サチとレイシア

 オズワルド・オヤマーとナルシア・オヤマーの結婚解消が正式に許諾された。それにより、オズワルドの子爵籍は失効。一代限りの法衣貴族として登録し直された。


 オズワルドの個人資産は現在、ナルード・オヤマー、現オヤマー領主が差し押さえ請求をしている。オズワルドが業務上横領をしているという理由だ。

 一方で、カミヤ商会と黒猫甘味堂は、ビジネスパートナーとしてオズワルド・オヤマーへの差し押さえ請求に異義を申し立てた。そのため資金は商業ギルドが一時凍結し管理をすることになった。


 裁判はオズワルドが帰ってくる12月から準備期間を三ヶ月とし、2月の下旬に行うこととなった。


 その決定が下った十日後、11月22日に帝国から王女一行を乗せた船がサカの街に着いた。


 王と王女の手紙を持って、役人と護衛が早馬で王都に向かった。

 それとは別に、王女とオズワルドの手紙を持ってサチがレイシアのもとに単独で駆け出した。ポエムは王女の護衛を続けなければいけない。


 王都には本気で移動したサチが一番につき、オンボロ寮に24日の夕方にたどり着いた。



「レイシア様! クラーケン! クラーケンの魔石はありますよね!」


 サチは王女に何としてでもクラーケンの魔石のアリかを確認するように頼まれていた。もし売りに出したのなら、どこにいくらで売ったのか聞き出すようにということまで含めて。今後の帝国との交渉にどうしても必要なキーアイテム。それがクラーケンの魔石!


「ああ、あれ? ケルト師匠が欲しがっていたやつ」

「売ったんですか!」


「ううん。相場が分からなかったから値段を決められなかったのよ。オークションに出したら数千万になりそうだったから。夏は忙しすぎてオークションに出すの忘れていたの。そうね、冬のオークションに出しましょうか。売れたら四人で山分けしましょう」


「いいから! 今すぐ出して!」

「どうしたの? サチらしくない」


「王女様が億でもいいから魔石を差しだすように言っています。クラーケンの魔石は今帝国との交渉の第一級指定宝物です! これによって王女様の婚姻先が変わってしまうのです!」


「どういう事? ちょっと大きい魔石じゃない?」


「めちゃくちゃ大きい魔石なんです!」


 サチは手紙を渡して説明を始めた。

 第二皇子と婚姻したら王国の状況がひどくなる。帝国内も不安定になるから第一皇子を王にさせるために第三皇子が暗躍している。第三皇子を王国に引き入れるためには魔石が必要なこと。ザクっとした説明を終えたら、レイシアが聞いてきた。


「それなら、王女様の気持ちはどうなるの?」

「そうですね。キャロライナ様はそれが王家に生まれた者の使命だとおっしゃっております」


「そんなものなの?」


「レイシア様には恋愛とか結婚とか分からないですよね」


「そ、そんなこと……」

「分かりませんよね」

「……はい」


 そうだよね……と残念な思いでレイシアを見下ろした。身長差があるからだけではなく……。


「レイシア様まだお子様ですから」


 はぁ、とついたため息にレイシアが過剰に反応した。


「え? あれ? なんかおかしかった?」


「おかしいと申しますか……。残念です」

「残念なの?!」


「残念と申しますか……。女性としての機微が……。はぁー」

「なんなの~!」


「まあ、レイシア様はそのままで大丈夫です。一時は王子様からそれらしい雰囲気を感じましたが、レイシア様がまったく反応しなかったので……というかにぶいにも程がありすぎましたので、問題なしです」


「どういうこと?」


「分からないのも幸せです」

「なんか馬鹿にされてる?」


「まさか! レイシア様の才能に恋愛がないだけです! お金儲けに全振りしているだけですよ。素晴らしいです!」

「そうかな?」


「そうです! レイはね、好きに生きたらいいんだよ」

「急にサチが姉御のサチになった!」


「いいじゃん。そうじゃないと伝わらないでしょ」

「そうだね。いいよ。仕事じゃなく話して」


「レイ、あんたはね頑張りすぎなんだよ。まあ、それがいい所でもあるんだけどね。心配になるよ。それでね」


「うん」


「レイはさ、いま恋愛とか考えないでいいから。時期が来たら勝手に考えるからさ。今はやりたいことに集中しなよ」


「それはそうだけど……。さっきの何? 王子がどうとか」


「う~んとね……。二年生の頃、王子様はあんたの事をずいぶん気にしていたよ。好きだったんじゃない?」


「まさか!」


「だからそういうとこ。まあね、レイが気づかなくてよかったんじゃない? 恋愛に持っていけないでしょ」


「アルフレッド様と⁉ うん。想像できないね」


「そうだろうね。ま、今は王子に好きな人がいるみたいだし気にしなくっていいよ」


「そうなの? あ、そういえばそんなことを言っていたような」


「男爵令嬢で聖女のアリア様。生徒会員でいつも王子の隣にいる子よ」


「ふうん」


「いろいろある子みたい。サカの孤児院で育ってそこで聖女として見つけられた」

「あっ、サカの」

「そう。あの時聞いた話の聖女様」


「そうなの。上手く行くといいね」

「まあ、王子の相手としては力不足よね。爵位が低すぎだし、孤児院育ちだし。反対されるでしょうね」


「そうなの? 難しいね」


 王子には幸せになって欲しいと思うくらいには、親密感が増していたレイシアだった。


「じゃあ王女様は? 本当に政略だけで結婚するの?」


 サチはふふっと笑って言った。


「王女様は周りにそう言っているけどさ、第三皇子に心を奪われているよ。べた惚れされているからね。あれだけ愛をささやかれて、優しくされたら、恋に落ちているね。これは王女付きメイドの総意だよ。もう可愛らしいったらないよね」


「そうなの?」


「一人になった時のつぶやきがさ、『ライオット様は本気であのようなことを仰っているのでしょうか』とか、『この服、ライオット様は気に入って下さるでしょうか』とか『さっき言ったこと、失礼でしたよね。でも、急にあんなこと申すものですから! あ~! 嫌われてしまうのでしょうか!』ですよ。皇子の前ではツンツンしているのに部屋に帰ったらこうなんですよ」


「……そうなんだ」


「そうなんです……。あ、こんなこと教えたって言わないで下さいね」


「うん。言えない」


「だから第三皇子と上手く行くようにメイド一同願っているんです。レイ、キャロライナ様が帰ってきたらすみやかに魔石を渡して」


「分かった。協力するよ」

「そうして。他に流したら面倒くさくなるから」


 レイシアもサチも、王女様には幸せになって欲しいと同じ気持ちでその後おしゃべりを続けていたのは、また別のお話。

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