王と王女

 十一月上旬、ニューガーター帝国にガーディアナ国王が来訪した。

 先に一時留学していた娘の迎えと、そこに帯同して外交を行っていた内容を確認・その是非を話し合うためだ。


 特に、娘の婚約に対しては非常にナイーブな問題。


 帝国はいにしえの魔道具による戦略的優位性を持つ大国。

 一方王国は神に愛されし小国。魔法の現存する数少ない国。


 とはいえ、帝国は現在その技術は廃れ新たな戦略的魔道具を作り出すことはできず、また魔石を内包する魔物の出現率も国内では減っている。


 王国も神に見放されつつある現在、魔法の使い方も大雑把になり果てている。

 そのため、軍による魔道具の研究が行われているが、さしたる進歩がないのが実情。


 帝国としては、王国を属国化し魔石の安定供給と魔道具の技術を奪い取りたいと思っている。


 王国は、帝国と戦争を起こさせないことが第一。魔石の流出を停止するのが一番だが、交易船として動いている元軍艦が止まると王国だけではなく周辺国も困ることになる。


 そんな利害が複雑に絡み合っている中での王女と第二皇子との婚約要請は、王国にとっては受け入れがたいものではあった。だが、第二皇子が政権を取った時に軍事拡張派が力を持つことになり、王国との戦争の火種になる可能性が高い。


 非常に頭の痛い婚約に割り込んできた第三皇子の存在は、王女と王国にとってはピンチをチャンスに変えるのか、より複雑になり悪い方向に進めるのか、諸刃の剣のような存在になっていた。



「それで、お前としてはどう見えている? キャロライナよ」


 王は娘と二人きりで、率直な留学中王女として何を思ったか聞いた。


「さすがに帝国の繁栄ぶりは素晴らしいものです。学園には才能ある平民が奨学生として入学しています。レイシアのような奨学生とは全く違うのです。教会の妨害もないのですから、学問に触れる年齢も早いのですわ。八歳から入学できるのですよ」


「そうだね。今の学園長はその事を非常に問題にしている。だから十歳から教育できるようにしているんだ。教会からはいろいろ言われているみたいだからな」


「教会は必要なのでしょうか?」

「必要だ。魔法が王国を守ってくれている。魔法は神の恵みだ。その神を祀り加護を民に与えるのが教会。たとえば特許の奇蹟がなければ、技術が帝国に盗まれ放題になるんだ」


 神による特許の保護は、国外にこそ影響が高い。他国民は特許技術を使うことを許可されない。ターナーの温泉に他領のものが入ることができないのと同じような原理だ。


「それでも昔より神からは見捨てられている。最後に行った戦争のせいだ。完全に神に見放された帝国は、新たな神が仕立てられ人民を支配した。王族にはそう伝えられているんだ。お前も覚えておきなさい」


 教会が好き勝手にしても、中々王家が処罰できないのがこのせいだ。さらに法王は元王家の血筋。今の王族は腐敗した元王族を簒奪した新たな王の血筋。


 王女は父より王族にしか教えられない伝承を、「受け継ぐように」と教えられた。弟にもしも何かあったら、お前が伝えるようにと念を押されて。


「それで、第三皇子についてはどうなんだ? 王子達とも接触したのだろう?」


 王女は王族の関係と情報をつぶさにまとめたレポートを手渡して話した。


「先ずは皇女たちから報告しますね。皇女たちは洗髪剤を手掛かりに懐柔できています。第一・第三皇女が正室の娘。この二人は甘やかされて育っているのかかなりわがままで頭が悪いですわ。特に第一皇女ジュリア様は現在30歳。離婚調停中ですわ。公爵家でも扱い難く王も苦心しているそうです。第三皇女は侯爵家に嫁いだばかりです。第二皇女は第一側室の娘。他国におられるのでお会いできませんでしたが、かなり美しく才能のある方のようです。第四皇女は第二側室の娘。学園に通っておりまして仲良くさせて頂いています。賢いですし、意見もはっきりと持っていますので第四皇女という立場がもったいないお方ですね。一人はまともな王女が残らないといけないので、国外に出さないと思います」


 王がおや? という顔をしながら聞いた。


「お前の婚約の話をしようと思ったのだが、なぜ皇女の話を先にするんだ?」


「私が思う通りにならなかった時に、アルフレッドに矛先が変わるかもしれないではないですか。というか、そういう動きが始まっています」


「そうなのか?」


「ええ。女性の社交の話は公式では話せない情報がいろいろと混ざるものです。特に欲しいものが目の前にちらつきますと」


「らしいな」


「今なぜ離婚協議が行われているか。お父様はアルフレッドのために考えて下さいね。では皇子たちについて」


 第一皇子と第二皇子が、非武闘派と武闘派で派閥対立をしている。皇帝としての能力は第二皇子の方が適正はあるが、第二皇子になれば戦争に踏み切りたい軍部が活性化する。第一皇子は傀儡になるだろうが派閥が穏健派なのでこのまま周辺諸国と良い関係が築かれたままになりそう。第三皇子が一番能力が高く、自分としては皇帝になって欲しいが派閥がほとんどなく皇帝になったら内乱が起きそうだ。

 第三皇子と婚約をして、王国に連れてくるのが王家のものとしては最適だと思う。

 特に愛情とかは必要ない案件。


 そんなことを王に報告した。


「父親として聞くが、愛がなくても最善の案って……、お前、それでいいのか?」


「もちろんです。王族として当然ではありませんか。愛とか恋とか言っているから、お父様は失敗したのでしょう」


 あまりにもドライで辛辣な娘の発言に、父として二の句が継げなくなった王だった。

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