やるべきことをやるだけです

 しばらく何も考えられなくなったレイシアだったが、無理やりに腕を大きく広げて、スー・ハー・と深呼吸をした。


「ここで悩んでだって仕方がない。私は私のやるべきことをやるだけ。お祖父様が帰ってくるまでに情報を集めて、それと新商会の準備も……」


 流れ出した涙を振り払って、無理やりに唇に力を込め口角を上げた。


「ふふっ、別に好きでもなかったんだけど、お祖母様に恨まれているっていうのはなんて言うか、くるものがあるわね」


 どちらかというと苦手だし、普段関係していなくても、それでも身内は身内。どこかに愛情とか親愛とかそういうものが残っていたのかもしれない。嫌われているのは感じていたとしても恨まれているというのはダメージが強く出ていた。


「まあ、最初からドレスは借り物だったし、卒業したら返すつもりだったから。これでいいんだ。少し早くなっただけ」


 声に出して未練を放り去ろうとした。


「今やることをやるしかない。まずはカミヤさんに報告に行こう」


 そう口に出して顔を両手で叩いた。



「え? オズワルド様が離婚をさせられて廃爵にされるのですか? はあ、現領主様と教会がお認めに? 大変じゃないですか! なぜそのようなことに!」


「お祖母様の意向みたいです。これから二週間以内にお祖父様が異議申し立てを行わないと離婚が成立してしまうみたいなんです。……お祖父様、帝国におられるから無理ですよね。帰ってこられないですよね」


「今から手紙を送っても何日後に着くやら。急いでもサカまで二日。帝国行の船は二週間に一度のペースですから。……無理ですね」


「そんなに少ないの?」


「ええ。帝国の魔道船を使っていますので。帝国にも二艘しか現存していないのですよ。あとはガレー船か小さな船を乗り継ぐしかないのです。ガレー船は人力ですので移動速度が魔導船に比べると格段に遅く人件費が高いのです。」


「そうですか」


「はい。ですから、もしタイミングが良くてスムーズに運べば、オズワルド様が帰られるまでには12日かかります。レイシア様の所に来たのが早朝ですから、昨日以前に発行されたものですね。そうだとすればオズワルド様が到着するのは13日目。ぎりぎりいけるのか? 少しお待ちください」


 カミヤはサカから帝国への船の出航日を調べさせた。


「はあ、無理ですね。どう計算しても間に合わない」

「そうですか。どうしようもないのですね」


「先ずは教会に行きましょう。どのような条件の離婚なのか、きちんと確認しなければ。場合によっては商会設立にも影響が出るかもしれません」


「教会は王都の? それともオヤマー?」

「どちらでも大丈夫です」


「ではオヤマーの教会へ行きましょう。カミヤさん、どなたかに先にオヤマーのマックス神官にレイシアが相談に行くと伝えるように、どなたかに先にことづけてください。私は一度学園に行って、学園長と話し合います。しばらく学園を休むことになりそうですので」


 レイシアはマックス神官あてに簡単な手紙を書きカミヤに託した。カミヤは従業員にオヤマーの教会に先ぶれを出させ、レイシアを馬車に乗せ学園に向かった。



 学園長と話し合い、学外活動の延長と認めてもらえたレイシア。そのまま生徒会室に寄った。アルフレッドは姉の留学騒ぎのおかげで生徒会の仕事が増えた処理に追われていた。


「どうしたんだ、ここに来るなんて珍しいな」

「あなたに頼みがあるの、アルフレッド様。他人に聞かせられない話なんだけど」

「ああ、姉の関係か。分かった、じゃあ会議室を借りよう」


 アルフレッドは書類を片付けると、そこにいた生徒会の役員たちに指示を与えてからレイシアと出ていった。


 レイシアとアルフレッドが出ていった後、生徒会室では


「あれが噂の悪役令嬢?」

「アリアさんのライバル?」

「ずいぶんなれなれしかったわね」

「会長もまんざらでなさそうだったけど」

「アリアはどうする気なんだろう? 直接聞けないし」

「誰か情報ない?」

「私知ってる。あの子に近づいちゃだめよ……」

「なになに?」

「教えなさい!」


 などと、王子とレイシアとアリアのありもしない三角関係の噂話で盛り上がった。



「……そんな状況でお祖父様が大変なの」


 レイシアはオヤマーが経済的に困窮していることも含め、今の状況をアルフレッドに伝えた。


「そうか。もしかしたらこの離婚は、君のお祖父さんの個人資産を当てにしたものかもしれないな」


「え?」


「だってそうだろう? オヤマーが財政的に困窮している。君のお祖父さんはかなりの事業を個人的に行っているんだろう? それこそレイシア、お前がオーナーの喫茶店や新事業も。その財産を領の財政に汲み込めればとか思っているんじゃないのか?」


「そんなことないでしょう? だったら離婚なんかしなければいいじゃない。離婚したら個人財産が分配相続になるじゃない。離婚しなければ長子相続、一人で相続できるのよ」


「それでも別れたかったんだろうね、君のお婆さんは。別れたうえで個人財産のほとんどを今すぐに徴収したい。そう思ったんじゃないかな?」


「バカなんじゃない?」


「あるいは、無一文で放り出されたみじめな君のお祖父さんを見て留飲を下げたかったのか。そんな所だろう? こういう話は」


 他人の目から見ればそうにしか見えない状況。レイシアは身内の感覚だったのでそんな風に見ることは出来なかった。


「何でそんなことが分かるのよ」

「よく聞くからさ。王子なんかやっていると、子供の頃から社交界に顔を出さなくてはいけないからね。ご婦人たちのうわさ話やくだらないボヤキはよく耳に入ってくるのさ」


 小さい頃から聞かなくてもいい大人の会話を聞かなければならなかったアルフレッドは、他人事として夫婦間の嫌な所だけはよく知ってしまっていた。


「その事で、王妃に相談したいんだろう。分かった。今日母に伝えておくよ。日程決まったら教えるから。明日のお昼に図書館で待っているよ。報酬はお弁当でいいから」


 お弁当で貸し借りをなくす提案をしたのはアルフレッドの優しさなのかもしれない。右手を軽く振ると、そのまま生徒会室に戻っていった。



 カミヤと一緒に馬車でオヤマーの教会に行った。話は通っていたらしく、すぐに出てきたマックスを連れて、すぐ隣の商業ギルドへ行った。レイシアが受付に行くと、なじみの受付嬢が挨拶を始めた。


「いつもありがとうございますレイシア様。今日はどのようなご用件でございますか?」


 レイシアは商業ギルドでもかなりの高ランク商人。特許はいつもオヤマーで取っていたし、前領主オズワルドの孫であり秘蔵っ子。


「緊急事案です。ギルド長に面会を申し込みます」


 受付嬢はあわてて「かしこまりました。ただ今、ギルド長に伺ってまいります」と奥の階段を上がっていった。しばらくすると受付嬢が戻り、レイシアたちを二階のギルド長室に案内をした。


「お茶は私が出します。とにかく人払いを」


 レイシアがそう言ってティーセットをカバンから出した。ギルド長が人払いをし、扉が閉まると、レイシアが静かに戸を開けて、廊下に誰もいないか確認し、やっと話が始まった。


「オズワルド様の件でしょうか」

「そうです。ここでの話はお互いに他言無用にしましょう。私は神に誓います。その上で率直に聞きます。ギルド長、今回の件、どう思いますか?」


 レイシアは真剣な目をして聞いた。ギルド長とは最初の特許を取った時からの付き合いだ。レイシアが「神に誓う」という言葉の重さを確実に理解できる数少ない存在がギルド長。お互い神の奇蹟の秘密を共有する仲間だ。


 そのギルド長が立ち上がり、ドアを開けて外を見回した。誰もいないことを確認しドアを閉めたら、ゆっくりと椅子に座り直してから、静かにこういった。


「昨日教会から知らせが入っただけです。はっきり言って、ギルドとしては先行きが不安な懸案なのです。オズワルド様がいたからこそ、無茶な領地経営をおさえられたのです。このままではオヤマーの将来が不安でなりません。一体何があったというのですか?」


 感情を抑えているが、声に動揺があらわれている。


「こちらに領主からの問い合わせは?」

「ギルドにはまだ何もないです。ですから情報が少なすぎて困っているのですよ」


 レイシアはアルフレッドの言葉を思い出しながらお願いをした。


「では、お祖父様の個人資産をギルドで凍結してください。お祖母様やおじ様が勝手に引き出せないように。それからお祖父様の事業についてのお金の支払いについての資料を整理してください。調査費は私が払います」


 カミヤが何事かとレイシアに聞いた。


「もしかしたらお祖父様が帰ってくる前にお祖父様の個人資産を回収に上がるかもしれないとアルフレッド王子が提言してくださいました。万一に備えて凍結処理をしておけば安心です。領主と言えど王国全体のギルドに預けている個人資産は勝手に解除できないのですから」


「それはレイシア様ができるのですか?」


 金融に詳しくないマックス神官がたずねた。


「レイシア様だけでは無理ですが、レイシア様とカミヤ様がサインをなされば仮処理をすることはできます。複数人で事業を行っておりますので、そちらが上手く行かなくなる可能性が起こるからです。凍結は半年まではできますので、その間に処理なさってください」


 ギルド長が棚から書類を出すと、レイシアとカミヤはすぐさまサインをした。そこにギルド長のサインと割り印を押した。これでひとまずオズワルドの個人資産は誰も動かすことはできなくなった。


「ここだけの話ですが、教会の一部の者にかなりの裏金が回っているみたいです。私はその証拠を集めましょう。どう使うかはレイシア様にお任せしますが私の名前は出さないで下さいね」


 マックス神官はそう言うとおどけた様に手を広げた。


 それぞれがここでのことは秘密にすると再度神に誓い、話し合いを終えた。

 今できる事はこのくらいだ。レイシアとカミヤは馬車の中でも話し合いを続けた。カミヤ商会に戻るとカミヤはオズワルドが関係する書類を整理するように従業員に指示し、レイシアは部屋を借りてお祖父様と王女へ報告書を書いてカミヤに預けた。

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