尾八原ジュージ

女友だち

 りりこに何度も何度も頼んで、あたしはようやく爪を一枚いただくことができた。ペンチで挟んで慎重に剥がした、ほっそりとした形の左手の小指の爪。タオルを噛んで涙と涎を垂らしながら爪を抜かれるりりこは物凄い顔をしていたけど、それでも見惚れるほど美人だった。

 爪をもらったあたしはりりこにいくらかお金を払い(友だちだからいいよと言われたけど、治療費にしてと押し付けた)、肉片のついた爪を大事に大事に両手で包んで持ち帰った。家に帰ると、殺菌したかわいいガラス瓶に爪を入れて祈った。どうかここからよいものが生えてきますように。あたしのりりこになりますように。

 ところがそうは問屋が卸さない。りりこの爪からりりこが生えてくることは、どうやらなさそうだった。黒ずんだ肉片から白くて丸い辣韮みたいなかたちのものがちゅるんと出て、どうにか目鼻があるのだけれど、とてもとてもりりことは言い難い。ちょっと可愛い気もするけど、りりこみたいに綺麗なものには到底なりそうもなかった。


「ようよう、どーかね進捗は」

 ある晩、酔っ払って千鳥足のりりこが、あたしの家にやってきた。あたしは彼女にガラス瓶を見せ、「こんな感じ」と言った。

「あー、これは駄目ですな」

「りりこから見ても駄目ですか」

 りりこは「返してもらっていい?」と言い、あたしの返事を待たずにガラス瓶を取り上げた。瓶から出された爪はヒイヒイ鳴きながらうねうねと暴れた。りりこはそれをぽいっと口に放り込み、くちゃくちゃぽりぽりと食べてしまった。

「めんぼくない」

「りりこが謝ることないのに」

 酔っ払ったりりこは、爪を剥ぐのをどんなに嫌がったか忘れてしまったらしい。崩れるようにあたしにもたれかかって「今度もっといいとこあげるね。指とか、舌とか」と囁いた。あたしはお酒の匂いとりりこの体臭でくらくらした。

「そんな、悪いよ」

「いいよ、わたしたち友だちだもん。でも今度ね。今度酔っ払ってないときにね。お酒入ってるときは駄目だから」

 うわ言のように呟きながら、りりこはほっそりした指で、蜘蛛が獲物を捕らえるようにあたしの顔を挟んだ。友だちって何、と思いながら、あたしはりりこと長い長いキスをした。

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尾八原ジュージ @zi-yon

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