父の秘密

黒っぽい猫

父の秘密


結婚式の1週間前、実家に帰って自分の部屋を整理していると、不意にドアの外から父の声がした。



「ミユキ、入っていいか?」


「いいよ。なに?」



部屋に入ってきた父は床にあぐらをかいて座り、しばらく黙って窓の外を眺めていた。青空に白い雲がぽっかり浮かんで見えた。私は作業の手を止めて父が何か言うのを待った。



「ミユキにひとつだけ言っておきたいことがあってなぁ」


「なに?」


「ミユキは料理が得意だよな」


「まあね。元々料理は好きだし、お母さんにもいろいろ教えてもらったから」


「マサト君に朝食を作ってあげたことはあるか?」


「うーん。まだないかな。いきなりなに?」


「ウチの朝食はいつもトーストとベーコンエッグだよな」


「そうね。ソーセージやハムのこともあるけど」


「実はなぁ。お母さんには内緒だが、朝食はご飯と味噌汁が好きなんだ。子供の頃からずっとそれで育ってきたからな。パンが嫌いとかではないんだよ。でも、やっぱり朝はご飯と味噌汁が食べたい」


「そうなの?初めて聞いた。お母さんにソレ言ったことないの?結婚して30年にもなるのに?」


「ない。お母さんの料理は美味しい。ただ朝食がいつもトーストなのが唯一気になった。家庭を持って初めの頃は毎朝トーストだとは思わなかった。そのうち慣れるとは思ったんだが、朝食はやっぱりご飯と味噌汁がいい。出張でビジネスホテルに泊まったときの朝食はいつもご飯と味噌汁にしてる」


「そうなんだ。じゃ30年も毎朝ガマンしてトースト食べてたの?」


「いや、ガマンするほどのことじゃないけどな。まあ、言いそびれたというか」


「それで?」


「うん。マサト君には朝食はパンがいいかご飯がいいか聞いてあげて欲しい。ふとそう思ってな」


「わかった。聞いてみるよ。それだけ?」


「ああ、それだけだ。お母さんには秘密だぞ」



そう言うと父は立ち上がって部屋を出て行った。





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