魔道具

「では、レイシアとアルフレッド王子。これから見るものは機密中の機密ですからね。コーチング・スチューデントを受けて頂いたお二人だけに特別にお見せするものです。いいですか、これは今までもこれからも、王族やコーチング・スチューデントだからと言って軽々と見せることはありません。それだけお二人の事を買っているのですよ。私も軍部も」


 暗闇ことドンケル先生はもったいぶった口調でそう言うと、軍部の研究所のドアを開いて二人を中に入れた。廊下を通り、突き当りの扉を開くと、崖に囲まれた広いグラウンドが現れた。


「ここが、研究所の野外実験場だ。そしてそこにある機械が研究中の魔道具。まずは見てもらいましょうか。では、よろしく頼みます」


 技術職の職員に声をかけると、二人いる職員の一人が説明を始めた。


「ようこそいらっしゃいました。アルフレッド王子とレイシア様。ここは軍部が誇る新型兵器の研究所です。昔はより良い投石器や使いやすい弓の改良などをメインで行っていました。現在も行ってはいるのですが、民間から15年ほど前に魔石から魔力を取り出す方法が論文として発表されたのです。それを元に我々研究員は新しい技術を開発し、ここに新型兵器を開発することが我々の課題となりました。これは国家機密です。ですから、ここで見たことは口外なさらないで下さい。これが新型兵器、魔道3号です」


 職員がカバーを外した。鋼鉄が日に照らされ、ごつごつとしたフォルムを輝かせる。飾り気のない必要なパーツだけで組まれた機械は、無駄のない機能美に見えた。


職員が魔導3号についているフタを外した。そして、アタッシュケースの中から手のひらサイズの四角く赤いキューブを取り出した。


「これは、火属性の大型魔獣から取れた魔石を四角く加工したものです。これをセットして魔力をエネルギーに変換するのです」


 魔石を入れフタを締める。そうして次々にレバーを引いた。


「これで、準備は完了です。これからファイアーの魔法をこの機械から発動します」


「装着よーし」「照準よーし」。手順確認を報告しながら、準備が進められる。カウントダウンが始まった。


 10・9・8・7・6・5・4・3・2・1


 ドゴーン、と大きな音を立て目の前の崖に拳で殴ったくらいの穴が開いた。王子とレイシアは、いきなり起こった衝撃に、体を固くして息を飲んだ。


「どうです! これが魔導3号の実力です。一般の魔法騎士が使うファイアーとは密度が違うでしょう? 分散させることなく一点に集中させることができるため、威力があがるのです。問題は魔石の確保と耐久性なのですが、まだまだ改良の余地はあります」


 誇らしげに説明を続ける技術職員。最初は固まったまま聞いていた王子だったがそこは男の子。最新の機械に興味が尽きず質問を始めた。そうなるとマッドサイエンティストに育てられたレイシアも黙ってはいられない。王子が有効な使い方を中心に質問するのに対し、レイシアは機械の構造と技術について質問を始めた。お互い興味対象が違うために、技術職員からしたら、めちゃくちゃ幅が広く奥の深い質問に答えなければならない。その質問は技術職の発想を促し、今まで見えなかった改良部分が分かり、20年ほど技術の進歩を早めることとなったのだが、それはまた別のお話。


 その後、客室に案内され軍の幹部と面会させられた。


「いや~。さすがにドンケル先生が推薦するお二人だ。若いのによく勉強している。アルフレッド王子においては、この理解力と頭脳でこの王国をより良き方向に進めてくれることが予見でき、まことに心強く思えましたぞ。いや、感服いたしました。それからレイシア君。君の知識と発想は素晴らしい。さすがドンケル君の愛弟子だ」


 レイシアは、(弟子ではないのですが)と言いたくなったのだが、そこは黙っていた。


「それでだ。アルフレッド王子にはこの研究所の大事さを理解して頂けたとおもっているのだが」

「はい。このような研究がわが国で行われていることに感動と期待を持ちました」


 王子は興奮気味に答えた。満足そうに幹部の男は頷いた。


「そう言ってもらえると職員一同感激しますな。ぜひ伝えさせていただくよ。レイシア君、君には期待している。卒業のあかつきには是非我々軍部に就職して欲しい。幹部候補生として採用させてもらうよ」


「私はまだ二年生です。進路はまだ決めていません」


「そうか? ドンケル君の弟子だからそのように育てていると思ったのだが」

「残念ですが、彼女はまだ私の弟子ではありません」


 ドンケルは、レイシアの表情を読み、フォローの言葉を発した。


「そうなのか? 弟子でもないのにここに連れて来るとは……。ドンケル先生はよほどレイシア君に期待しているみたいだな。レイシア君。弟子でないならなおさらだ。ここでのことは口外せぬように。それから、軍部では君を歓迎しよう。入隊すると確約してくれたら、いまからでも便宜を図ることを約束する。ドンケル先生の弟子として活動し入隊することを期待しているよ」


 レイシアは作り笑顔で「考慮します」と言うのが精一杯だった。


「いやぁ、今日は本当に良い日だ。こんな素晴らしい生徒たちに合わせてもらい、ドンケル先生には感謝しかないな。ははははは。では、また会える日を楽しみにしているよ。アルフレッド王子、レイシア君」


 そう言って幹部の男は三人を退室させた。



 研究所から出た三人は、そのまま昼食をとるためレストランに向かった。店はドンケル先生が指名。個室ありのレストラン。もちろん料金は先生が持った。


 個室なので安心して先程の見学会について話し合うことができる。レイシアは軍と騎士団の違いが分からなかったので先生に聞いた。


「そうだな。軍は一般的にはあまり知られていない組織だからな。騎士団が兵の集まりだとすると、軍は頭脳なんだよ。諜報・軍議・外交の地ならし・防衛計画・武器の開発、そういった諸々の事をしているのが軍部なんだ。情報を集め管理するなど、極秘の物が多いのでね、なかなか一般に見えないように活動しているんだよ」


 情報? スパイみたいなものかな、と王子は思った。


「だからね、職員は一般公募をしないんだよ。才能があって信用できる人を個別に口説き落とすんだ」


「今回は私が口説かれていたのですか?」


 レイシアが聞いた。


「そうだねえ。僕としてはコーチング・スチューデントを受けて貰う時の約束を果たしただけなんだか、軍のお偉いさんは君の事をいたく気に入ったようだったね。平民になるなら、軍で働くのもありだぞ。給料はかなり良いしね」


 何気なさを気取って軍部への就職を勧めるドンケル。


「先生はもしかして……」


 王子のつぶやきをレイシアとドンケルが睨んて止めた。


「かしこいねぇ、レイシア。そういうの大事だよね」


 ニッコリと笑顔で話すドンケル先生に、笑顔で応えるレイシア。


「じゃあ、軍と騎士団の話はここまでだ。せっかくの食事だ。楽しく頂こうか」


 そう言って食事を再開した。

 微妙な空気が支配する中、三人は食事を終え、見学会並びに食事会は終了となった。

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