480話 閑話 王女と皇子の策略

「それにしても、君の持ってきた洗髪剤? あれ凄いね。すっかり女性の中で君の存在が話題の中心になってしまっているよね」


 私を帝国に連れてきたライオット第三皇子がティーカップを片手に語りかける。ここは学食の生徒会員専用スペース。それも個室だ。二人きりでは外聞が悪いからサチが私の側についている。王子の側にはスチュワートという側近がいるわ。


「どうするんだい? 残りもそんなにないんだろう?」


 そう、持ってきた美容石鹸と整髪剤はまず王妃と皇女様達に献上した。その効果を知った高位の貴族夫人たちから私に問い合わせが相次いだ。思った通りの展開。だけど絶対数が足りない。


 気前よく渡せばいいと言うものではない。希少価値を上げるためには簡単に手に入ると思われてはいけない。もっとも、王国内でも好きに流通できる程数がないのよ!


 だから私は一日三名限定の洗髪サービスを始めた。私のメイドに湯着を着たままのご夫人の髪を洗髪剤で洗わせたの。


 誰を優先にするかはライオット様のアドバイスに従ったわ。あの失礼な第二皇子の派閥を冷遇し、ライオットと私の関係を示すために。


「次の船便である程度の数は入ってくるわ。私がいる間、洗髪ルームを開き続けるくらいできる程度はね」

「それで君が無事に帰らせてもらえると思っているのかい? まったく、君はとんでもないものを持ち込んでくれたよ」

「あら、ご好評ですわよ」


「君は一体どんな決着を望んでいるんだ」

「あら、帝国の望みはなんだったかしら」


 帝国は私を第二皇子の側室にしようとしている。第二皇子、正妻の息子の立場を上げ、側室の第一皇子の勢力を落とすためだ。さらに私を人質にすることで王国に有意な立場を作ろうとしている。


 そんな駒になる気はないわ!


 この際、どんな手を使っても帝国に嫁ぐことは阻止する。そのためにはライオットを利用するのが最善の手。そう思えてしまうのは、ライオットに誘導されているのかしら。


 そこが読めない程この男は底が知れない。学園祭でのあのアホみたいな告白は何か計算されていたの?


「あれかい? あれはそう、天啓だよ! 運命って人を愚かにするね」


 どうだか。へらへらした笑顔に腹が立つわ。


「あんな馬鹿兄貴より、俺の方がましだろ」


 俺がいいだろう、じゃなくましだろう? そう言われると違うって言えないじゃない。


「そうね。100倍ましだわ。でもあれの評価はマイナスだから」

「マイナス100倍かい。それは困るな~」


 真面目なのかどうなのか。本当に分からない。


「俺はいたって真面目さ。どうしたら信じてもらえるのだろう」


 芝居がかって言う言葉か?


「そうね。私は王国で仕事をするつもりよ。帝国で不自由な思いはしたくないの」

「そう、いいんじゃない?」

「あなたね!」


 気軽に言ってくれちゃって!


「つまり、俺が王国に籍を置けばいいんだろう? 新しく貴族籍をもらって二人で働けばいいじゃん」

「そんなことできるはずがない!」


 だって、あなたは第三皇子なのよ! 帝国が手放すはずないじゃない。


「そうかなぁ。だって君の石鹸と洗髪剤があれば社交界でのご婦人たちの意見はまとめられるでしょう。それに、帝国が喉から手が出るほど欲しがっている物を付ければ願いはかなうよ」


「皇子!」と側近のスチュワートが止めに入る。何? 


「いいから。それほど俺は君が欲しいんだ。そこのメイドさん、内緒の話に混ざれる? 命を狙われたくなかったらでていったほうがいいよ」


 おどけながら凄むなよ! やはり気を許せない。


「あれ、これやると泣き出すか逃げ出すか固まるんだけど。さすが優秀だね。君のメイドは」


 私のじゃないけどね。そう思ってくれるならそれでもいい。


「魔石が不足している。Aランク以上の魔物の魔石が必要なんだ。見つけてくれるかな、クラーケンの魔石」


 クラーケンの魔石? なにそれ?


「冬にサカの街にクラーケンが出たんでしょう。得体のしれない冒険者が倒したって聞いているよ。どこまで本当か分からないけど、料理人とメイドのパーティという噂だね。その魔石が欲しいんだ。王国は帝国に魔石を流してくれないだろう。それに、いくら探しても冒険者ギルドでは買い取りをしていないみたいだし、オークションにも出ない。王家に献上されたんじゃないかって思ったけど、それもないみたいだ。軍部も押さえていないようだし。困っているんだよね。帝国の周りにはAランクの魔物ってなかなかいないんだよ」


「Aランクの魔石を何に使うの?」


「それはね。……秘密って言いたいけど、君が僕のものになるなら教えるよ。隠し事はよくないからね。でもそこのメイドは聞かない方がいい。スチュワート、メイドさんとデートしてきて。10分位でいいから」


 本当にヤバい話みたいね。サチ、下がって。

 二人が出ていくのを見届けて、ライオットが真面目な顔になった。


「聞きたいかい?」

「あなたのものにならなくていいなら」


 ははっ、と乾いたわらい声を上げてライオット第三皇子は私の手を握った。


「それでこそ、俺が見込んだ花嫁だ。君達が帝国まで乗って来た魔導船があるでしょ。あの船の動力が魔石なのは知っているよね。君達の軍部で魔道具の兵器を開発しているようだけど、本当に効率の悪いものを作っているね。あの船はね、150年以上前に一人の天才が作った魔導兵器の一つなんだよ。Aランクの魔物から取れた水の魔石と火の魔石で50年以上は動かせられるんだ。まもなく一艘に納まっている水の魔石の魔力が尽きようとしているんだ。早急に魔石を手に入れないと流通も経済も大変なことになるんだ。帝国だけではない。帝国の技術に王国も頼っているんだろう? どうだい、その魔石と俺を交換するっていうのは。魔石のためなら放蕩ものと思われている第三王子くらい差しだすさ。今後も魔石を貿易品目に加える土産までつければ嫌とはいえないはずさ」


 確かに貿易船が動かなくなるのは王国としても手痛い。しかし、そんな話に乗っていいの? 


「女性貴族は君が石鹸と洗髪剤でおさえられる。輸入してあげると確約すればいいだけだ」

「それが難しいのよ。王国内でも品薄なのに」


「そうなの? でも君ならできるでしょ」

「考えておくわ」


 レイシア、何とかしてくれるわよね。


「男性は魔石で納得させられる。全体的に品薄だからね。君達の神は魔法に寛容だから。魔物も多いよね」


「帝国の神は魔法を否定しているのかしら?」

「そうだね。否定というより使えないといった方が正しいかな。奇跡はおきないんだ」


 神の話はどこまでしていいのか難しい。話を変えよう。


「でも私は誰のものにもなる気はないわ。あなたであろうが誰であろうが」


 そうよ。私は私の人生を歩むの。政略結婚したとしてもね、仕事はするわ。そのために努力してきたのだから。


「そうだね。君が俺のものになるのは不満なんでしょ。でもね、魔石での取り引きならこう考えられないかな。俺が君に買われるんだ。君のものになるんだよ。この俺がさ」


 え? あれ? そうなの?

ずるい。そんないい方されたら断れないじゃない。


「考えてみるわ」

「いいよ。お茶おかわりする?」


 強くベルを鳴らすと、サチとスチュワートが入ってきた。サチはトレイにお茶とお菓子を持って。


 しばらくたわいのない話をし、部屋から出た。



 帝国にある別邸に戻ると、すぐに会議を始めるため関係者を集めた。


 帝国はAランクの魔石を必要としていること。

 私を第二皇子の側室にしない方法。

 第三皇子を受け入れるべきかどうか。

 クラーケンの魔石は手に入るかどうか。


 結局、ライオット第三皇子の提案が一番現実的じゃない! 悔しいけどさすがとしか言いようがないわ。しかし、クラーケンの魔石か。どうやって探せば……。


「あの、キャロライナ様」

「なに、サチ」


「クラーケンの魔石、レイシア様が持っていますよ」

「なんで!」

「倒したので」


 どういうこと? 倒したって何? またレイシアなの? なんで? 



 レイシアをトップシークレットとしてから帝国に渡った私の判断を誰か褒めて! 

 こんなことライオットにばれたらいけない。

 私は帝国内でレイシアという名前を口に出すことを禁止にした。 

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