【エッセイ】駅ビルのメンズショップ

進藤 進

人生の中で一番の買い物でした。

昔々のことです。


バブルの頃で。

新入社員の僕は、破格のボーナスをいただきました。


何と、10ヶ月!

基本給とはいえ、その当時で150万円以上。


24歳の僕には、想像を超えた金額です。

親に仕送りしても100万円以上、残りました。


当時、住んでいたアパート。

月額、2万5000円。


会社の先輩から只みたいな値段だと言われました。

だけど、トイレは汲み取り式で。


それなりのアパートでした。


当然、それまで贅沢等したことがなくて。

衣服も安物ばかり。


駅ビルの中の●Q。

メンズブランドとしては、そこそこ高めでした。


学生時代を含め、5年以上、その店には通ってましたが。

ひやかしばかりで、買ってもバーゲンのTシャツくらい。


貧乏だった僕には、高嶺の花的な店でした。


それが、突然のボーナス。

それまでも月々の手当ては青天井の残業代。


死ぬほど仕事していたので。

毎月、基本給の2倍近くいただいてました。


貯金通帳の数字は倍々に跳ね上がり。

特に無駄遣いしないので、あっという間に100万円以上の額になっていました。


だから、年末のお買い物。

たまには、贅沢をと。


●Qをのぞいてみたのです。


元々、オシャレには無縁でしたが。

一応、美大を出ていますので。


センスというか、デザインを見る目はあります。

女の人のように慎重には選ばず。


ちゃっちゃ、ちゃっちゃと。

選んでいく内に。


総額15万円ほどになりました。

当時はクレジットカードなど持っていなくて。


念のため、銀行からおろしておいた現金が20万円ほど。

即金で払いました。


接客していたのが、男性2名。


漫才の阪神巨人の巨人さんにそっくりなオッサン。

当時のアイドル俳優の鶴見慎吾さん似の、ちゃらい若造。


今までは見向きもされなかったのに。

僕が少し試着しただけで。


「これ、買います・・・」

10秒以内の即決です。(笑)


繰り返す内に、レジカウンターに積まれていきました。

15万円程度ですが、10分もしない買い物ですのでインパクトはありました。


気恥ずかしいのと、短気な性格で即決だったからでしょうか。

たったの10分で、当時の二人のノルマは軽く超えていたのでしょうね。


あれほどの営業スマイルは人生の中でも記憶がありません。


「ありがとうございました~!」

二人は駅ビル端の自動ドアまで見送ってくれました。(50mはありました)


両脇に抱える荷物を重そうにして、僕は安アパートに帰りました。

人生で初めての「大人買い」の興奮に胸を震わせていました。


それでも何年も大事に着たので、それほど無駄な買い物では無かったようです。


そして、三日後。

何となく、●Qに立ち寄ってみたら。


鶴見慎吾と巨人さんが。

「進藤さ~ん!」と走ってくるのです。


今でもハッキリ、覚えています。


エラの張った巨人さんと。

茶髪の慎吾さん似の若造。


それまで貧乏学生の僕が。

チヤホヤされたのです。


店の片隅で僕を見つけると。

ダッシュで走ってくるのです。


皆様はこんな経験、ありますでしょうか?


たった15万円程度の買い物なのに。

僕の短気な性格が良かったのでしょうか。


今でも、思い出すとジンとくる思い出です。

二人は今頃、どうしているのでしょうか?


その時も、ワイシャツやネクタイ。

5万円くらい買ったでしょうか。


「ありがとうございました~!」

満足そうな二人に見送られ、駅ビルをあとにしました。


僕の人生で一度キリの、おしゃれな買い物の思い出です。


それ以降。

●Qには近づきませんでしたけど・・・。(^o^)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【エッセイ】駅ビルのメンズショップ 進藤 進 @0035toto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る