ナノと黒猫甘味堂
「あのね、夢がかなったの! 聞いて! あのね、とうとう王立劇場に出れるのよ!」
「ヨカッタネ、ナーシャ。デモソレ、実力ジャナイヨネ」
「もう! 褒めてくれてもいいじゃない。わたし頑張ったのよ」
「ウン。ソレハ知ッテルヨ。ナーシャハイツモ頑張ッテル」
「そうよね! もう、大好き!」
「ボクモダヨ。ナーシャ、君ハ頑張ッテイル。素敵ダヨ」
王国少女歌劇団の主催者ナノことナーシャは、メイド喫茶で行われた会議の最中に伝えられた貴族街国立劇場での出演決定の連絡に感情が振り切ってしまっていた。このまま稽古に向かってはいけない! そう判断したナノはアパートの自室に戻り、子供の頃からどうしても手放すことのできないお友達、猫のぬいぐるみの『にゃん』を抱きしめながら一人で話し合いをしていた。
「にゃんタン、にゃんタン! ほにゃ~!」
「ホラホラ、甘エンボウサンダナ~」
「だって……。知ってるでしょ、わたし、ほんとは可愛いものが大好きなんだって」
「知ッテイルヨ。部屋ノ中モ、コンナニファンシーダシネ。家ノ中デハ本当ノ自分デイナヨ」
「うん。ありがとう~!」
ナノはぬいぐるみに顔を埋めて泣いた。もともと女優を目指し劇団に入ったのだがその劇団は解散。仕方がなしに自分で旗揚げしたのが『少女歌劇団』。男性中心では叶えられない女優たちの立場向上と、安心できる環境を作るため、様々なおっさんたちと交渉しなければいけない。そこで、長い髪を切り男装して交渉していくことにしたのだ。
男性役としても人気が出、男装の麗人として下町の業界内では有名になりつつあった。
でも、本当は可愛いものが好き。それを知っているニーナが、先に働いていたメイド喫茶にナノを誘ったのだ。ナノはメイド服で女子に給仕をしている時が最高に幸せだった。女の子成分を満たし、精神は安定し、高給を得ることができる。完璧な職場だった。
しかし、執事喫茶構想が発表された。ナノはこれこそが劇団と劇団員が生活を安定させる好機と見なし、レイシアに直談判をした。それ以来ナノは自分を『ボク』と呼び、男役として日常も過ごすことにした。
絶対に執事喫茶を成功させる! その思いとで頑張った結果、部屋の中での可愛いもの好きがこじれた様に加速していった。
「にゃんタン! にゃんタン! 大好き~! はあ、そろそろちゃんとしないと」
「ソウダネ。稽古イッテラッシャイ」
「うん。頑張るよ」
ナノはもう一度ぬいぐるみを抱きしめ、丁寧に棚の上に置いて稽古場に向かった。
◇
「ナノ様が主催している『王国少女歌劇団』ですが、この度レイシア様のご提案によりこのメイド喫茶黒猫甘味堂グループがスポンサーとして応援することになりました~!」
朝礼でメイが発表すると、たくさんの拍手があふれた。
「ナノ様のご提案により、『王国少女歌劇団』は名を改め『甘美・黒猫歌劇団』になります。さらに、貴族街の劇場でも公演が決定しました」
盛り上がる朝礼。ナノが頭を下げまくりながら感謝を伝える。
「そこでです! 来週フェアを開催したいと思います。公演数も増え、チケットのノルマも上がったと聞いております。皆さま従業員には一枚ずつ黒猫甘味堂が買い上げたチケットを渡します。見に行った時間は仕事の時間としてバイト料を支給する予定です!」
「「「うわ~」」」と歓声が上がった。何とかしても見に行きたいと思っていたメンバーが大半だったから。
「それとは別に、ここ黒猫甘味堂のお客様には公演チケットの先行販売を行うことにしました。その宣伝として、来週から4回木曜日限定でイベントを行います。初回はオヤマーでの執事喫茶のイメージで、ナノ様始め数名の方々に執事の格好で接客してもらう執事デー。これは通常のメイドの中に執事も混ざる感じで行います。二週目は入れ替えごとに歌を披露するソングデー。三週目は執事たちと握手ができる握手会。そして最終週は初回と同じ執事デーを行います。ここで、執事喫茶の宣伝と、舞台公演の宣伝をがっちり行い、完売を目指しましょう! 私は全公演のチケットを買うつもりです」
メイは職権乱用する気満々。
「皆さんも好きなだけ申し出て下さっても結構です。従業員割引もしましょう」
「「「はいっ!!!」」」
「公演のチケットは来月発売いたします。まずはイベント参加の入場チケットですね。売り切って成功させましょう!」
「「「はい!!!」」
メイドたちはノリノリで返事をし営業を開始した。今日来たお客様にチラシを配りイベント特別予約券の存在を教えると、チケットが飛ぶように売れた。一人四回分の一セットまでと制限を付けていたのだが、翌日には売り切れてしまい追加イベントを行わなければならなくなるほどの評判だった。
公演チケットも売れに売れた。もともと人気が高かったキジ猫とメガ猫。この二人が少女歌劇団のスター、ナノとニーナだと発表をし、さらに執事の格好で接客。メイド喫茶に慣れてしまった常連さんが、開店当初のような驚きとときめきを取り戻していた。
「開店当時、こんな感じだったよね」
メイがランとリンに言うと、「「そうでしたね」」と頷かれた。
「初心忘れていたわ。もっと新しい事を取り入れましょう。マンネリって怖いわね。いつの間にかこれでいいと思ってしまっていたわ。新店舗も大事だけど、今のお客様も大切にしないといけないわね」
三人は小さな店でレイシアから振り回されながらも、お客様が満面の笑みで通ってくれていた日々を思い出していた。
◇
「疲れたよ~、にゃんタン」
「ドウシタノ?」
「執事で給仕していたけど、やっぱり黒猫甘味堂の可愛いメイド服で接客がしたいの~!」
「ソウナノ? メイサンニ相談シテミタラ?」
「キャラじゃないでしょ、そんなの。頑張って男っぽくしているのに」
「ホントハ可愛イガ好キナノニ」
「そうなんだけど~。このままだと男装しかできなくなるよ~。唯一のフリフリでいられる場所だったのに~!」
「レイシア様ノメイドトシテ学園ニ行ッテイルジャナイカ」
「あれは真っ黒のメイド服。それもいいけど、やっぱり可愛いのが着たいの」
「ソウナノ。ジャア、メイサンニ頼メバイイジャナイカ」
「いいのかな? ほら、期待されているのは男装だよ?」
「ギャップ萌エ」
「え?」
「ギャップ萌エッテ言葉モアルシサ。日替ワリデヤラセテモラッタラ?」
「そうか。そうよね。ギャップ萌えか~」
「ガンバレ~」
「気持ちこもってない! このこのこの! ムギュー」
「痛イヨ~。離シテ~!」
ぬいぐるみを頬に押し付けながら独りの会話は続いた。
その後、メイと相談し、たまにキジ猫としてメイド喫茶で生き生きと働く許可を得るようになったのは、また別のお話。
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