王妃とのお茶会

 お祖父様の件を王妃様に相談に行ったレイシア。王子も一緒にレイシアに付き合って側にいた。

 王は現在、帝国に向かって移動している最中。王女が帰る前に、帝国と交渉するために自ら行かなければならなかった。


 場合によっては娘を帝国に差し出さなければならないぎりぎりの状況。それを阻止したかった。


 王妃との謁見は個人的なお茶会のような形式で行われた。この問題を正式な陳情にしないためだ。教会が絡んでいるので必要以上に大ごとにはしたくないという王室側の思いが出ていた。


「あなたのお祖父様の事は聞いたわ。それはそれとして今日はゆっくりしていらして。悪いようにはしないから」


 王妃がそう言うと、お茶とお菓子が運ばれてきた。お菓子は料理長が直々に運んできた。


「レイシア様お久しぶりです。レイシア様から教えを受けた後、レイシア様のお菓子を元にした新作菓子を作ってみました。どうぞご賞味ください」


 ふわふわパンの生地を改良した薄く焼いたクレープ一枚一枚に、ふわっと泡立てたクリームを薄く塗っては重ね、塗っては重ね、たまにジャムを塗った生地も混ぜ重ねながら立体に仕上げたまったく新しいお菓子。ていねいに切り取られた側面は、黄色の生地と白のクリーム、時々濃い紫の葡萄ぶどうのジャムの差し色が見事に調和していた。


「凄い。綺麗な断層ですね。どのようなお味かしら」


 王妃に勧められ、レイシアがフォークの背でケーキを垂直に切り分けた。ト・ト・ト・ト・ト・とやわらかいクリームの間にある生地を切り取る手ごたえがリズムよく指に伝わる。


「不思議な感触だわ」


 王子はナイフで押しつぶしてしまっているようだ。王妃は二人のしぐさを確認してから、レイシアの切り方をまねて美しく切っていた。


「美味しい」


 レイシアの感覚では、もっと砂糖を少なくした方が好みの味。しかし、甘酸っぱい葡萄のジャムがみためも味も引き締めていた。


「いかがですか、レイシア様」


「素晴らしいです。クレープをクリームとジャムで包むところから、これほど手の込んだお菓子を作り上げるとは想像もしていませんでした。手間がそのまま味と歯ごたえに転換するとは思いませんでした。とても美味しいです」


 満足そうな笑顔を浮かべる料理長。


「南国にはスポンジケーキ……、というお菓子があるらしく、平べったい円柱のお菓子があるようです。それをイメージして作ってみました」


「スポンジケーキですか。レシピありますよ」

「本当ですか!」


「ええ。泡だて器を買った時にターナーの料理長が貰ったレシピ集に載っていたはずです。私が魔道具に夢中になっていたので、先に研究しておくからとターナーに持っていきました。夏に研究成果を聞くつもりだったのですが、帰られず残念です。この冬は帰りますので、春には教えますね」


 とんでもない情報が当たり前のように飛び交いながら、王妃主催のお茶会は進んだ。



「そろそろ本題に入りましょうか。トーマス、状況を説明しなさい」


 王妃が執事に向かって命ずると、空気がピリっと変わった。


「はい。教会に出されたナルシア・オヤマーの離婚申請書等によりますと、オヤマーの正当な血筋による系統者に婿であるオズワルド・オヤマーは入らない。元法衣貴族のオズワルドは義父である前々領主とオヤマーの発展に尽くしたが、オヤマーの領主としての領地経営以外に個人での投資や事業を行っている。そのため、個人資産は数十億を超えていると思われます」


「そうですか。それほどの個人資産を持っているのでしたら離婚などなさらない方が良いと思うのですが」


 王妃は素直に疑問を口にした。


「現在、オヤマーの領地経営は先代の時に比べかなり困窮しているようです。さらに現領主は伯爵位に陞爵するために各貴族をおります。かなり金銭が動いているもようです。その資金はオズワルドの個人資産を使っているかもしれません」


 ありえそうだな。と各々が頷いた。


「ナルシアの申請書によりますと、オズワルドの事業に領の資金を使っている。横領であると書かれています。それを理由に離婚の申請をしております。さらに、商業ギルドと王国の納税管理部領主一族の個人財産課に出されているオズワルド・オヤマーの遺産相続計画願書によりますと、オズワルドの個人財産は妻ナルシア、息子ナルードに二割ずつ。娘アリシアの子、クリシュ・ターナーとレイシア・ターナーに一割ずつ相続させるつもりですね。残りの四割は、オズワルドが個人資産で作った食堂や商店をまとめた個人商会の基金として寄贈なさるつもりです。その代表は……レイシア・ターナー? レイシア様の新商会に寄贈するとのことです」


「え? 聞いていない……です」


「この書類は、9月7日に出されております。おそらく帝国に行く時に、他国で何かあったらと思い提出されたものではないのでしょうか」

「お祖父様……」


 レイシアはお祖父様の思いが予想外すぎて呆然としてしまった。


「この遺産相続計画願書が、今回の彼らの行動に対し大きな意味をもっているのかもしれません」


「トーマス、その事を中心に調査を続けて下さい」

「はっ」


 レイシアは自分がお祖父様に対し、身内としてではなくビジネスパートナーとして対応していたこと。それは、子供時代にオヤマーで経験した心の傷が、実は未だに直っていないこと。あれだけ大嫌いなお祖母様にそれでも嫌われていると知った時傷ついたことの矛盾。

 そういった複雑な感情に混乱してしまい、王妃様に対しきちんとした対応ができなくなっていた。


「レイシア。大丈夫だ。もう終わりにしよう」


 王子がレイシアに寄り添った。母である王妃に、レイシアの体調がすぐれないからお茶会は終了してくださいと頼み、レイシアを馬車でオンボロ寮まで送っていった。

 

 


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