広告料を出さないといけませんね。いやこの際パトロンになりましょうか」
「本当ですか! それならばお願いがあるのですが」
「なに?」
「今、『王国少女歌劇団』と名乗っているのですが、さすがに出来た時より劇団員の年齢が上がって来て、このままこの名前でいいものかと思っていたんです。もしよろしければ黒猫甘味堂から名前を頂けないでしょうか」
「いいけど、どうするの?」
「『甘美・黒猫歌劇団』とか。これでしたらお店の宣伝にもなりますし、劇団のネームバリューも上がります。」
「よいですね。素敵な名前です。劇団の皆さんと話し合ってそれでよければ採用して頂いて結構です」
「ありがとうございます!」
「ナノ様~! おめでとうございます~!」
メイの祝福の言葉に、喫茶店のメイドたちが一斉に拍手をした。
幸せな雰囲気に満たされた店内。控えていたナズナがレイシアによって紹介された。メイド喫茶で新人バイトとして土日働くこと、卒業時にはナノの劇団に入り執事喫茶に勤めることなどを伝えられた。
結局、シロエは一言も意見を言うタイミングがなかったが、会議は良い雰囲気で終わることができた。
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