カバンの中の私。

高岩 沙由

自分を殺める

 深夜の侯爵邸、1階にある私の部屋の窓叩く音が聞こえてきて、蝋燭を片手に窓の外を確認する。


 男性はコートのフードを目深にかぶり、足元には大きなトランクケースを置いていた。


 そこまで確認した私は窓のカーテンを引き、ベランダに続くドアに近寄ると、音を立てないようにゆっくりと開ける。


 男性は窓の近くからドアまで移動すると、トランクケースと一緒に部屋の中に入ってきた。


「こんばんは、お嬢さん」


 男性は低い声で挨拶をしながら、後ろ手でドアを閉める。


「挨拶はいらないわ。早く実物を確認させて」


 私ははやる気持ちをおさえ、低く小さい声で男性に指示を出す。


 男性は肩を竦めながら、足元に置いたトランクケースを横たえるとゆっくりと開けていく。


 その様子を蝋燭片手に私は見守る。やがてケースが開いた時に心の中で高らかに笑う。


「ありがとう。では、その女性をベッドに運んで」


「人使いの荒い人だ」


 男性は苛立った声でそういうと、しぶしぶとトランクケースの中から女性を出すと、横抱きにしてベッドの上に寝かせる。


「ありがとう。これが代金よ」


 私は近くにあるテーブルに、ちゃり、という小さな音を立てて袋を置く。


 男性はベッドから急いで戻ってくると、テーブルの上に置いた袋の中身を手に取り、紐を緩める。


 私は蝋燭でその周囲を照らしているが、紐を緩めた時に男性の眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった。


 そのまま男性は袋からゆっくりとお金を出すと下卑た笑顔を浮かべる。


「こんなに頂くとはね。ありがとうよ」


 私は何も言わずに、男性が入ってきたドアを顎で指し示す。


 男性はくつくつと笑うと、肩を竦めて部屋から出て行った。


 部屋の中央に立ったまま男性を見送った私は、ベランダのドアに近寄り鍵を閉めると笑いをかみ殺す。


「あの男性は間もなく死を迎えるわ。後はあの女性を始末するだけね」


 私は一人呟くと最終仕上げに着手するため、女性を寝かせたベッドに近寄り、サイドテーブルの引き出しに隠していた針を取り出す。


「自分と同じ顔している人間を殺めるのは、気分がよくないわ」


 私は一人小さく呟くと、ベッドで寝ている女性の首元に手を這わせ動脈を探りあてるとそこに先ほど取り出した針を刺す。


 針を動脈の中に全て入れ終えるが、女性は身じろぎせずに穏やかに眠っている。


 ベッドを後にした私は女性を運んできたトランクケースを閉じてクローゼットに格納した。


 かわりに荷物を入れたトランクケースを持ち出すと、そのままベランダのドアの鍵を開け外に出る。


「さようなら、私」


 それだけ言うと、屋敷の見張り番に見つからないように慎重に庭を横切り長い間過ごしてきた屋敷を後にした。

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カバンの中の私。 高岩 沙由 @umitonya

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