閑話 学園長と暗闇とククリ

◇学園長◇


「なんだこれは……」


 シャルドネ先生から渡されたレポートを見て、私は頭を抱えた。


「アルフレッドとレイシアの夏休みのレポートですわ」

「レポートなんてものじゃない!」


 私は思わず声を荒げてしまった。落ち着こう。落ち着かねば。


「あら、めずらしいですね。そんなに興奮なされて」

「仕方ないだろう。とても基礎教育中の二年生が書くレポートなんてものじゃない。情報、教育。どちらも改革、いや革命と言った方が良いほどの内容だ。これが世間に出されるとまずいぞ」


「教育の改革は、学園長の悲願なのでは?」

「そうだが、ここまで性急なものは出せない。情報の管理にしても、今回はたまたまこうなった、程度で押さえておかないといけないものを、このように構造化して提出し、汎用化出来るようになると……。教会がだまっていないぞ。私がやろうとしている教育制度の緩やかな変更まで潰されてしまう。そうなったら元の進歩のない停滞した状況に戻ってしまうではないか」


「書いた者が王子であっても、ですか?」

「ああ。むしろ状況はおかしくなるだろうな。レイシアだけであれば、最悪レイシアが消されるだけだろうが」


「そこまで……やりかねませんね」


 シャルドネ先生も分かっているだろう。教会の上層部の腐り具合がどれほどのものか。


「『ラノベ作家撲滅作戦』。30年ほど前に教会が行おうとしていた計画。先生が教えてくれましたよね」

「ええ。……そうね。気を付けないといけないわね」


「このレポートは、時期が来るまで秘蔵した方がよさそうですね」

「そうね」


「しかし。クリフトもバリューも、辺境にいるからと言ってやりたい放題だな。羨ましいというか心配と言うか」

「そうね。また視察に行かないといけないわね」


 冬休みにでも行けるようにしておこう。


「しかし、それでか」

「なにがです?」

「ああ。今年の一年生、ターナー領の法衣貴族の成績だけが異常に良かったんだ」


 シャルドネ先生が首を傾げて、恐ろしいことを言った。


「でも、この計画はまだ実行されていないのよ」

「じゃあ、まだ実験段階なのか? もし、これが軌道に乗ったら……」


 教会にバレる確率が尋常じゃない程上がるかもしれない。あそこの孤児を見ていたら分かる。ヤバい! レイシアが無自覚じゃなくて、あの領全部が無自覚なのか⁉ あの天然ボケども! 少しは自重しろ!




◇暗闇◇


 レイシア・ターナーとメイド二人か。


 最初は魔法の授業報告を読んで興味を持った、全属性の魔法持ち。累乗で威力が弱くなる魔法ゆえ、魔法部隊の脳筋どもには理解できない可能性の塊。

 同じく実技でも学年トップを取った。ところが奨学生のため表の成績には現れず、知る者ぞ知る、知らない人の方が多い陰の実力者。しかも暗器使い。

 奨学生ゆえ、子爵家から平民に落ちることは確定している。武力だけではない。成績も非公開でトップだ。


 こんな逸材、100年にひとり出るか出ないかだ。ぜひ諜報部、いや俺の部下にしたい。アホ共に知られないように俺が育て上げたい。

 そう思っていたが、二年生から騎士コースを受けないことを知った。その時の俺の気持ちが分かるか? 何とかしようと時期を前倒しにし、俺は教師なった。かなり強硬な手を使うしかなかったが、それも必要だったからだ。


 なぜ貴族コースを取っているんだ? 補助員で冒険者コースを手伝うのに騎士コースは無視なのか?


 俺は何としてでもレイシアを騎士コースへ引き入れ、俺との関係を作り上げなければいけないと焦っていた。そこで俺はレイシアに、何とか騎士コースを手伝うコーチング・スチューデントになってもらうよう頼み込んだ。そこまではよかった。


そして起こった、あの騎士団との騒ぎだ。俺は驚きながらも興奮を抑えられなかった。なんだ、この人外の強さは! 見たこともない戦い方は!


 レイシアだけでなく、レイシアのメイド達まで異常な強さだった。あれには衝撃を受けた。古い文献を探った所、戦乱の時代には各領地に「メイド術」なる、暗殺あるいは防衛に特化した武術があったことが分かった。都市では廃れたのだが、どうやら辺境の地には残っていたようだ。


 なんとかあの二人も取り込むことはできないだろうか。暗部と相性が良さそうだ。


 今は帝国の動きもやたらときな臭い。女性王族、とくに王女を守ることができる侍従メイドの育成は急務だ。レイシアとあの二人が入ってくれると助かるのだが。


 騎士団、特に親衛隊の訓練にも暗殺を防止するための特殊訓練が必要になる。


 とにかくレイシアを中心とする彼女らを、取り込まなくては。


 まずはレイシアを取り込むため、軍部に興味を持たせなくてはいけないな。王子も巻き込めば確率は上がるか?


 俺はレイシアに、軍部の最高機密である「アレ」を見せることができるように、各所に働きかけを始めた。




◇ククリ◇


「なあ、レイシアのやつ、やらかしたぞ」

「え? 今度はなに?」


 レイシアの相談役として、ルルはあからさまに嫌な顔をした。分かるけど、まず話を聞けよ。


「騎士団に喧嘩売ってボロボロにしたそうだ」

「……はあ?」


 はあ? だよな。俺も信じられなかったが学園長が俺に伝えたんだ。


「力を見せつけるな。大人しくしておけって何べんも言っていたつもりだったが……。後のフォローは女同士何とかしてくれ。俺には手に負えん」

「ちょっと待ってよ! そんなの私にどうしろって言うのよ!」


 知るか! はあ。レイシアの規格外の力と状況に、なんとか卒業まではフォローしないといけないと思い、ルルと一緒に学園で教師になったのだが……。レイシアに冒険者基礎コースのコーチング・スチューデントをさせ、ルルを相談相手として置いたつもりだったが……。


 なぜこうなった?


 騎士団とのやり取りに、騎士コースのドンケル先生が噛んでいたそうだ。

なんとなくだが、あのドンケルという騎士コースの教師、レイシアに異常に執着しているように見える。雰囲気も隠しているつもりだろうが一般の貴族教師ではないな。ヤバそうな匂いがかすかだが感じられる。

 ちょっと調べて見るか?


「ルル、ドンケル先生とレイシアが会っていたら注意しておけ」

「分かった。なんか胡散臭いのよね、あの先生」


 冒険者コースと騎士コースでは関りは薄いが、実践を主にしている限りまだ関係性を持つことは難しいことではない。


 しかしレイシア。貴族コース行くから戦闘に関してはばれないで済むと安心したんだが、一体なににつられたんだ? 騎士コースなんてヤバい所に関わらないでくれよ。本当に。


 今度、ルルを交えてしっかりと話し合わないといけなさそうだな。まったく。

 冒険者ギルドにも相談しておくか。どのタイミングでどこまでランクをあげればいいのか? まったく、規格外の相手にどう対処すればいいのか頭が痛いよ。


「ということでルル、学園でのレイシアのフォローは任せた」

「ちょっとー、一人で逃げるのズル~!」


 逃げちゃいないよ。やることが多すぎるんだ。

 頼むからこれ以上騒ぎをおこさないでくれー!




 という願いもむなしく、レイシアでなく王子が騎士団でのことを本にして広めたよ。


 そんな展開になるなんて思いも寄らないじゃないか!

 ルルと本を読んだ後、お互い無力感に襲われたのは仕方ないよな。


 レイシアは? 実家に帰っている? このまま帰ってこなくていいのに……。


 そう思っていたが、また授業が始まった。。

 ドンケル先生の正体はなかなかつかめないが、それがかえって怪しさを醸し出している。


 注意は怠らない。それが冒険者として生き延びてきた我々の信条だ。





 …………………………作者より…………………………



 ちょっと閑話挟めさせて頂きました。レイシア視点だけだと分かんないことだらけだよね。おかしいな、三人称なのに……。



 『ラノベ作家撲滅作戦』

 これに関しては、第一部の終わりの方『レイシア13歳 秋』でちょっとだけ語られています。 

https://kakuyomu.jp/works/16817139555810310315/episodes/16817139558326116674

 伏線戻ってきました。って分かるか! という気の長い伏線ですね。覚えていなくても何も問題ありません。あの当時、不意に出て来た設定ですので。




『ドンケル先生』

 暗闇が使っている学園での教師名(仮)です。分かるとは思いますが一応書いておきます。




 久しぶりにククリとルルを出せました。なかなか絡めませんが、彼らもレイシアを見守っている大事なキャラクターです。全部書こうとすると膨大になりすぎるため出番は少なくなってしまっています。タイミングが合わないと出すのが難しいですね。

 今回は学園長と暗闇を書こうと始めましたが、ここで入れないと、と思いなおし、蛇足っぽいですがワンエピソード増やしました。


では、次回は暗闇がレイシアに軍の機密情報を見せる話になるのかな? 通常回に戻れるはずです。お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る