第五節 浮き上がった真実

 ヴァダースの言葉に、その場にいたヤクとスグリは目を見開く。対してアヤメは、それほど驚いた様子は見せていない。まるでロプト・ヴァンテインが活動していることを知っているかのような、ある種の余裕すら垣間見えた。


『……まさかその名前が出てくるとは。確かに彼が動いているとなればそれは世界の脅威ですが、犯罪者組織と手を組むことについては、考えさせていただきたい』

「それが当然の反応でしょう。敵の敵は味方、というには貴方方にとってはこちら側カーサも呈して差がないくらい、悪事を働いていますからね」

『それがわかっていて、何故こちらに協力を持ち掛けるのですか?』


 シグの質問に、ヴァダースは淡々と理由を述べていく。


「単純なことですよ、陛下。こちらの戦力不足を補うためです。それこそ二年前、貴方の部下たちの手により我々カーサは致命的なダメージを負わされた」

『それは自業自得ではないですか?世界の平和を乱す行いを、私は断じて許していません。その行為に、こちらに非があるとは思っていません』

「ええ、本来我々は敵同士。奪い奪われるなんて当然のこと、それについての文句はありません。それでもカーサは最近、ようやく組織復活に持ち込むことが出来ました。とはいえロプト・ヴァンテインを殺すには、圧倒的に力が足りないのですよ」

『だからこちら側の力を借りたい、と?』

「もちろん、ミズガルーズだけではありません。現在こちらには、アウスガールズ本国のケルス国王もいらっしゃるうえに、ユグドラシル教団騎士もいる。彼らにも協力の提案を持ち掛ける予定ですよ」


 ヴァダースの言葉のあと、しばらくして通信機からシグの声が届く。まるで見定めるような、そんな雰囲気を声色から察せられるほどに冷たく鋭いものだ。


『……貴方方は、戦争でも起こす気ですか?』

「ロプト・ヴァンテインを殺すためなら、それもやむなしと考えていますよ。それこそ貴方の方が、私なんかよりも彼の力の脅威はご存知でしょう?」


 ヴァダースの言葉に再び沈黙するシグ。やがて息を一つ吐いたような音声が聞こえてきたかと思えば、こう告げてきた。


『正直、提案に対する返答はまだ用意できません。しかし……ロプトに関する懸念ももっともです。ひとまず、直接会って改めて貴方から話が聞きたい。その後、最終的に私が判断を下します。それでも構いませんね?』

「ええ、陛下の懐の広さに感謝を申し上げます。貴方の部下と情報を整理次第、そちらの国にお邪魔させていただければ、その時に話しましょう」

『……いいでしょう。ヤク、スグリ、今の話の通りです。貴方方はカーサと情報を整え次第、彼と共に本国に戻ってください。犯罪組織の人間に変わりありませんが、今回は私が特別に入国許可を出します』

「承知いたしました」

『一度通信を切らせてもらいます。こちらでも改めて情報の精査が必要ですからね』


 シグの言葉に同意すると、通信機から通話の音が切れる。ヤクはそれを懐にしまってから、ヴァダースたちに向き直った。ヴァダースは小さく笑う。


「さすが、五百年という長い間国を治めていた人物ですね。実に聡明な御方でいらっしゃる」

「……余計なことはいい。情報の整理とやらをさっさと始めるべきではないのか?」

「それもそうですね。さて、どこから話したものか……。まず改めて、我々カーサとロプト・ヴァンテインについて説明しておきましょう」

「そういえば、あの時言ってたっすね。そちらさんは、裏切者ロプト・ヴァンテインを追ってきたと。そしてその人物が、カーサの真のボスだったと」


 アヤメの言葉にコルテが同意してから、説明し始めた。

 ヴァダースとコルテ、そして四天王を含むカーサは二年前の襲撃直後、混乱状態に陥ったそうだ。それはひとえに、ボスであるロプトが行方不明となったことが原因だった。

 彼がカーサから抜けたことを知ったのは、襲撃を受けアジトが崩壊したことを確認した直後だったと、彼らは語る。


「恐らく貴方方の襲撃で生じた混乱に乗じて、姿を消したのでしょう。気付いた時には本部はもぬけの殻、保管していた数体の魔物も姿を消していました」

「本部はアジトより盤石の守りで固められていましたが……。これは僕たちも迂闊でした。まさか組織に内通者がいるとは、思いもしなかった」

「内通者?」

「襲撃のあと、一人の部下が姿を消していたことが判明したのです。それと同時にボスの失踪……無関係とは思えないでしょう?だから我々も復興作業と同時並行で、調査もしていました」


 ヴァダースの言葉を聞いて、己の中で何か引っかかっていたことが思い出される。まさかと呟いた自分に気付いたスグリが、尋ねてきた。


「ヤク、どうした?」

「いや……今の話を聞いて、ずっと解明できなかった謎が解けた気がしてな。あの襲撃の時、私は四天王の一人であるカサドル・スヴァットという男と戦っていた。だがそのさなか、奴は私に攻撃を仕掛けようとしたタイミングで、構えを解いたのだ」

「報告書にも書かれてあったな。その後そいつは目の前から姿を消したって」

「ああ。戦いの中で姿を消す前に、奴は私にこう言った――」


 ――その力……にも見せてやりたいものだ……。

 ――やれやれ……どうやらもここまでのようだ。


 彼の言葉から推察できることは一つ。カサドルには別の、本当に使えている主がいる。その人物の指示のもと、カーサで活躍していたのではないか。


「それに思い出したこともある。この場に転送される前に受けた襲撃の際、手のひら大の長さの黒い針に一度、追い詰められただろう?私はその武器と酷似している武器の使用者を知っている。黒い針は、あのカサドルという男が使用していた。それらがすべて偶然とは、とても思えん」

「確かに、出来すぎているな。じゃあまさか本当に……」

「ご推察通り、調査の結果判明したのは、カサドル・スヴァットの本当の主はロプト・ヴァンテイン。そして彼もまた、五百年の時を生きる人物だということです」

「ただ、何故この二人の人物がそんな年月を生きていられるかは不明です」

「それなら心当たりがある」


 ヴァダースたちの疑問にヤクとスグリは、自分たちが知っている情報を伝える。

 ロプト・ヴァンテインが蘇生した原因は、伝説と言われているヤーデの輝石という石によるものだろう。ヤーデの輝石は奇跡を起こす石と呼ばれ、その石を体内に内包した者は不老不死の力を与えられると謂われている。優れた治癒力を宿し、穏やかな浄化の波動を放つ輝石。


 ヤーデの輝石を手に入れたロプトの助手──恐らくカサドルが、ロプト・ヴァンテインの遺体にそれを施した。冷凍保存されていた彼の遺体が腐食することなく残っていたため、結果ロプトは死者蘇生を果たしてしまった。

 全て推論ではあるが、一応の辻褄は合う。


「そのヤーデの輝石を、カサドルが己自身にも移植させているのだとしたら……」

「なるほど、それなら彼が五百年も生きている理由にも頷けますね」

「ああ。ただし、何故奴らがこの時期に動き出したのかは不明だがな」

「そうですね。二年の歳月をかけた理由までは、こちらの調査でも判明しなかった。それだけに謎が大きく残ります」

「もう少し情報を集めなければならんな……」


 場の話がまとまりかけた頃、部屋のドアがノックされる。ヴァダースが返事をすれば、扉越しにシャサールの声が届く。ヴァダースが入室を許可すれば、部屋にはシャサールとグリムが入ってきた。

 グリムは、エイリークの様子をヤク達に報告するために来てくれたようだ。


「それで、彼の容体は?」

「ひとまず全身の解毒は済ませた。命の別状はないが、目を覚まさん。そこはもう本人の気力次第、といったところだろう」


 彼女の報告に、ひとまずの無事を知りヤクとスグリ、アヤメの三人の表情に安堵の色が浮かぶ。不安要素はまだ残っているが、命に別条がないことは僥倖だ。


「そうか……。レイたちはどうしている?」

「あ奴らにも随分マナを消費させてしまったからな、休めと命令してきた」

「それなら、グリムも休まなきゃっすね。色々と消耗したはずっすから」

「私は貴様らのような惰弱な人間とは違う、一緒にするな」


 グリムは適当にあしらおうとするが、アヤメは引き下がらない。ダメだと釘を刺してから、彼女を嗜めるように告げた。


「そんなこと言ってもウチの眼は誤魔化せないっす。疲れているなら素直になるべきっすよ。どこか休める場所、提供してもらえないっすか?」

「まぁ……いいでしょう。どのみち今すぐ経つことはできないでしょうから、宿舎部分の空いている部屋を貸しましょう。そちらも一度、情報を仲間に共有したいでしょうからね」

「話はまた一度落ち着いてからにしましょ?僕たちの方も、色々整理しなければならないことが多くありますから」

「……不承不承だが、呑むしかあるまい」


 ヴァダースたちの提案を受け入れたヤク達はそのまま、会議室を出るのであった。

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Fragment-memory of future-Ⅲ 黒乃 @2kurono5

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