レイシア13歳 秋 

 結局、レイシアは奨学生として申請することになった。国から調査の役人が数名来て領の財政、個人財産など事細かに調べられた。レイシアの特許については、お祖父様が管理していたため気づかれることはなかった。


 レイシアは晴れて奨学生としての権利を手に入れることが出来た。


 それを耳にしたお祖父様は、レイシアに支援を申し出ようとしたが、息子たちがそれを阻止に走った。


 前回の養子の件が今だったら、もしかしたら国からの助力も得て上手くいったのかもしれないが、時期を間違えたおかげで、息子たちの思うように支援ができる道を外されてしまったのだ。


 そして、春には領主交代が行われることになった。お祖父様とお祖母様は、名実ともに隠居させられることとなった。

 といっても、悠々自適な隠居生活。息子が領主として下手なことをしないように、息のかかったものを重要な役職につけるように手配していた。


◇◇◇


 十一月


 11日はレイシアの誕生日。お母様の命日。親子3人で迎えられる、たぶん最後の誕生日。

 ささやかな、本当にささやかな誕生日会を、使用人たちと一緒に行った。


「これが私の特許案件の『握り飯』よ。みんな、食べてみてね」


 レイシアが、自慢げにテーブルの上の米玉改め握り飯を指し示した。商人に頼んで、王都から米を手に入れたレイシアが、みんなに食べてもらいたいと頑張ってつくったのだ。


「おいしいです。お姉様」

「本当に美味いな。レイシア、すごいな。よく考えついたな」


 弟もお父様も大絶賛。料理人トムとシムも作り方を知りたがった。


「う~ん。特許使用許可を取らないと作れないわ」

「ならば、使用料は私が払おう。レイシア、明日にでも教会で必要な使用許可を取らせなさい」


「(ここの)教会でできるのですか?」

「当たり前だろ。特許の申請は出来ないが、使用許可を取ることは出来る。でないと大変だろ?」


「そうなんですか? 分かりました。明日教会に行きます」

「では、特別な日にはこの握り飯をみんなで食べよう。いいな料理長」

「はい! ありがとうございます」


「やったー、お姉様のお料理、いつでも食べられるようになるんだね」


 弟クリシュは嬉しそう。みんなにこにこと誕生日を祝った。



◇◇◇



 今年は特許で返済額が400万リーフ程減っていた。かなり返済が楽になった。


「この握り飯が、これだけの価値を生むのか。レイシアの才能はどうなっているんだ?」


 領主クリフトは、親友である神父バリューに尋ねた。


「レイシア様の才能は、好奇心と固定概念のなさです。我々は、どうしても常識というか、固定概念で物事を捉えてしまいます。変化を嫌うのが美徳とされています」

「ふむ」


「それは、なぜだかお分かりですか?」

「なぜか? そういうものだろう。普通」


「普通。それで物事を考えなくしているのですよ。我々は考えることをしないように教育させられているんです」

「どういうことだ?」


「皆が新しいことを考えず、従順に、いつも通りの生活をしていればそれでよい。新しいことを考えるのは誰にとって危険なのでしょうか」

「何を言っているんだ? バリュー」


「レイシア様は、常識にとらわれません。常識を教える人がいなかったから。

だから自由なのです。この世界から見ると異端ですね」

「異端? バリュー、お前が教育したのではなかったのか?」


「私は知識を与えただけですよ。レイシア様にも、孤児たちにも」

「なんだと」


「クリフト様、あなたは教会を変えたかったのでしょう。可哀そうな孤児の実情を知って」

「ああ。今はよくなった。お前と2人で頑張ったからな」


「クリフト様、常識では駄目なのですよ。孤児が幸せになるのは。それが教会の教えです。神の教えではありませんけどね」

「なんだと」


「教会の常識では、孤児はさげすまれ、知識もなく放り出され、最下層の奴隷として扱われなければならないものなのですよ。クリフト様にその常識が無かったため、この領地の孤児は救われました。しかし、それは異端なのです」

「……」


「平民の識字率を上げない。新しいものは排除する。それが教会の常識です。王族もそれにならっています。それが常識だから」

「……何を言っているんだ……バリュー」


「30年前、ラノベという新しい小説が世に出た時、作者を暗殺しようという計画が教会で起こったのですよ。信じられますか? 新しい知識に敏感なのですよ」

「……そうなのか?」


「そのラノベを、新しい読み方で解釈しているのがレイシア様です。常識で計ろうにも計りきれませんよ。彼女の才能は」

「……」


「分かっていますか? この領の教会をここまで改革したのはあなたですよ、クリフト様。そして、その娘は常識にとらわれていない。教会組織としては、私たちは存在自体が異端なのです。その覚悟だけは持っていてください。どちらかというと、クリフト様の自業自得のようなものなのですけどね」


 クリフトは、若い頃の、いや、今においても正しいと思って行った行動が、間違っているとは思っていなかったが、バリューの言葉に戦慄せんりつを覚えたのは確かだった。

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