第四節 闇からの手招き

 レイたちがエイリークの治療に奮闘していた頃。ヤクとスグリ、そしてアヤメの三人はヴァダースたちから詳しい事情を聴くため、彼らの案内の元カーサの地下アジトへと足を踏み入れていた。

 彼らがいる場所は二年前にも訪れたことのある、ヴェストリ地方に存在する荒廃の街ボースハイトだった。以前はその街に天高く聳え立つ黒い塔――カーサのアジトの一つがあったが、二年前の襲撃で爆破された。街にはその残骸が散らばっていたが、カーサは今度はその地下にアジトを構えたらしい。

 今は休戦を飲んだために襲撃することはできないが、用心しておかねばならない。


 アジト内を案内され通された場所は会議室のような部屋であり、全員を中に招き入れたヴァダースが話を切り出す。


「さて、まずは互いに状況の整理といきませんか?貴方方には、必要でしょう?」


 ヴァダースの言葉に、ヤク達三人は互いに顔を見合わせる。互いに小さく頷いたあと、話に移る前にと前置きを置いてから、ヤクが話す。


「その前に一つ、確認しておきたい事柄がある」

「なんでしょう?」

「貴様は言ったな、我々と休戦するか戦うかと。それに対して私たちは休戦の提案を飲んだ。しかし貴様らの力量があれば、たとえ人数の差はあれどあの場で私たちを御することなど、造作もなかったはず」


 二年前、ヤクはスグリや部下たちと共にカーサと何度も衝突し、戦ってきた。その戦いの中で四天王相手に苦戦したことは、まだ記憶に新しい。

 ヴァダースとは戦ったことはないが、四天王相手に引き分けに持ち込むしかできなかった自分たちだ。そんな四天王を御せるヴァダースは四天王たち以上の実力者であり、その相手に自分たちが敵うかと尋ねられれば、業腹だが否と答えるしかない。


 だからこそ、違和感を覚えたのだ。確かにあの場では、人数に関してはこちらの方に利があった。ただしエイリークが重傷を負い、子供たちはまだ精神的に不安定なままだった。そんな自分たちをあの場で始末することなんて、簡単だったはず。


 では何故あえて自分たちに休戦の提案を持ち掛けたのか。


「貴様らには、私たちの力を欲する理由があるということだ。加えてそれは強奪して自分たちの支配下に置くためではなく、何か別の理由のため。違うか?」


 ヤクの言葉にしばし沈黙していたヴァダースたちだったが、やがてヴァダースがくつくつと楽しそうに笑いを零す。


「さすがの慧眼の持ち主ですね。ええ、ご名答です。我々には、貴方方の力がどうしても必要なのですよ。この世界の脅威を潰すために、ね」

「まさか貴様の口からそんな言葉を聞くとはな。カーサも俺たちミズガルーズ国家防衛軍から見れば、世界の脅威の一部だが……。とりわけ貴様の言うことだ、今迫っているのはそれ以上の脅威、ということなんだろう?」

「はい、そうです。僕たちカーサにとっても脅威でしかない存在を、僕たちだけでは潰しきれないんですよ。だから貴方方の力が必要なんです。否が応でも力を貸してもらいたい、ところですが……」

「我々も、各国の例に倣って段取りを取ろうと思いましてね。こうして協定の話を持ち掛けた、ということです」

「協定……っすか?」


 アヤメの質問に、ヴァダースが頷く。彼が言うには一時休戦するのはこの場に限ったことではなく、その脅威を取り除くまでの間の期間だとのこと。なにをしようにもまずはその脅威を取り除かない限り、この世界に日常は戻ってこない。

 どこか確信を持った様子で、ヴァダースはヤク達に告げる。これまでの彼の言葉に、裏の意味はないように思えるが――。


「もう一つ聞く。貴様らの言う驚異、それはなんだ?」

「貴方方も、名前くらいは聞いたことがあると思いますよ。驚異の名は――」


 ロプト・ヴァンテイン。


 ヴァダースの口から告げられた名前に、ヤクとスグリは目を見開く。アヤメも名前と存在は知っていたらしく、同じように驚きの表情を浮かべていた。


「冗談、ではなさそうだな……」

「さすがの私もこんな時に冗談を言えるほど、酔狂ではありませんよ」


 肩をすくめたヴァダースに、ヤク達三人は各々納得した様子を見せる。彼の話を聞くことにしたが、ヤクは懐から通信機を取り出し、ヴァダースたちに説明する。


「ロプト・ヴァンテインに関することならば、シグ国王陛下にも状況を説明せねばならん。いいな?」

「噂では聞いたことがあります。そちらのシグ国王陛下は、ロプト・ヴァンテインとも関わりがあった人物だと。そうですね、陛下から直接話を聞けるのであれば、こちらとしてもありがたいことです。通信の許可を出しましょう」


 ヴァダースの許可の元、ヤクは通信機のスイッチを入れる。しばらく接続音が響いていたが、やがて一人の女性の声が届く。


『こちら、ミズガルーズ国家防衛軍捜査部隊。どうぞ』

「その声、シラユリか?」


 通信機から聞こえてきた声の主は、シラユリ・ユキという名の女性軍人だ。優れた捜査能力を持ち、その実力でミズガルーズ国家防衛軍の捜査部隊の部隊長を務めている人物である。

 通信機を持っている人物が己の直属の部下であるゾフィーや、ミズガルーズ国王シグ・ガンダルヴでなかったことにヤクは多少驚きはしたものの、すぐに切り替えて冷静さを取り戻す。


『ええ、ノーチェ。無事に救出された情報は軍にも届いていましたが、声を聞いてようやく安心できました。無事で何よりです。何か緊急の事態でしょうか?』

「ああ、その通りだ。陛下にも聞いていただきたい内容なのだが……」

『それなら好都合です。今ちょうど、部屋にいらっしゃいますよ。このまま通話を繋げることもできますが、どうします?』

「では、繋いでくれ」

『了解』


 シラユリの言葉を聞いてから少しして。通信機からシグの声が届く。


『ヤク、聞こえますか?』

「はい、届いております。緊急事態につき、ヤク・ノーチェ魔術長ならびにスグリ・ベンダバル騎士団長、通信越しでの報告で失礼します」

『わかりました、聞きしましょう』

「我々二人は現在、数名の一般市民と共に国際犯罪組織カーサのアジトにて報告を上げております。カーサ最高幹部ヴァダースダ・クターからの提案により、我々は一時休戦しているという状況です」


 ヤクの報告に、通信機越しでもわかるくらいシグの奥から動揺の声が漏れたのが聞こえた。そんな中シグとシラユリは冷静に、ヤクからの状況を聞いているようだ。続けてスグリも報告を上げる。


「我々は医師の街の港町エルツティーンで回復後、軍艦にて帰還する予定でした。しかしそこに敵襲が発生、その戦いのさなかでカーサが乱入。そのまま彼らに転送されるという形で、今は街から離れたカーサのアジトに留まる結果になりました」

『確かに、通信機の発信源が最後に感知された場所から移動していますね……。その場の状況を、シラユリを通して確認することは可能ですか?』

「了解です。シラユリ、媒介は私で大丈夫か?」

『ええ、通信機越しに聞こえる貴方の声から同調します。瞳を』

「ああ」


 シラユリの言葉を聞き、ヤクは瞳を閉じる。様子を窺うアヤメやヴァダースたちに対して、スグリが軽く説明した。

 シラユリの持つ力の一つに、感知能力がある。彼女の感知は対象の人物を媒介にすることで、媒介の人物が見ている景色を己も一望することが出来るというもの。

 媒介となるのは対象の人物の一部であるならば、何でも構わない。それこそ声ですら、彼女が感知することが出来れば、同調し、周囲を確認することが出来る。


『掴みました。ノーチェ、目を開けてください』

「心得た」


 瞼を上げたヤクの瞳はいつもの深い青の瞳から、薄紅色に変化している。その瞳の色は、シラユリの瞳の色だ。この状態が、シラユリがヤクを対象として周囲の感知が出来るようになった、という証拠である。

 話していたヤクの声も、通信機越しとはいえ媒介にすることが可能だったらしい。ヤクは周囲の景色を見回し、シラユリにも状況が届くように瞳を動かした。


『……確かに、カーサのアジトにいるようですね。貴方の目の前にいる夜色の髪の男が、あのヴァダース・ダクターですか』

「ああ。カーサの頭脳である最高幹部の一人、ヴァダース・ダクターだ」

「そしてその隣にいる栗色の髪の男がもう一人の最高幹部、コルテ・ルネ。俺たちはこの二人の部下である四天王によって、この場所まで転送された」

『わかりました。状況の確認は、確かに。術を解きます。ノーチェ、もう一度目を』

「了解」


 シラユリの指示で目を閉じ、数秒して再び開眼する。瞳の色は元に戻っていた。頃合いを見計らっていたのか、ヴァダースが通信機に向かって話し始める。


「通信機越しではありますが、挨拶を。はじめまして、シグ国王陛下。私が国際犯罪組織カーサの最高幹部の一人、ヴァダース・ダクターです。以後お見知りおきを」

『ミズガルーズ国王、シグ・ガンダルヴです。犯罪組織の貴方方が、何故我が軍の部隊長たちを、そちらのアジトに転送させたのか……。その理由は当然、話していただけますね?』

「もちろんです。先程貴方の部下から報告があった通り、今我々は一時休戦の協定を組んでいます。それはひとえにシグ陛下、貴方にもぜひ聞いていただきたい話があるからなのです」

『聞いていただきたい話とは、なんです?』

「ええ。まず簡潔に伝えましょう。ロプト・ヴァンテインが本格的に活動を始めました。ついては彼を抹殺するため、我々に協力していただきたい」


 彼の言葉に、ヤク達三人は驚愕の表情を浮かべる。通信機越しからでも、シグの息を呑む声が聞こえてきたのであった。

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