回収
「歌劇団の公演ですか。この夏帰らなかったから新年はターナーに帰らないといけないし、貴族街の公演を観に行くのは無理ね。帰らなかったらクリシュに怒られるわ。平民街の劇場、初日に観に行きましょう。って初日は25日か」
レイシアは来年の商会立ち上げまでのスケジュールをカミヤと調整していた。お祖父様と王女様がいないため、予定が大幅に変更されてしまった。ちなみに公演は12月25日と26日。27日28日は年末なので休演。新年に向けての準備で人が集まらないから。翌日1月1日は全ての仕事はお休み。公演は1月3日~5日まで。全て平日だが、かなり優遇された日程。貴族街の劇場は2月に行われる。
「まあ、11月の半ば過ぎにはみんな帰ってくるし、26日朝早くでればサチと二人なら28日のお昼には着くわね。カミヤさんは年が明けてからお祖父様とゆっくり来てください」
「分かりました。今はとにかく商業ギルドでの手続きを終わらせてしまいましょう。オズワルド様が帰られた時、すぐに次に進められるように」
「魔道具の細かな部品、外注する準備はどうなっています? ネジなどは市販品で十分ですが」
「フージの職人20人をランク付けしてあります。精密さが必要な部品をどこに頼むか振り分けて下さい。再来週、レイシア様には視察と交渉に行って頂きます。こればかりはレイシア様しかご判断できないと思いますので」
「再来週ね。三日間ぐらい? ではルル先生に調査のために学園を休む許可を取らないといけないですね。フージの職人たちのアポイントはお願いします。作って頂きたいのは50パーツ程なので、振り分けも考えないといけないですね。もう少し職人は増やせないのかな?」
「レイシア様の基準で製作できる職人を考えるとこれ以上は……」
「そうですね。質を落とせば作動しなくなることも考えられるし……。無理せず確実に作った方がいいわよね」
「そう思います」
カミヤとの打ち合わせは、ビジネスライクに進むのでスムーズで心地よい感じで進む。需要が伸びる洗髪剤のための油を他領から仕入れるアイデアや、今まさに収穫している米の販売ルートなど、次から次に溜まっていく問題まで親身になって動いてくれてもいる。
レイシアには、もはやなくてはならない存在になっている。頼れる味方を手に入れてお祖父様がいなくても調子よく進んでいた。
◇
シャルドネゼミが始まる直前、ルルから「来客があるからレイシアはそちらに行って」と声がかかった。「お昼の準備はするからね」と言い残し、レイシアは相談室に向かった。
来客はマックス神官だった。
「久しぶりです、レイシア様」
「お久しぶりです。マックス神官様。今日はどうしたのですか?」
レイシアが聞くと、マックスは声を潜めて言った。
「実は、オズワルド様に対してナルシア様が離婚のための手続きを行っています。ご子息で現領主のナルード様が教会に裏金を渡しておりますのでまもなく成立しそうなのです。今、オズワルド様は王国内にいません。おそらくそのまま離婚が成立することでしょう」
急な話に、レイシアは驚いていた。
「え? だってオヤマーはお祖父様が発展させたんですよね。お祖父様のアイデアは領の特許としていましたし、お祖父様が広げた業界が今のオヤマーの中心産業になっていますよね。離婚となるとお祖父様はどうなるの?」
「オズワルド様はもともと入り婿ですので、オヤマー子爵の直系はアリシア様とナルード様です。離婚が成立すれば、子爵の地位はなくなり、もともと法衣貴族でしたがその地位にも戻れません。平民として生活しなければいけませんね」
「そんな……」
「オズワルド様はオヤマー子爵家より追放される。その流れができてしまいました。レイシア様、オズワルド様のためにご助力をお願いします」
レイシアはマックスを真っすぐ見つめ答えた。
「もちろんです。お祖父様抜きにこれからの事業は進みません。マックスさん、教会の動きと状況、お祖母様とおじさまの動きを調べて下さい。私はカミヤ商会を通じて王家に相談いたします。お祖父様に手紙を書かなくては。とにかく分かっている情報を明日までにまとめて下さい。お願いします」
こんな時サチとポエムがいたら。そう思いながらも、教室に戻ってゼミ発表をしてランチを振舞った。その後、すぐに学園を出てカミヤ商会に向かった。
◇
次の日。学園に向かうため寮から出ようとした時、レイシアを訪ねに来た者たちがいた。
「レイシア様。お久しぶりでございます。オヤマー家の家令、ジョバンニでございます」
「お久しぶりです。メイド長のノエルです」
家令は子供の頃オヤマーのお屋敷で会った事がある。ノエルは……、お母様のお世話をずっとしていた側近のメイドだった。
「ノエルさん」
レイシアが懐かしく声をかけた。ノエルは表情を変えずにレイシアに言った。
「レイシア様。お久しぶりでございます。アリシア様がお元気でした頃が懐かしゅうございます。今は私、メイド長としてナルシア様に仕えております。ポエムはオズワルド様のメイドとして動いておりますが」
「ポエムさんにはいつもお世話になっています」
「存じております。本日はレイシア様に残念なお知らせをお伝えしなければいけません」
家令のセバスチャンは教会が発行した証書を両手で広げ、レイシアに見せながら読み上げた。
「離婚許可。前オヤマー領主・オズワルド・オヤマー氏(以下オズワルド)と、前オヤマー領主夫人・ナルシア・オヤマ夫人(以下ナルシア)は、ナルシアとオヤマー領主・ナルード・オヤマー(以下ナルード)の申し立てにより婚姻契約の解除を認める。申し立てによると、領の税金の個人的流用が認められる。そのため、オズワルドの個人資産は凍結し、オヤマー領からの横領相当の4倍を回収することをナルードに認める。異議申し立ては発行より二週以内に行う事……以上でございます」
お祖父様が横領? いきなり突きつけられた教会からの離婚証明書の内容に頭が真っ白になった。そこに感情の抜けた声でノエルが告げる。
「レイシア様。アリシア様はオズワルド様がナルシア様に相談もなく、アリシア様の若い頃のドレスの数々をレイシア様に差し上げたことをずうっと恨んでおります。レイシア様が悪いわけではないのですが、オズワルド様がこうなった以上、私たちはドレスを回収しなくてはいけません。仕事なのです。回収を拒否なされば、オズワルド様の立場がさらに悪くなります」
レイシアは頷くしかなかった。「女子しか入れないよ。そういうルールだ。学園は通していないんだろう」とカンナが家令の入寮を拒否したので、レイシアはノエルと数人のメイドを部屋に案内してドレスを引き渡した。
カラフルなドレスの色が無くなった部屋の中。お母様の気配が感じられなくなったガランとした空間で、レイシアはしばらく感情を失ったまま佇んでいた。
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